第99話/悪魔の証明

第99話


 奇姫は著者の策謀によって一年前にこの世界に転移していた。

 となると俺には一年が経った実感がないわけだし、つまりただの設定なのだろう。

 そのあたりの辻褄合わせは著者にとっては些末な問題か。


 しかしながら奇姫は確かにこの一年を思い出す素振りを見せつつ、続きを語ってきた。


「あたしはね? 今でこそ元気に王女やれてるけど、転移した当初は魂の抜け殻になりかけてたのよ? 著者から諸々告げられたって、すぐにはその事実を受け入れられなかった」

「……、」

「ここが小説の中……二次元の世界であって、一方のあんたは三次元の存在で。あんたはアリスっていう神様の手違いでラノベ主人公にさせられた。この二次元の世界に転移したんだって説明されても、さすがにね……」

「混乱して当然だ。この世界、お前自身、俺とアリス。一度に説明されるには盛りだくさんすぎる」


 著者を擁護するわけではないが、奇姫に一年ものを設けたのは適切だ。まして転移によって成り代わったのはこの国の王女。

 いきなりで務まるはずがない。


「著者は最後に訳の分からない一句を詠んで『ではまた一年後だネ』って。あたしをこの世界に置いてったわ。ええと、どんな一句だったかしら……」

「……! 別れとは、突然ありき、出会いもネ。……か?」

「あぁ、それよそれ!」


 奇姫はバチンと指を鳴らし、


「もしかしてだけど、あの一句はあんたとの再会を示唆するものだったのかしら? また一年後ってのは、そういうこと?」

「さぁ。俺はその後も著者に散々話しかけられ、」


 言い切ってから俺はハッとした。

 目を丸くしていた奇姫を見つめる。




「……いや、違う……? あの一句は著者との出会いや別れに言及したものじゃない? そうじゃなくて…………?」




 だとしたら? いや、あの後も奇姫とは嫌でも関わったわけだが、前の世界はたった十日程度の出来事でしかない。

 あの時点で詠んでしまっても、さほど違和感は……ない。


「い、いや! これはこじつけだな。俺があのグロキモな怪物になって熾兎に倒されて約一年後。だが偶然の一致だ。もしくは後付けだ。決してあの一句は著者の伏線じゃあない。だいだい俺には一年が経った実感が全くない!」

「でもあたしの中では一年がきちんと経ったわよ……?」


 奇姫は縋るような瞳で、


「あたしがあんたを殴り倒して、あんたが突然消えて。そしたらあたしもパニックになって……。パパから借りてた大金が水に泡になったとか、もうそのショックどころじゃなくなってて……気づいたらこの部屋で眠ってた。この国の王女として新しい人生をスタートさせられてたのよ。……もちろんこの一年、楽じゃなかったわ」

「……、」

「じゃあ何? あんたは著者の一句が『あたしとの別れと再会を示唆したものじゃない』って否定するの? あたしは逆なのに?」

「……、逆?」

「だってそうでしょ? 著者があんたとあたしに詠んだ俳句は一緒だった。つまり『あたし達が一年前に別れ、一年後に再会した』という確かな証拠なのよ。そしてあたしがちゃんとこの世界で一年生活してきた証明にもなってくる。ただし……

「……んなっ!?」


 ま、まさか本当に伏線だったりするのか? 

 俺には一年が経った実感はないが、『はい確かに一年が経ちました』と強引にでも認めさせるために……? 


(奇姫の大変だっただろうこの一年を、読者や俺に周知させるために……!?)


 ……あぁ、著者は一年後とか言ったくせにその後もしつこく現れていた。だからあの一句は極端におかしかった。別に上手くなんてなかったから、どうして詠んだのか余計に理解できなかった。


「そ、そこまで計算した上で著者はこの伏線を回収したってことかよ……?」


 俺は奇姫を前にして唖然とするようだったが、


「…………。いや。やっぱりこれ、伏線じゃなくて後付けだ」

「…………は!?」


 ギョッとする奇姫。


「はい、そういうわけでして! お気の毒ですが俺は一年が経ったと認めません! お前の一年は設定だと断定する断定します!」

「はあ!? な、何でよ!?」

「なぜなら伏線である根拠がどこにもないからだ! そして! このラノベの主人公である俺が一年経ってないと言ったら経ってないんだよ!」


 まさに外道! だが俺は本物の人間だ! 対して奇姫は著者の創作キャラ!

 どちらが信じられるかは読者に問うまでもない!


「さ、最低だわ! 何で!? 何であたしの証人になってくれないの!? あたしこの一年、本当に死にもの狂いでこの国の王女として頑張ってきたのよ!? 身内は全員知らない人になってたし、そんな環境で元々あるはずのない王女の威厳を保つのって地獄だったからね!? なのにそれをあんたッ、設定なんかの一言で片づけてくれてんじゃないわよッ……!!」

「ふん! 俺の胸ぐらに掴みかかろうとしたって無駄だ! 俺は天地がひっくり返ってもこの考えを改めない! 理由は単純、著者はたった今、俺に論破されてぐうの音も出てないはずだからだ!」


 つまりだ! 俺と創作キャラ、読者はどちらの考えを信じるか?―――これが著者を自粛に追い込ませる『鍵』であると俺は見た! 

 そして奇姫が俺へ暴力で訴えようとしているのは、著者が俺に論破されて悔しいから! そうに違いない!


「…………ちょっと何を言ってるのか分からないけど。あんた、この世界でもバッドエンド確定よ。しかもたぶん……あんたの意志で伸ばした手で、バッドエンドを掴み取るわ」

「ははっ! ドジっ娘ヒロインじゃあるまいし。そんな間抜け主人公がいるか!」


 預言者になりきっている奇姫を鼻で笑い飛ばしてやった。

 俺はそんな自爆同然のヘマはしない。非リア充ではあるが、俺はあくまで常識人!


「そもそも俺は三次元の人間なんだぞ? エンターテインメントを意識する著者によってドジ踏まされるお前達とは根本的に立場が異なる! 俺にはちゃんと本物の自由意志があるんだ!」

「な、何かムカつくわね! あたしだってちゃんと自分の意志を持ってるつもりよ!」

「なるほど。『つもり』という名の設定か」

「くぅー!」


 奇姫が地団太を踏み、


「設定、設定って! じゃあ言わせてもらうけどね、あんたも三次元の人間っていう設定なだけで、実はあたし達と同じ創作キャラなんじゃないの!?」

「ははは、面白い冗談だなそれ。俺も創作キャラ? なわけあるか」


 だったら俺が三次元の……本物の人間じゃないっていう証拠を掲示してみろってんだ。どうせないだろ。ないんだよ。これはいわゆる悪魔の証明なんだ。

 まぁ誰にも証明できないわけで、俺的には開き直ってる感あるけど。


(……ただ、な。俺が現実世界からこの世界に転移した事実。それをこの俺が証明するのも不可能だったりするんだよな……)


 つまり著者以外の全員が、この小説のあらゆる証明にお手上げ状態と言える。

 だから俺は信じ抜くのみなのだ。俺は本物の三次元で、現実の人間であると!


「キキ王女。おられますか?」

「いるわよ。何?」


 不意に扉がノックされたかと思うと、扉越しに女性の声がした。


「少し早いですが本日の昼食がご用意できました」

「そう。じゃあ悪いけど、二人分、持ってきてくれる?」

「申し訳ありません。国王が勇者ツキシド様とご一緒したいとのことで。食堂にお越しください」

「…………分かったわ」


 扉の向こうから女性の気配が消える。

 奇姫がか細く息を吐いた。


「はぁ。ほとんど諦めてたけど。お父様はあんたを勇者認定しちゃってるわね……」

「俺はお前が勇者で構わないが?」

「あんたが良くてもダメでしょ。勇者ってのは人間族の代表なの。一国を統べる王様こそが勇者認定すべきものなのよ。あたしが独断で勇者を名乗るのは許されない。あんたも勇者の剣を抜いてしまった以上、勇者を拒否することはできないわ。したら不敬罪で捕まるわよ」

「……、結局は俺が勇者なのか……」


 奇姫から渋々勇者の剣を受け取る俺。

 こうして勇者ツキシドは誕生しましたとさ。

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