第100話/報酬

第100話


 食堂で最初に目に入ったのは、ブオォォォォォと火を噴きまくっているチビドラ達だった。


「…………え?」


 チビドラ達はチェック柄の床タイルの上で各自何かを一生懸命燃やしていたのだ。

 しっかり観察してみると、チビドラ達が炙っていたのは骨付き肉だと分かった。


「すまない、ツキシド君。驚かせただろうか。わたしはドラゴンの魔物を十匹ほど飼っていてね。彼らと食事を摂るのが日課なのだ」


 気さくに打ち明けてきたのは奇姫の父親だった。

 燃えカスのようなやつれきった横顔でペットを見下ろすと、微かに頬を緩ませた。


「この子達は焼き加減に細かいのよね。毎回自分達で好きに焼き直しちゃうから、いっそ生肉のまま与えてるってわけ」

「はぁ……。でも皆、辛そうに火を噴いてるような……」

「あんたの気のせいよ」


 そ、そうなのだろうか。漫画やゲームの中とはいえ、ドラゴンが激しく肩で息をしている姿、初めて見たのだが……(汗)。


「とにかく腹ごしらえしましょ。今後のこととか、そういう話もしなくちゃだし」


 奇姫が食堂の中央、ややこぢんまりとした丸テーブルに着席する。

 元々座っていた彼女の父親も「ツキシド君、遠慮は要らない。一緒に食べよう」と勧めてきた。


「……それじゃ、お言葉に甘えて」


 勇者の剣を足元に置き、俺もテーブルについた。すでに料理は運ばれてあり、シーフードパスタ、きのこマリネ、ロールキャベツ、カットミルクパインが三人分、テーブルに並べられていた。


「味はどうかな?」

「…………美味い」


 どれもが美味で俺の食欲を充分満足させるものだった。

 特にロールキャベツが俺の舌にドストライク。あっさりめのトマトソースと肉汁たっぷりのミンチ肉が、キャベツ本来の旨味を引き立てている。

 正直二個くらいじゃ物足りない。あと五個は食いたかった。


 食事中の俺達の口数は少なく、奇姫の父親が本題を切り出したのは全ての皿が空になってからだった。


「―――さて、ツキシド君」


 火ノ国の王様は両手を組んで肘をつくと、


「君は魔王有力候補であるツキシドから魔族の腕輪を入手し、先ほど勇者の剣も手に入れた。無論……目的が分かっていて集めているな?」

「ああ。現魔王を殺すためだ」

「! ちょ、あんた! 口を慎みなさい! 殺すだなんて!」


 王女だからか、あるいは王様の前だからか。

 奇姫が唾を飛ばして俺に怒鳴ってきたが、


「いや、良い。火ノ国で誕生した勇者だ。そのくらいの意気込みでなければ。わたしも若い頃は君のように血気盛んだったな……」


 奇姫を制止し、遠い目を作った彼女の父親だったが、


「とはいえ我が娘の言う通りだツキシド君。王であるわたしの前で『殺す』と口にするのは冗談でも止めてもらいたい。そうした言葉遣いひとつでこの世は簡単に変わってしまうものなのだ。無難に『倒す』と言ってくれないだろうか」

「……はぁ」


 微妙に納得がいかない。

 奇姫は王の間でオタサーに『死ね!』とか叫んでいた。

 娘に甘いのか、それとも教育を断念しているのか。……まぁ後者か。


「じゃあ言い直して……現魔王を倒すためだ。勇者として」

「うむ。ならばわたしは認めよう。ツキシド君、君こそが勇者であると」

「……」


 奇姫が不満ありげな表情だったが、無視。

 俺は勇者ツキシドとして彼女の父親に訊ねる。


「だが、勇者の剣は手にできたものの、これからどうすればいいのか分からない。俺は何をすればいいんだ?」

「この都にある酒場に行ってみるといい」

「……酒場? あぁ、そこでクエストが受注できるのか」


 俺はこの世界に転移する前、著者が『魔王討伐クエスト編』と口にしていたのを思い出す。


「そうだ。クエストについてはわたしより酒場の店主の方が詳しいだろう。―—―キキ、後で彼を酒場に案内してやってくれ」

「…………ええ! 任されたわっ」


 奇姫が唇を歪ませながら父親に頷く。頷いてからは露骨に歯噛みしている。

 どうやらまだ勇者になりたくて仕方ないらしい。


「あとは……ああ! わたしから直接勇者に伝えなければならない、大事な話があった!」

「?」


 心なしか前のめりになった王様を見、俺は眉を顰めた。


「実はなツキシド君。知っているとは思うが、この世界は魔族が統べる魔ノ国を取り囲むように、人間族が統べる火ノ国、水ノ国、地ノ国、風ノ国、萌ノ国があってな、」

「!? も、ももも、萌ノ国ッ!?」

「そこに反応してんじゃないわよ、キモいわねぇ」


 奇姫がジト目になったが、俺はこのワクワクを抑えられなかった。

 萌ノ国……どんなところなのだろう! 早く行ってみたい!!


「気になるのだったら今日にでも向かうといい。隣の国だから時間はそうかからないはずだ」

「ああ! 酒場に寄ったらすぐに火ノ国を発つ! ドラゴン族? リーゼロッテ? そんなのは気にしてられん! うっひょおおおおおお!!」


 萌ノ国! 萌ノ国バンザイ! 

 さぞかし萌えてしまう国なんだろうな!


「それでそれで? 俺に大事な話って何だ?」

「う、うむ……」


 俺のテンションについていけないのか、奇姫の父親は気圧されたように血の気が引いた表情だった。


「まぁ端的に言わせてもらうと……。魔ノ国以外の五か国で取り決めた『勇者が魔王を倒した際の報酬』。それを勇者の君には事前に伝えておく必要があったのだ」

「……、報酬?」

「ああ、最低限の報酬だがな。しかしこれだけは必ず勇者に差し上げようと各国の王が同意してある。もちろん君には断る権利がある。その場合は他の報酬を考えなければならないが―――」


 かくして火ノ国の王は俺に告げた。




「五か国の、どの国の王女を選んでもいい。君のフィアンセとして差し上げよう」




「は? はあああああああああああああ!?」


 奇姫が椅子を倒す勢いで立ち上がり、顎が外れたように口をあんぐりとさせた。


「お、おおおおおお父様!? あ、あたし、そんな取り決めがあるって聞いてないんだけど!? 超初耳なんだけど!? 嘘でしょ、嘘なのよねっ!?」

「いいや事実だ。仮にツキシド君がお前を選んだら、お前は彼の妻として彼と添い遂げなければならない」

「!! い、いいいいイヤよ!! ぜ、ゼッタイのゼッタイにコイツと結婚とかお断りなんだからッ!! コイツの子供産むとか論外ッ!! ありえないわッ!!」

「おいツンデレラ」

「はああああああ誰がツンデレラよおおおおおおぉぉぉぉ!?」


 物凄い形相で父親から俺へと首を回らせてくる奇姫。

 ……妖怪と完全に一致!


 内心ガクブル状態だったが、彼女を安心させてあげたかったので平静を装い、


「はっ、取り乱すなよ王女らしくない。だいたいな、この俺が残念キャラのお前をフィアンセに選ぶとでも思ってんのか?」

「……、」




「自惚れるなよ。俺はお前なんかにこれぽっちも興味がない。あぁ、そんなドエロい装備しててもな? むしろお前の鮮度のない高笑いが補助魔法デバフにでもなってるのか、俺の大切なアレはずっと萎んだままだ。そう、これはつまり俺とお前の相性が最悪であることを意味してるんだよ。ははっ、何がフィアンセだよ。俺にとってお前は脅威以外の何物でもない。一生子供作れない体にさせられたらたまったもんじゃないしなぁ? 俺の前で高笑いすんな。というか喋るな。寄るな。お前だって男の象徴を腐らせるような真似したくないだろ? だから俺にはもう関わるな。この国で大人しく婚活してろ。その間に俺は他の四か国の王女とイチャイチャして誰をフィアンセに貰うか決めるから。そうだな、もし俺の結婚の方が早かったらウェディングブーケはお前にくれてやる。もちろん宅配でな」




「……ふふふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ!!」

「っ!?」


 あれ!? おかしいぞ!? 

 奇姫サンってば安心しているどころかオーラみたいなの体に纏ってるんですが!? 

 しかもメラメラ燃えている!? な、なぜに!?


「……決めたわ。ええ、悩んでたけどついに決まったわ。あんたがそこまで言うんだったらねェ……このあたしが喜んであんたのになってあげるわッッ!!」

 



 ―――残念王女、キキが仲間になった(プゥップルー)!!




 俺の頭の中に突如、そんな不快な文章がファンファーレと共に流れ込んできたのだった……(鬱)。

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