第86話/かつての兄妹仲を取り戻せ

第86話


 割れんばかりの大歓声が続く中、胸ポケットに潜んでいるアリスが「とうとう決勝だねぇー?」と囁いた。


「……そうだな。ほとんど試合じゃなくて待ち時間だったが」

「待ってる方が大変じゃなかった?」

「いや、それはない。生徒会長が手強かった。殴られるのに慣れてなかったら負けてたかもな」


 あるいは彼がすぐに本気を出してくれなかったら。短期決戦にしてくれなかったら。俺は元々体力が少ないわけで負けたかもしれない。アリスの発効限界を把握し切れなくなり、彼女を気絶パンクさせてしまうオチだってありえた。


「へぇ? ツっきんにしては謙虚じゃん?」

「ああ。アリス、今一度気を引き締めるぞ」


 俺は唾を呑み込む。

 決勝ばかりは訳が違う。

 対戦者が妹の熾兎なのだ。


「あー、そういえば午前中、殺されかけたよね」


 ……そうだ。

 あいつが殺す勢いで俺に勝とうとしてきても不思議じゃない(畏怖)。

 



『ご来場の皆様、大変長らくお待たせしました! 日本異能学園武闘大会、一年に一度の無差別戦! ついに決勝です! 今年度の学園最強は一体どちらの生徒なのか! 決着の瞬間までどうぞお見逃しなく!』




 大会運営も一段と気合が入っているようだった。

 観客達を盛り上げるのが自分達の使命だと言わんばかりだった。


「頼むぞ、アリス」

「ああもう気持ち悪いわねぇ! さっきからまた何ブツブツ呟いてるわけ!?」


 中央の闘技リングを踏んだ時、熾兎が心底不愉快そうに吠えた。


「そうやって変なコトして、あたしを挑発してるつもりなの!? バッカじゃない!? あんたが世界中に恥を晒すだけだっての!!」

「……、独り言くらい誰だってするだろ」

「大勢の人から見られてたら普通しないでしょ! やっぱあんた頭はおかしいままのようね……!!」


 常識人ぶって怒気をぶつけてくる熾兎。

 俺は呆れてしまう。彼女には殺人未遂を犯したご自覚がおありではないからだ(遺憾)。


「ふん……癒美さんのおかげで怪我はすっかり治ったみたいだけどさ。次はこのあたしがあんたを醜くさせてあげるわ。怪我なんかじゃ済まないくらいにね?」

「や、やれるもんならやってみろ……」


 超怖ぇー。俺の妹ガチで超怖ぇー。

 さっきトピア達に優勝誓ったばかりなのに勝てる気がしない……。




『―――試合準備が整ったようです! それでは武闘大会決勝……始めッ!』




 全く戦う気持ちが整っていないが、大会運営は俺達兄妹に試合開始の合図を送ってきた。


 マズい、と内心焦り出す。

 俺には熾兎に話さなければならないことがあった。


「し、熾兎!」

「何よタワシ? 公の場で気安く呼ばないでくんない?」


 相変わらず熾兎からの好感度は最悪だったが、気にしている場合ではない。


「お前は……その……」


 俺は言葉を選ぶような慎重さで、


「俺が異能力を取り戻したと気づいた上でも……。俺に勝つ自信があったりするのか……?」

「はあ? ナメてんの? ありまくりだから棄権してないんでしょ!」


 熾兎の返事は俺の思惑を裏切るものではなかった。

 むしろそうでなくては困るのだ。


 さぁここからだ。ここからが重要!


「ならそれは……オニイチャンだけのエクストラボーナスステージが……あるからか?」


 正確にはその異能力で熾兎が変身する怪物―――あのグロキモな怪物になれるから、俺に勝つ自信があるのか? である。


 そんな俺の問いに。

 彼女は何を思ってか、一瞬眉根を寄せたが、


「まぁ、そうかもね。あの異能力があればこの試合、一〇〇パーあたしの勝利よ。全盛期のあんたが尻尾巻いて逃げ出したくらいなんだし」

「! ならもう……


 俺は覚悟を決めて言い放った。

 昨日俺自身が宣言したことを思い出しながら。




『もしも、大会で熾兎と戦うことになったら。俺はその時、アイツの中の怪物を倒す……!』




 俺は取り戻したいのだ。あの怪物を倒すことで引き裂かれたままの兄妹仲を。

 たとえそれがどんなに困難だろうと、俺がこの物語の主人公なのだから無視できるはずがない。


「……、何が狙いよ?」

「い、いや特に。お前は早く決着をつけたくないのか?」


 熾兎に不審な目で睨まれたが、俺が提案したのは単純な理由からだ。

 生徒会長の時と同様に、試合が長期化したらこちらが不利になってしまうからだ。

 

(あのグロキモな怪物を最終手段として発効されたらどうなる? 俺はくたくたの状態で絶望することしかできない……!)


 どうせ勝つために発効されてしまうのだったら最初から発効されるのを望む。

 まだその方が俺に勝算があるとも思えるからだ。


「そうね。早く決着をつけたいのは認めるわ。……けどね」

「けど……?」

「あんた、あの異能力がこの大会に相応しくないってこと、分かってない」


 熾兎はものぐさな様子で、


「アレはね、見た目はそれっぽくないけど、あたし達が異空間に転移してんのよ。つまり外から見たら何が起こってんのかさっぱり。突然あたし達が消えたとしか分かんないのよ」

「! じゃ、じゃあお前はあの異能力を……!?」


 動揺を露わにした俺に、熾兎が肩を竦めて言う。




「そ。あたしはこの大会でアレを発効するつもり毛頭ないし、アレなしでもあんたに勝てる自信がある。ここ半年弱であんたより強くなったつもりなわけ」



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