第88話/本物の死

第88話


 きっと読者と俺は今、共に仲良く同じ感情に囚われているはずだ。




 ――――なぜだ!? と。




『テレビに顔晒しながら殺人とかアホ』とも言っていた熾兎が、なぜこの決勝で俺を殺そうと決断したのか!

 しかもだ! あの時の奇姫とは異なり、なぜ妹からは脅しのつもりである様子が、一切合切、感じられないのか!?


「……いっ!?」


 漆黒の大鎌が数瞬まで俺の立っていた地面を粉砕した。

 俺は凶器の目の前で豪快に尻餅をついた。


「あれ? ずっと無防備だったし、てっきり素直に殺されてくれるのかって思ったんだけど」


 悠々とした動作で大鎌を振り払う熾兎。

 彼女は本能的に怯え始めた俺を見下ろすと、


「けどやっぱあんた、本物の憑々谷子童で合ってるっぽいわね? 偽者だったらやむを得ずあたしを迎え討ったはずでしょ?」

「! お、俺を……試したってのか……?」

「ん? 試した?」

「だ、だってそうだろ……。俺が本物か偽者か判明させるのは……俺を殺すフリしてみればいい。それだけで充分事足りるじゃないか……」


 戦慄く声で指摘した。

 相手の反応によって真偽を見極める―――あの時の奇姫もやっていたことだ。


 ……なのに。

 妹には冗談の色が抜け落ちていて。


「いや? 試したも何も、普通にあんた殺す気で攻撃したけど?」

「っ!?」


 な、なぜなんだよ!? 

 今だけに限らず俺を殺したがる熾兎の真意が分からない! 

 あの過去のせいか!? そんなわけない! 

 彼女だって兄に対する扱いや態度を酷くした! 

 正直お互い様みたいなところ、あっただろう!


「はっ、何よそのキモい目付きは? 解せぬって訴えてんの?」


 熾兎は半笑いし、


「いやだってあんた、まだ本物の憑々谷子童と決まったわけじゃないでしょうが?

 限りなく本物に近いってだけよ。……ちゃんと殺してみないと」

「! そ、それだよ! 俺がお前に問い質したいのは! どうして俺を殺す必要があるんだよ!? 俺を殺してしまったら元も子もないだろ!?」


 確かに俺を殺せば本物か偽者かは判明する。

 だがそんな犯罪行為は最終手段としても認められてはならないものだ!


(なぁ著者! 自粛しろよ! 奇姫の時とは状況が違うんだ! このタイミングで、この世界の多くの人間が観戦している中でッ!! 熾兎に俺を殺させたら、どうなると思ってんだッ!?)


 読者も分かってるんだぞ!! この物語は狂的なまでに失墜する!! 

 ラノベ好きな俺が言ってるんだから間違いない!! 

 これは命乞いじゃない、絶対に熾兎に俺を殺させるな――――ッ!!






「はっ、元も子もあるでしょ。だってあたしは元から……♪」






「!! ちょ、著者ああああああああああああああああああああああああ!!」


 死ね、お前が死ね著者ッ!! こんなのはもうラノベじゃない!! 

 いや小説でさえない!! 

 小説は読者のためにあるとか、偉そうに嘘吐きやがってッッ!!


「? いきなり吠えちゃって。また頭がおかしくなってんの?」

「あぁそうだッ! 嫌気がさしてきて頭がおかしくなりそうだ! この救いようもないほどクソったれな世界のせいでッ!!」

「あっそ。なら今度こそ死んでちょうだい?」


 熾兎は素っ気なく答えると、俺の頭に大鎌の刃を振り下ろす。

 無論ピコハンでは防げない。だから―――!


「エアキャノンだ……!!」

「っ!?」


 至近距離かつ最高出力のエアキャノン。

 熾兎の小さな体が吹き飛んでいく。

 瞬く間に闘技リングすらも越えていった。


「ぐ、ぐぐぐぐ……っだあ!!」


 熾兎が大鎌を地面に叩きつけ、地割れを生じさせていく。

 すると徐々に彼女の飛ぶ勢いが衰えていき、やがて停止した。

 彼女はしっかりと両足で踏み堪えたのだ。


「……は、はは! なるほど、これがあんたの答えってわけね!? 簡単には殺されてやらないって!?」

「違う! 俺は本物の憑々谷子童だ! 死ぬわけにはいかない、退学するわけにはいかない立場なんだよ!……なぜなら、この俺が! いつか必ずお前の中の怪物を倒してやりたいからだッ!!」


 俺は自分の心を端的に言語化し、熾兎に告げた。

 ……この言葉で殺されずに済むのなら御の字。

 俺の知らない憑々谷子童から継いだこの心を、彼女に隠しておく理由もないのだ。


「はあ? あたしの中の怪物を……倒してやりたい……?」


 熾兎はそこでハッとし、


「! あぁ、そういうこと! アレはあんたが産み出したんだから、あんたの手で落とし前をつけたいって! つまりそういうことなのね!?」

「ああそうだ! だからお願いだ、俺を殺そうなんて考えないでくれ! これでも俺達、血の繋がった兄妹だろうが!」


 俺は一生に一度の懇願をする心地で説得を試みた。

 だが熾兎の返事は―――。




「はっ、懇願してもムダよ。アレは自分で解決できるはずだし。そう、まずはあたしがあんたを殺すことでね?」




「は!? それはどういう!?」

「だからホントもう死になさいよ!」


 瞬間、熾兎の周囲に大鎌の刃部分が大量に出現した! 

 そして前と同じように続々と飛んでくる!


「くっ、黒骨体マリオネット!!」


 俺はアリスに指示し、地面から五体の黒骨体マリオネットを召喚する。

 萌え豚症候群ブヒステリーは不要。とにかく大至急で盾が欲しかった。


 人体標本達が迫りくる数多の刃に向かって走り出す。

 それら凶器と激突する度に骨の欠片が飛散し、霧散していく。

 さすがに硬度ではあちらに軍配が上がるようだが、それでも強制的に刃の進行方向を捻じ曲げたり飛翔の推進力を減退させることはできた。


 結果、俺の元まで飛んでくる大鎌の刃はなかった。

 ただし五体の黒骨体マリオネットも役目を果たし終えたかのように掻き消えてしまった。


(くそ……アリスの発効限界量をがっつり減らしてしまった。名無しの黒骨体ネームレス・マリオネットは十秒くらい発効したから……コスト三十毎秒×十秒で、コスト三百か……!)


 これはマズい。絶望的だ。

 高コストのエアキャノンを発効したばかりだったし……。


「ここまで……。なのか……」


 そう呟かずにはいられない。

 殺傷性のある異能力を対処したせいですでにこのザマだ。

 時間稼ぎしないと次に打てる手がない。


「いや……アイツは神聖な大会を汚したんだ。失格か試合中止になるんじゃないのか?」


 と口にしてみたが、大会運営からのアナウンスはなかった。

 見れば熾兎が中央の闘技リング内に戻ってきており、勝ち気な笑みを浮かべている。


「ふうん。あんた、異能力を取り戻したのは事実みたいだけど、完全にではないのね。万能能力マルチスキル派生能力デリベーションスキルもあんた自身が覚えてないくらい豊富にあったはずだし」

「……、」

「ま、どうでもいいんだけどね。あんたを殺すのは決定事項だし。けど、勘違いだけはしないで。こうして神様があんたを殺すにぴったりな機会をつくってくれなくたって、あたしはそう遠くない内にあんたを殺してたから」

「……俺はお前に……勝つ」

「はあ? あんたまだ試合のつもりでいんの? だとしたら笑える話よそれ?」


 熾兎が俺に近づいてくる。

 ゆったりとした足取りで。


「あーそうそう、さっきあたしが自分で解決できるって言ったら、あんた訊き返そうとしてたじゃない? 『は!? それはどういう!?』ってね? あの驚きっぷりはどう解釈しとけばいいの?」

「……、」

「あたしがあんたより強くなれたっぽいって理由での、驚き? それとも記憶喪失で知らなかったという単純な理由での、驚き? どっちなのよ?」

「…………」

「ノーコメント? はぁ、じゃあ勝手に後者で受け取っておくわ。もちろんあんたが本物の憑々谷子童であることが大前提だけどね?」


 眩暈がする。視界が揺らぐ。

 もはや熾兎の言っていることに意識を傾けられない。

 全く話についていけない。読者もそうに違いない。

 何度も読み返したって分かるはずが、ない。


 そう。だから何かが……とんでもない何かがすぐ目の前まで近づいているのだ。

 彼女の一歩一歩が、まさにそれのようで―――。






「お兄ちゃん。あとはあたしに任せて。あたしが絶対に、倒してみせるから」






 熾兎がまたもや謎発言をしたその時。

 彼女の漆黒の大鎌は、俺の腹部を深々と抉っていた。


「…………。え???」


 痛いのではなく、熱い。

 癒美の異能力よりも熱々とした熱塊が埋め込まれたような感覚だった。

 手でそのあたりを触ってみると、新しすぎて綺麗に見えるほどの鮮血がごっそりと拭い取れた。


 腹部以外が急速に冷めていくのを感じる。そんな中で俺はおかしいと思った。

 どうしてこれほど死に至るまでが異様に長いのか。

 

(奇姫の時は数秒で気を失った。アリスパパの時は視界が真っ暗になった瞬間にはアリスと一緒に死んでいた。あれらと比べたら今回のはリアルくさいというか―――)


 え? 

 じゃあこれが本物の死、ってことなのか……?


「じ、じにだ……な、ぃ」


 吐血しながら声を漏らす。

 すでに両膝は地面についており土下座のように額を擦りつけていた。

 腹部を両手で押さえるが、血が止まらない。

 ドクドクと溢れ出て止まってくれない。


「じにだ……な……、」


 俺の人生はこれで終わるのか。

 信じられなかったが、この現実を否定するだけの気力もなく。

 ついに俺は目を閉じてしまった。




(そうか、俺死んだんだな……。ちくしょう……。バッドエンドかよ……)




 ま、でもそうだな。リア充になって死ねるなら悪くない気もする。

 ラノベ主人公になれたことも加味すれば、この死は代償として割に合ってる気もしなくはない。


 はぁ、この十日間、何だかんだですごい楽しかったな。

 走馬灯のように思い起こされるな……。


(うん……うん、それにしても妙だな? 下の方がガヤガヤと騒がしいような? というか生温い風が顔に当たってて気持ちいいな……?)


 ……あれ? 

 もしかして俺、まだ生きていないか???


 と感じ、俺は目を開けようとしてみると―――ちゃんと目が開いた。


(…………………………………………。え?)


 最初に目に映り込んできたのは今しがた通りすぎた小鳥達だ。

 続いて抜けるような青さの大空。それから近代的な都市の街並み。

 なるほど、やはり俺は天国へと移動中なのだと思いかけだが、


(?……いやちょっと待ってくれ。何ですかこのグロい手は……???)


 俺が半ば無意識に動かしたのは右腕だった。

 その右腕が大変おかしなことになっていた。


(え? これってハサミ? どう見てもカニのハサミ……だよな? ん、待って!? じゃあ左腕は……はあ!? カマキリのカマ、だと!?)


 この段階で俺はほぼ気づけた。

 恐る恐る頭を垂れ、腹と脚を覗いてみると―――。


(!! しょ、触手だらけの土手っ腹ッ!! ガニ股気味の鳥の脚ッ!! え、どういうことだ!? でも間違いないよな!? これってつまり―――!?)




 俺が、あのグロキモな怪物になった―――!?

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