第73話/奇跡の代償、死の恐怖

第73話


「―――はっ!?」


 俺は現実に帰って来た感覚を伴って目覚めた。両手両膝を地面にぴったり付けており、まさにorzオルズポーズだった。


「ったく、ようやくお目覚めなわけ?」


 アニメ声に顔を上げると、退屈そうに路地の壁に背を預け、スマホ画面を素早く操作している熾兎の姿があった。ゲームでもしているようだ。


「もしかしてお前……。俺が起きるのを待ってたのか……?」

「そりゃね。タワシなあんたが記憶喪失から回復できたのか、確認しとかなきゃなんないし」

「……、記憶喪失」


 言うまでもないが違う。これも著者の仕業だ。著者は俺を『過去の記憶がない憑々谷子童』で初期設定していた。そして先ほど熾兎が発効した異能力をトリガーとして、憑々谷子童の過去の記憶を無理矢理植え付けたのだ。


「どうなの? あたしの怪物姿を見て、全部思い出せたの?」

「……、いや。全体的に大雑把だったしな。中学二年より前はほぼノータッチだった。恐ろしく手抜きだった」

「は、はあ? あんたってばどんだけ酷く頭打ったのよ? 悪化してんじゃない? ここにきて言ってる意味が超分かんないだけど?」


 そりゃ熾兎という創作キャラには分からない。だが俺に死んで欲しいと思っているなら、一生俺のこと分からないままでいやがれってんだ(怒)。


(……ただまぁ、うん。妹からの好感度が最悪だったのは、兄のせいだったんだよな。俺個人としては兄よりコイツに同情する。というか、兄に同情するヤツなんているのか?)


 最強の異能者になりたいって、それは厨二病っぽいんじゃなくて完全に厨二病じゃないか。いくらなんでも目標が高すぎだ。そんな調子だからあれほど兄想いだったコイツを乱暴に扱うハメになったわけだろ。


(もうな、『残念すぎてんのは兄のお前だろ!?』ってキレ気味にツッコミたくてたまらないだろ。アイドルになるための売名行為だったら何だってんだ? そんくらい構わないだろ)


 それにどうしてもムカついたなら『俺の妹がアイドルになれたのは最強の異能力者になった俺のおかげ』とでも言い触らせばいいじゃないか(天才)。


 熾兎がスマホをしまいながら俺に近づいてくる。

 へたり込んだ体勢のままの俺を真顔で見下ろすと、


「ま、何も思い出せなかったらそれでもオッケーだったんだけどね。思い出せない方が幸せだろうし?」

「……、そんなわけないだろ。記憶喪失は悲しいことだ」

「普通のヒトならね。あんたの場合は違うって言ってんのよ。……じゃあ訊くけどさ、最強の異能力者になりたいっていう病的なまでの願望は今ある?」

「ないな」


 俺自身は最初からあるはずもない。

 主人公的に一度はなってみたいと思う程度だ。


「もうその願望がないんだったらさ。異能力に執着しない生活ができるっしょ?」

「……執着?」

「あたしはね。異能力と無縁の環境に身を置いた方が、かえって殺されずに済むと思ってるわけよ」

「こ、殺される? この俺がか?」

「そ。思い出せてないみたいだから教えてあげるけど。あたしとあんたはその昔……異能力を一つも発現できてなかった頃に……強盗目的の異能力者に殺されかけてんのよ」

「えっ、マジか……」


 異能力者の強盗犯か。まぁこの世界には異能警察が存在してるんだし、そんな救いようのない強盗犯も存在しないはずがなかったか……。


「でね? あんたはその事件、奇跡的に発現した異能力でどうにか強盗を撃退できたんだけど……。まるでその奇跡の代償みたいに、ただならない恐怖を覚えてしまったのよ」

「……恐怖」


 当然だろうな。妹と一緒に殺されかけたんだしな……。


「だからあんたは『殺されたくない』って。誰にも殺されたくないから、最強の異能力者になりたいって思うようになったわけ」

「なるほど……」


 最強の異能力者になれば強盗犯なんて無傷で確保できるだろう。

 もちろん妹を守ってやったり助けてやるのも楽勝だ。


 そうか、つまり彼は厨二病ではなかったんだな。どちらかと言えば、その事件後も平気そうにしている熾兎が異常だったのだ。


「……それで、さっきの話に戻るのか? 異能力と無縁の環境の方が、かえって殺されずに済む、だったか」

「そ。この学園で事故とかが起きて殺される確率と、犯罪被害に遭って殺される確率。あんたはどっちが高いと思う?」

「……、前者なのか?」

「さあね。そこんとこは調べてないし。だけど怪我人が多いのは間違いなく前者よ。特に武闘大会じゃ熱くなってしまう生徒が大勢いるしね。あたしは前者だと確信してる」

「……」


 熾兎の言いたいことが段々分かってきた。

 そしてそれは彼女の口からすぐに吐き出された。




「本気のあんたと戦ってみたくなったから一応試したけどさ。あの異能力でも記憶喪失が治らないんだったら、もう大会は諦めなさい。あんたは学園を辞めて、残りの人生を無能力者としてひっそり生きればいい。それが今のあんた自身のためなのよ」




「!……はっ、ははは……」

「? 何が面白いのよ?」

「いや。お前も厄介な兄を持って大変だなー、って思ってさ?」


 笑い出しながらゆっくりと立ち上がる。

 手についた汚れを払い落とし、俺の妹に返事してやった。 




「だがすまんな? そのお前なりの親切には応じられない。俺は大会を諦めないし、というか絶対に優勝してみせる。記憶喪失の俺自身がすでに決めたことなんだよ」




「!……はっ、ははは……」

「ああ、お前も面白くなってしまうよな。だがお前に笑われても俺は―――」


 次の瞬間。


「ざッ、けぇんじゃァ、ないってんのよッ……!!」

「ごがッ!?」


 絞り切るような胴間声と共に、熾兎の強烈な足蹴りが俺の腹にめり込んだ。

 やはり異能力で強化しているのだろうか、細い脚なのに俺の体は相撲取りに全力タックルされたかのような勢いで突き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 さらにその直後、


「記憶喪失のあんたが大会で何できるってんのよ!? じゃあこれは防げんの!?」

「ンな!?」


 大鎌だ! 死神が持っていそうな大鎌の刃部分!

 熾兎の周囲に数多顕現し、全てが俺に向かって飛んできた! 無論一つ一つ防ぐなんて不可能だ!


「―――ほらね。やっぱあんた、異能力失ったままじゃん」

「っ!」


 俺の体を細断する寸前で、全ての刃の動きがぴたりと止まっていた。

 俺は首筋数センチのところで止まった刃に呆然自失するしかない。


「さすがにこういう凶器で神聖な大会を汚す大バカ野郎はいないわ。けどね、異能力を一切発効しないで勝てるほど戦いは甘くないのよ」

「…………、」

「なのにあんたは絶対に優勝してみせる、ですって? はっ、だったらやってみればいいじゃない! 異能力を発効しないまま負けちゃって、この学園の恥さらしになってしまえばいいわ! そんなに皆に望まれて退学したいんだったらッ!!」

「……、」

「ふん。何が最強の異能力者よ。……ただの一度も最強できてないじゃない」


 刃が、消えた。

 それから、熾兎の小さな背中も。

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