第107話/着眼点
第107話
火の王都のように門番がいなかったのか、それとも御者の男性が顔パスできたのか。俺とキキが馬車の荷室から降りると、そこはすでに萌ノ国の王都内部だった。
街並みは火の王都と違わない。中世ヨーロッパ風の建築様式だ。もちろんこれだけなら萌ノ国の魅力はゼロ。詐欺認定して『萌え』で釣った著者を憎むべきなのだ。
だがしかし……俺は現在、猛烈に感動していた。
あろうことか初めて著者に敬意を払いたいとさえ思えていた。
そう。俺の目にはこの国の魅力がはっきりと見て取れていた。
この国が萌ノ国と名付けられている、まさにその所以を。
(……素晴らしい。素晴らしすぎて辺り構わず雄叫びを上げたいくらいだ)
というかこんな国に訪れておいて黙っているとかキツい。否が応でもワクワクしてきてしまうのだ。俺の横に立っているキキも落ち着かなさそうにキョロキョロと街中を眺めている。
だが無理もない。彼女がいた火ノ国とは比べ物にならないほどこの国は魅力で溢れ返っている。彼女は『王女になるならこの国が良かったわ……』なんて嘆いている可能性が高い。目立ちたがり屋な彼女にピッタリな魅力なのだから。
(もっとも、これだけのお祭りムードがこの国の日常風景なのだとしたら、さすがに一週間で満足するか萎えてきそうだな。観光客には丁度いいんだろうが、国民には辛い面も多々ありそうだ)
うん……うん。『いつまで引っ張るんだこの主人公……』って声が聞こえる。いや別にわざと引っ張っているわけじゃないのだ。
それだけ俺はこの国に魅了されているのだ。趣味の話になると喋りが止まらなくなるように、俺も自制心が低下していたのだ。
さて。ここでようやく萌ノ国の魅力をお伝えするが……その魅力の媒体となっていたのは、この国の主役。そう、人間族達だった。
そしてその人間族達がなんと……魔物や魔族のコスプレをして歩いていたのだッ!!
「半数がコスプレしてるっぽいわよね……。これが萌ノ国……恐れ入ったわ」
「あぁ、俺も良い意味で脱帽してる。……コスプレの本気度は正直微妙だが」
見たところ被り物や尻尾、翼などのワンポイントアイテムのみのレイヤーが多かった。そんな彼らと俺が元いた世界のレイヤーを比べてしまうと、お粗末な出来の比率が高い。
「ガーゴイル、ウシオニ、エルフ、デュラハン、スキュラ、バフォメット、アルラウネ、マミー……。今のところ一目で分かるレイヤーはそれくらいだな」
「あんた、詳しいわね?」
「いやそうでもない。出来がいいとは分かるのに何のコスプレか分からないレイヤーが大勢いる。……あ、こっち見ろよ! リリスのコスプレっぽい子のところ!」
俺が発見したのはリリスのコスプレらしき少女。ただし彼女一人だけではない。
彼女を取り囲むように大の男達が群がっていた。
俺の元いた世界であればカメラで撮影しまくっている彼らなのだろうが、
「撮影じゃなくてスケッチしてる! どんだけ形に残したくて仕方ないヤツらなんだ……!?」
わざわざイーゼルや画板を用意し、少女のコスプレ姿を描いて真剣だった。
だがなるほど、王道的な異世界だとカメラが存在しないので、コスプレ撮影会ではなくコスプレ絵描き会になるらしい。
「まぁいいじゃないの。あの子も嫌がってなさそうだし。平和なものよ」
「お前、もしあの子が嫌がってたら助けに入るのか?」
「そうね。その場合は剣抜いてもいいわよね? 人助けってことで」
「……、程々にな」
俺は素っ気なく答えて萌の王都を歩き始める。
綺麗な黄昏時なのでそろそろ腹が空いてきた。
どこかの飲食店に入って食べよう。もちろんキキの奢りだ。
「このはっちゃけすぎた雰囲気好きかも。あたしもコスプレしてみようかしら?」
隣を歩くキキが見つめていたのは前方、店先に置かれた業務用ハンガーラックだ。そこには大量のコスプレ衣装がかけられてある。
「……止めとけ。それ以上のコスプレをしたら本物の露出狂だ」
「いや何で露出度アップが大前提なのよ!? っていうかこの装備はコスプレ衣装じゃないから! 一緒にしないでくれる!?」
抗議してくるキキだが、それでも俺には彼女のビキニアーマーもゲームで登場する女戦士のコスプレにしか見えなかった。
……言わずもがな、ネタキャラの女戦士だ(補足)。
と、そんな俺の感想が正しきものであると証明するかのように、
「―――ねえそこの君! 無駄にエッチな格好してますね! いったいどんなネタキャラのコスプレですか? とりあえず描かせてもらっても?」
「お・こ・と・わ・り・よッ!!」
絵師の青年に話しかけられた途端、キキが怒りオーラを漂わせて剣を抜こうとする! 咄嗟に俺は彼女の腕を掴んだ!
「だあああ! 程々にしろって言ったばっかだろうが!?」
「っ!? そ、そうね……。あたしってば危うく人殺しになるところだったわ……」
殺す気だったのか!
どうりで青年も全力ダッシュで逃げたわけだ!
「あーやっぱりダメだ! 人助けでも人殺しでも勝手に剣抜くの禁止な!?」
「えー。しょうがないわねぇ……」
自制が効かなくなると自覚があるのか、キキが気怠そうに肩を竦めた。
「それはそうと、お腹が減ってきたんだけど。あんたはどうよ?」
「とっくに俺は飯屋を探してる段階だぞ。…………で、見つけた」
「コスプレ喫茶で~す♪ そこのお二人、楽しんでいってもらえませんか~♪」
「はいはい! 二人で晩御飯を楽しく頂きまぁーすっ!!」
呼び込みの可愛らしいティターニア(人間)に引き寄せられていく俺!
キキが「ちょっと!? まだあたし同意してないんだけど!?」と喚いているが無視! いざ入店!
「そりゃ萌ノ国だもんなー、コスプレ喫茶はあって然るべきだよなぁー。……おおぅ!? 店内にもレイヤーこんなに沢山っ!?」
俺は従業員の女子レイヤー達に喜色を露わにした。
本の虫の虫とまで呼ばれていた非リア充の俺が、まさかこれほどハイテンションになってしまう時がくるとは!
「……ったく、鼻の下伸ばしちゃって。あんたが元いた世界でもコスプレ喫茶くらいあったでしょうに」
それはもちろんそうだ。だが高校生で非リア充、そして男友達に裏切られ孤立気味だった俺には入店する機会がなかったのだ。
清潔感のある明るい店内は超満員だったが、一つだけテーブル席が空いていたらしく、俺とキキはそこに通された。
「はは、ここにいるだけでも楽しいな、キキ!」
「否定はしないわ。けど、店員以外もコスプレしてるってどうなのよ……?」
キキの言う通り、お客の立場である人間も何らかのモンスターになりきっていた。中には手を使わずに料理を食べている猛者もいる。
行儀が悪いので見ていて不快だが、まぁこの店の方針で認められているのだろう。
「お食事メニューはこちらで~す♪」
ピクシーらしきレイヤーから品書きを受け取ると、俺はエンジェルオムライス、キキはマンドラゴラの激辛ハンバーグセットを注文した。
「お前、よくそれ選んだな……?」
「……………………………………」
―――待つことおよそ十五分。
キキの元に運ばれてきた鉄板皿には、寝そべりポーズのマンドラゴラ型ハンバーグが乗っていた。明らかに激辛と判る真っ赤なソースを大量に振りかけた状態で……(不親切)。
「は~い♪ こちらがエンジェルオムライスで~す♪」
「おおっ! こっちは食べるのがもったいない可愛さだな!」
ケチャップライスとオムレツで天使の形容を表現し、デミグラスソースとホワイトソースで丁寧に笑顔や背景絵を書き込んである!
さすがは人気ナンバーワンメニュー、お客の多くに選ばれているだけあって美味しそうだ! 涎が止まらない!
「……ねえ。こっちとそっち、交換しない?」
「はっ、するわけないだろ! 頼んだのはお前だ、ちゃんと食い切れよ」
「お願い! 三分の一……いや五分の一でいいから協力して! 他にも注文していいからっ!」
「…………。よし。言ったな?」
キキの奢りで追加注文できるなら悪くない話だ。
俺はスプーンを手に取ると、彼女の鉄板皿から一口分のそれを掬い取った。
「……どうせなら二人同時に食べてみるか?」
「そ、そうね……」
キキも青い顔でフォークに一口分を突き刺す。
……これで準備は整った。
「なあ。俺達、これを口に含んだ瞬間、どうなると思う……?」
「どうって、そんなの食べてみないことには、」
「ほぼ分かるだろ……?」
俺は怪談を悍ましく語るかのように、
「だってよ、このハンバーグも著者の創作物なんだぞ……?」
「ええっ!? い、言われてみればそうだけど……あんたってばそういう視点で毎回予測してんの? 悲しくなってこない……?」
「毎回ではない。だが激辛と銘打っておきながら激辛じゃないオチを、これを読んでいる読者の誰が望んでると思うんだ?」
「! だから止めなさいよ、その着眼点……。そんな身も蓋もないこと言い出したらあたし達にはもう……夢も希望もないじゃない……」
気づくと俺達はスプーンとフォークを小刻みに震わせていた。
「ね、ねぇ? いっそ食べないことにしちゃわない? その方があたし達、幸せになれると思うんだけど」
「! ば、バカヤロ! 著者にも店にも迷惑な提案をしたら―――!?」
「どうもすみませ~ん♪ マンドラゴラの激辛ハンバーグセット、大変お待たせしまいましたぁ~♪」
ピクシーらしき少女は苦笑しながらそれを運んでくると、さも申し訳なさそうにテーブルに置いた。
「え!? ハンバーグならもうここにあるわよ!? 見て分かるでしょ!?」
「あれ? ご注文はお二つでしたよね?」
「二つじゃないわよ、一つだけよ!」
「そうですかぁ~♪ 申し訳ございませ~ん♪ ではこちらはサービスでご提供させていただきますね~♪」
「は、はああああああ!?」
……ほら、言わんこっちゃない。増えた。増やされたぞ。
お前が食べないで済ませようと考えたばっかりに!
「諦めろ。これが著者の裏の顔だ」
「あんた……前の世界でもこんな風に嫌がらせを受けてたの……?」
「ふっ。話せば長くなるんでな。さっさと目の前の地獄を堪能しよう―――」
俺はスプーンを持ち上げ、強張った笑みでキキに提案する。
彼女もゴクリと唾を呑み込んだ様相を見せてから、フォークに突き刺さっている真っ赤なハンバーグをゆっくり口元に近づけていく。
……そうして。
口の中に含んだ瞬間、俺達は絶叫した。
「「ガ、がラああああああああああアアアアアアアアアアア!?」」
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