第85話/決勝へ

第85話


 大会運営からのアナウンスは、俺を絶望の淵に追いやる内容だった。


「……、嘘だろ?」




 ―――第二試合を予定していたHブロックの勝者が、棄権……?

 ―――だから次が決勝……? さっさと集まれ……?




「い、いくらなんでも連戦は酷いだろ……。RPGのラスボスじゃないんだぞ……」


 虚脱感にへたり込んでしまう。生徒会長から授けられた痛みがじんわりと体の芯にまで浸透してきて、ほとんど動けなくなった。


 俺は血と地面の土で汚れた制服を見下ろし、力なく呟く。


「……そうか、これも著者の仕業ってことか……。こんなズタボロの俺に休息時間を与えずに決勝を行えば、俺の負けは確実だ……」


 生徒会長が最後に不意打ちしてきたのも著者が悪意で操ってたからなのかもしれない。気絶パンクというそれっぽい理由で誤魔化すように。


 だがそうなるとやはり著者の考えが読めない。

 俺は決勝で負けたら退学なのだ。じゃあ主人公を退学させたら何なのだ?

 そんな失敗談がラノベ的に面白いわけがない。 


(だから何かが……。俺や読者にとって予想外の何かがあるんだろう。それが分からない。これまでの話を思い返しても、特に気にかかったところは、ない……)


 その時だった。

 観覧席の一部から、拍手や指笛が聴こえてきたのは。


「!」


 熾兎だ。観覧席の欄干を乗り越え、この闘技グラウンドに飛び降りてきた。


「Gブロックの勝者はアイツだったのか……!」


 しかし当たり前だ。

 妹の熾兎が決勝相手になるのは、物語として避けられない。


 熾兎がゆっくりと歩いてくる。

 その大きな瞳は俺を興味なさそうに見ているのだが、彼女の口角がピクピクと左右に揺れ動いていた。


(……あぁ、彼女のクセだ。誕生日とかクリスマスとか、彼女にとって何か嬉しいことがあると、あんな表情を作るという人物設定だったはず!)


 そう、きっと彼女の本心は。

 俺と決勝で戦えるのが、嬉しくてたまらないのだ……!


「―――憑々谷君っ!」

「え? と、トピア!?」

空間移動テレポートします! 負傷中のままでは熾兎さんに勝てません!」


 突然背後に現れたかと思ったら、何とトピアは俺の背中に抱き付いていた。

 だが俺に『彼女の柔らかいモノが当たってる!』なんて心地にさせる暇は与えてくれず、


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 二度目の空間移動テレポート体験。

 有無を言わせないあたりが大変トピアたんらしいです……(悶絶)。


「癒美さん、あとはお願いします! わたしは生徒会長さんを運び出しますので!」

「は、はいっ!」


 気づくと俺は闘技グラウンドの入場口に戻されていた。そしてこの世界で初めて会った彼女―――癒美に、あの時と同じようにぶ厚い辞書で本枕をされていた。


「ゆ、癒美……? どうしてお前、今回も膝枕じゃないんだ……?」

「少し黙って! 今集中するから!」

「…………」


 ……いや? わざわざ俺のために観覧席から駆けつけてくれたのはありがたいんだけど、こんな場所にまで辞書を持ち込んでるって謎すぎるわけだ。

 …………。実は伏線だったりするんだろうか(←やめろ! by著者)。


「おい憑々谷! 俺が誰か分かるか!? さっきお前が戦った樋口賢人の弟、樋口成人だ! 俺もちゃんとお前の傍にいるからなっ!?」

「知ってるよ! あえて無視してたんだよッ!!」


 読者にとっても全く要らない情報だろうよ! 

 樋口、お前が俺に付き添っているのは!


「ちなみにわたしも傍にいるぞ憑々谷」


 なぜか大和先生は下腹部を優しく撫でていた。


「そして……。お前の子供もちゃんとわたしの腹の中にいる」

「! ああ、設定妊娠だったらありえるかもな!……もうイヤこの人達!」


 相手するの疲れる! 試合よりも超疲れる! 

 こんなばっかのリア充だったら願い下げだ!


「いいから。憑々谷君、心を鎮めて。呼吸を深くして」

「……は、はい」


 癒美の左手が輝き始めていた。俺は息を呑んで彼女の指示通りにする。

 彼女の光る左手が俺の額に強く押し当てられた。


「っ!?」


 そうして俺がたちまち感受したのは。

 まるで焼け石に触れるかのような、火傷必至の熱だった。


「ああああああっつぅー!?」

「うん、それだけ怪我してる証拠だよ。我慢して」

「が、我慢!? いやこれ我慢していられるレベルじゃないんだがっ!?」

「それでも、我慢だよ」


 高熱を伴った光は体の皮下を伝うようにして全身に拡がっていく。のだが、あまりに熱かったので俺は「む、無理だ!」と音を上げた。

 すでに真っ赤になっているだろう顔で、とにかく癒美の左手を退かそうと掴みかかった。


「ダメ、無理でも暴れないで。―――先生、樋口君。憑々谷君を」

「合点だ」「よっしゃ!」


 大和先生が俺の腹に馬乗りし、強引に俺の両腕を床に縛りつける。

 樋口も俺の両足が動かないように体重をかけてきた。


「ぐあああああああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁ!!」


 いよいよ火炙りにされているかのような感覚が俺の全身を襲う! 

 というかこれ、治癒系の異能力じゃなくないか!? 怪我を治してもらってるはずなのにどうして『いっそもう殺してえ!』って叫びたくてしょうがないんだ!?


「うん! バッチリ治ったよ、憑々谷君! 一応どこにも痛みがないか確認してみて!」

「ういっす。ないっす。さんくす」


 ……約二十秒。俺は癒美の異能力を耐え抜いた結果、全身の痛みはすっかり消えており、傷も見受けられなかった。

 ただし一生治ることのない心の火傷を負った……(代償)。


「すみません癒美さん、こちらの生徒会長さんにもお願いできますか?」

「あ、はい! もちろんです!」


 トピアが運び出した生徒会長を引き受け、俺と同様に治癒サポートを始める癒美。

 気を失っているからか、生徒会長は全く熱さに苦しんでいなかった。

 これはおかしい。気を失っていても起きるレベルの熱さだったと思う(不満)。


「どうした憑々谷? 何をぼーっとしている? 妹の熾兎が待ちかねてご立腹のようだぞ?」

「……、みたいだな」


 先生に言われて闘技グラウンドを見ると、熾兎がこちらを睨んでいた。

 腕を固く組み、立ったまま貧乏揺すりしている。


「……それじゃ、決勝、行ってくる」

「はい」

「うん」

「おう」

「ああ」


 トピアと癒美と樋口と先生が異口同音に短く返事してくる。

 あとは何も言うまいと、皆が皆、空気を読んだ雰囲気で軽く頷いていた。




「―――憑々谷子童ッ!」




 だが俺が歩き出そうとした時、新たな声がかかった。

 残念キャラでお馴染みの奇姫だ。


「何だ?」

「優勝、しなさいよ!?」


 奇姫は急いで駆け付けたのか息を切らしており、


「ここまできて負けるとか許さないわよ!? もし負けたら……地獄の底まで追いかけて、あんたを呪い殺してやるんだからッ!」

「あ、あのなぁ……。そんなに俺のことが心配なのか……?」


 やれやれだ。まぁこいつの性格らしいといえばそうなのだが。

 大金だって賭けてしまってるわけだし。


 だったら、と。

 俺は奇姫だけでなくこの場にいる全員に対して、宣誓する。




「―――俺は、熾兎に勝つ」




 おお、重要なところで噛まずに言えた。うん、もちろん分かっている。『噛みたくないから一言だけにしたんだろ』ってツッコみたいんだよな。

 だけどそれは半分正解、半分間違いだ。


(やっぱり本物の主人公だったら言葉少なでも仲間やヒロインを安心させられると思うわけです。要はちょっとカッコつけたかったんだ)


 俺は全員の反応を待たずに再び闘技グラウンドの中央へと歩き出した。

 決勝にまで残った主人公を強く意識して。

 大歓声の真っただ中を、肩で風を切るように進んでいく。




「(だ、大丈夫かな……?)」

「(俺もだ。あんな真剣な顔は憑々谷じゃない……)」

「(勝てるのでしょうか。余計に心配になってきましたね……)」

「(説得力ゼロ未満だったからな。そもそもアリス次第だろうに)」

「(つ、憑々谷子童……! わざと不安を煽る発言を……ッ!)」




 ……うわぁ、なぜか皆の陰口がばっちり聴こえてる……。

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