第74話/宣言

第74話


 武闘大会を翌日に控えた十月十六日金曜日。

 朝早くから俺とアリスは資材倉庫に出向くと、すでにトピアと大和先生が合流しており、何やら話し込んでいる様子だった。


「お、来たな憑々谷? 作戦大成功だぞ」

「……は? いきなりどうしたんだ?」


 ニヤリと口の端を吊り上げた先生を、俺は怪訝な目で見た。


「おはようございます、憑々谷君、アリス。早速ですみませんが、昨日の伏線を回収させてもらいますね」

「おっす。えっと、どんな伏線だったか……お前が大会を棄権した理由だっけか?」

「はい。わたしの棄権が君の優勝に必要不可欠とまでお伝えしました。君はわたしと本気で戦ったら負けるからと予想しましたが―――違うんです」

「これを見ろ。お前が出場するBブロックのトーナメント表、その最新版だ」


 大和先生が俺に寄越してきたのはタブレットPCだった。


「トーナメント表……? あーそうか、大会は明日なんだし完成してない方がおかしいよな。……ん?」


 そこに表示されていた画像データは、確かにトーナメント表の体を成していたのだが―――。


「えっ???」


 なぜか。激しくなぜか。


 この俺、憑々谷子童と記載してあった名前欄。それ以外の名前欄には生徒の名前のすぐ下に『棄権』と表記してあった。




「き、棄権……? つまりこれって……! Bブロックに割り振られた俺以外の生徒が全員、棄権したってことなのか……!?」




「はい」「そうだ」


 どうして……? 

 一体何が起こったらこうなるんだ……?


「今回の大会参加者は五百四人。AからHまでの計八ブロックに六十三人ずつが割り振られているのだが……。その中のBブロックはお前以外の全員が棄権済みなのだ」

「い、いや何でだよ!? こんなのありえないだろ!?」


 俺以外の六十二人全員が大会前に棄権! 

 これじゃボイコットみたいなものじゃないか!


「ああ、前代未聞だ。だが無理もないかもな―――」


 大和先生がタブレットPCを俺から受け取る。

 それからトピアの肩に手を置くと。




「―――なぜなら。優勝候補のコイツが、学園最強と噂されているお前に、のだからな?」




「ほ、放棄させられた? 別にトピアは俺からそんなこと……」


 俺は当惑的な視線をトピアに向ける。

 すると彼女はこくりと頷いた。


「はい。君は何もしてませんよ。このわたしが独断でそのように伝わるよう流布したんです。『彼と大会の特訓をしていたが、彼には勝てないと思い知ったので棄権する』と。まぁ流布とは言っても数人の友達にメールで告白しただけなんですけどね」

「! じゃあお前のその告白が学園中に伝播して……他の生徒も棄権を決心した、と?」

「その通りですよ。優勝候補のわたしが棄権したほどの強さだったら、大抵の生徒は君と戦って負けてしまいますし」

「い、いやしかしだな……。さすがに俄かには信じ難いんだが……」


 勝敗が分かっていたとしても。負けると分かりきっていたとしても。

 こんな風にこぞって生徒が大会を棄権する現象はありえるか? ありえないだろ。


「はぁ~、ツっきんってば真面目だねぇ? 対戦回数が減ったんだし、素直にラッキーって思っとけばいいじゃん?」

「それはそうなんだが……」


 アリスの言葉に、しかし俺がまだ腑に落ちないでいると、


「元々この異能学園には『明らかに勝てないと判る相手とは戦わない』という校風がありまして。早ければ早いほど、実は潔く負けを認めるのは称賛される行為なんですよ」

「えっ、そうなのか?」

「ああ。怪我する生徒も減るしな。保護者から訴えられずに済んで学園にとっても大変都合がいいのだ」

「ですので君は気にしなくていいんです。アリスの言う通り、素直にこの事態を喜んでください。これで君はあと多くとも……たった三回勝てば優勝なんですから」

「!? さ、三回っ!?」


 俺は耳を疑った。信じられなかった。トピアが棄権してくれたおかげでそんなところまで近づけたらしいことに(衝撃)!


「お前は現時点ですでにBブロックの勝者であり、ベスト八が確定している。そしてこのまま優勝すれば合計三十三ポイントがお前のものとなる。退学が回避できるのだ」

「…………。やばい、プレッシャーかかってきた……」


 トピアがこの作戦を必要不可欠としていたのは、対戦回数の多さが理由だったのだろう。

 だが減ったら減ったらで、俺は喜ぶどころか逆に心配になってくるのだが。

 これで優勝できなかったら申し訳なさすぎて……。


「どうした憑々谷? そんなに不安ならわたしと子作りしとくか?」

「ああ、そうだな……って、ないから!……たとえ大会で殺されるかもしれなくても、あんたとは絶対ヤらない!!」

「……ほぅ? 殺される、だと? ずいぶんと大げさな反応じゃないか。お前……何かあったんだな?」

「! え、いや、その。まぁ、本当に殺されるわけじゃないんだけどな―――」


 昨晩、熾兎との間に起きた出来事。

 それを俺はこの場で打ち明けるつもりでやって来ていた。




 だから意を決して皆に打ち明けた。

 熾兎が俺を記憶喪失と誤解していること。

 そして俺が著者から植え付けられた、憑々谷子童の過去のことを―――。




「……そうか。まさか憑々谷が最強になれたのは熾兎の異能力によるものだったとはな。あぁ、かなり驚きではある。驚きではあるのだが……」

「聞いた限りでは、明日の大会には何ら影響を及ぼさない出来事でしたね。安心しました」

「ああそうだな。大会とは無関係と言っていい。特に気にすることではないな」


 大和先生とトピアの感想はやや拍子抜けしたような色合いが含まれていた。

 しかし俺の思考がはっきりと読めるアリスは、


「ツっきん正気なの!? あたし全然イけると思えないんだけど!?」

「「……?」」


 アリスの動揺を見、二人が眉を顰めた。


「……ああ。さらに苦労をかけるかもですまんなアリス。一応これでも考えに考えて決めたんだ。おかげでほとんど眠れてない」


 苦笑しつつ俺は一息し、何も事情を知らない二人にも力強く宣言した。






「もしも、大会で熾兎と戦うことになったら。俺はその時、アイツの中の怪物を倒す……!」






「!? しょ、正気ですかっ!?」


 トピアの声が裏返った。それはもうまくし立てる勢いで、


「最強の異能力者と自負していた憑々谷君が、その彼が! ほぼ一瞬の判断で『勝てない』と逃げ出したくらいなんですよ!? あまりに目的が無謀すぎませんかっ!?」

「もちろん俺もそう思うぞ。……けどさ、結局はアイツにそのボーナスステージを発効されたら負け確じゃないか」

「! い、言われてみればそうかもしれませんがっ……。わたしは最後まで彼女は発効しないと思いますっ!」

「なぜだ? その根拠はどこにもないだろ。いや、アイツは俺に退学して欲しいと心から願ってるんだ。俺が優勢になってきたら、発効しないわけがない」

「だ、だからって君はっ、」

「それに何より……彼に代わってアイツに謝りたいんだ。俺の心がよ、そうしたいって訴えてるんだよ」

「っう……!?」


 これは正真正銘、俺の心だ。俺の意志だ。

 過去の憑々谷子童のものではない。


 しかし熾兎は俺を本物の憑々谷子童と思っている。俺を憎んでいる。

 そう、だからこそ俺は……憑々谷子童が清算できなかった過去を、他人事として無視できなかった。清算したくてたまらなかった。


「すまんトピア。だがこれは仮定の話だ。必ずしも俺がアイツと戦うことになるとは限らないだろ?」

「わ、分かりました……。一旦冷静になります……」


 トピアが口を噤むと、今度は大和先生が口を開けた。

 タブレットPCを操作しながら、


「熾兎はGブロックだな。つまりお前が戦うことになるとすれば……決勝だぞ?」

「……それでもだ。俺はアイツの中の怪物を倒して早くアイツに謝りたい」

「くくっ、いいだろう。わたしは協力してやる。お前に婚約破棄されたくないからな」

「いや婚約してないだろ! したってんなら今すぐ破棄だ破棄! だが破棄されても俺に協力しろってんだッ!!」

「な、何と横暴なっ!? だがそんなお前が、イイっ!! あんっ、ダメだ、やはり我慢できん!! 憑々谷愛してるぞ―――ッ!!」

「ぎゃああああああああああ!?」


 まるで大きな犬が小さな子供に襲いかかるように。

 ヤンデレ先生が猛スピードで俺の体を押し倒してきて、俺の顔に頬ずりを始めたのだった……(奈落)。


「た、た、助けてくれぇ―――!」

「んー……まぁ、ツっきんの気持ちも分かるんだよねぇ。優勝してもスッキリしないだろうし……。うん、やっぱあたしも協力してあげよっと」

「おおお願いだから早く助けてくれぇ―――!」

「……はい。どうせなら熾兎さんとの問題も一緒に解決してしまいたいと。その気持ちはよく分かります。ですのでわたしも協力しますよ憑々谷君」

「ってぇか完全にお前ら今の俺に同情してるだけだよなァ!? いや同情してんだったらまず俺を助けろよッ!? 考え直すのは後でいいだろーが―――!?」


 そんな……こんなで(大汗)。

 



 武闘大会前日。

 泣いても笑ってもこれが最後の特訓だった。

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