第54話/夢から醒めた戦乙女

第54話


「…………何だ? その姿は…………?」


 大和先生が息を呑んでいた。

 息を呑みながら、しばらく呆けたように見上げていた。


 だが無理もないはずだ。先生の視線の先、そこにいるのは彼女の知らないトピアで……とうに見知っていた俺ですら、何度も見入られてしまうほどなのだから。




 翼の生えた、戦乙女ヴァルキリー―――。




 装いのベースは加速装甲ブーストアーマーと変わらない。防護ヘルメットにロングドレス型の鎧だ。ただし肌の露出が大幅アップしており、胸元・背中・脇下・太腿が大胆なまでに丸見えなのだった。もはやエロカッコいいという形容句は現在の彼女のためにあるだろう。


 武器は大きく変貌を遂げていた。右手の大型銃はSF小説っぽい機能美を保持したまま彼女の右腕と一体化しており、銃身側面に半透明の防護盾が備わっている。

 また、左手の流麗な長剣は重厚な大剣に。マンモス級の凶暴モンスターを軽く一刀両断できそうだった。


 そして最も注目すべきは……彼女の白い背中から生えた双翼だ。

 これが正真正銘、白鳥の翼なのだ。

 神々しすぐるトピアたんマジハクチョー!


「……いやバカな。なぜ飛んでいるのだ? 鳥人間になれる派生能力デリベーションスキルなど、この世に存在しないはず……!?」

「これはわたしの万能能力マルチスキルですよ、先生」


 トピアが無表情で答えた。

 我が目を疑っている大和先生をしめやかに見下ろしたまま、


「といっても、この夢から醒めた戦乙女ペシミスティック・ヴァルキリー加速装甲ブーストアーマーの習熟によって発現できたと自覚しています。なのでわたし自身は新たな派生能力デリベーションスキルととらえていますよ」

「……、まだ未公表なのか?」

「憑々谷君以外には誰にも。対戦者ではあなたが初めてですよ」

「そうか、わたしが初めてとは光栄だな」


 面白くなってきた、と言いたげに。

 大和先生が好戦的な目をつくった。


「では先生、そろそろ戦闘を再開しますよ? この状態はコストが尋常ではありませんので」

「ふふっ。何だったらシュレディンガーを解除してもいいのだぞ? 代わりにわたしが発効してやろう」

「ご親切どうも。ですがお断りします。すぐにあなたは自己防衛しかできなくなりますので」

「ほう? 監視部の末端風情が笑わせてくれるじゃないか。ならばさっさとかかってくるがいい。返り討ちにしてやる―――」


 しかし大和先生が言い終えるより先にトピアは行動を起こしていた。

 ただでさえ大きな白鳥の双翼をさらに広げ、その色合いを白から白銀に映え変わるように輝かせた。


 俺はそこでハッとした。


「やべ、トピアの邪魔になる!」


 合図があったのだから倉庫の隅に移動しなければならなかった。

 ついトピアに見惚れていた俺は大慌てで血糊の水溜りから立ち上がると、トピアの私物が隠されているベニヤ板へとひた走った。


 そうして俺が壁際に到着したまさにその時、トピアが急降下を始めた。

 双翼から白銀の粒子を振り撒き、先生へと突撃飛行する。


 その最中だった。

 大和先生を護るドラゴンが……消えたのは。


「!? 何だ!?」


 盾を忽然と失い目を剥いた大和先生は、すぐさま別の異能力を発効した。

 右手に握られるはトピアの大剣と遜色なさそうな大剣だ。

 それをシールド代わりに使おうと身構える。


「っ!? ば、バカな!?」


 だが。またしても。

 先生が発効した大剣が、トピアの大剣と接触寸前に消え失せた。


「い、一体何がどうなっている!? ぐッ!?」


 咄嗟に大和先生が発効したのはアンティーク風の丸時計だ。時計台に取り付けるくらいの巨大サイズであり、さらに奇怪なことに黒炎を上げて空中浮遊していた。

 そんな巨大時計が、大剣の猛然たる斬撃を―――まるで自由意志を持つかのように正面から受け止めてみせた。


「……おじいさんの亡霊時計ですか。さすがですね先生。ノーアクションで即時に派生能力デリベーションスキルを発効するとは。厄介です」

「厄介……だと!?」

「はい。厄介です。その程度なんです」


 トピアが厳かに告げて直後、先生が発効した巨大時計に……一筋の亀裂が走った。


 それから、ビギ、ビギ、ビギビギビギキギキ……と。


 一筋だった亀裂が、次第にその太さを増して枝分かれしていく。

 打ち下ろされたままのトピアの大剣によって。


(いいや、見た目はそうだが実は違う。この現象も夢から醒めた戦乙女ペシミスティック・ヴァルキリーによるものだと俺は理解できている)


 彼女の大剣が巨大時計を斬ろうとしているわけではないのだ。


「な、ぜだっ? なぜわたしの亡霊時計がっ! たかが物理攻撃に斬られている!?」


 やはり大和先生にはそう見えているのだろう。俺はおじいさんの亡霊時計という異能力は知らないが……どうであれ結果は変わらない。


 こちらトピアが勝つ!




「……ぐ、あああッ!?」




 巨大時計が真っ二つに裂けて雲散霧消する。

 その時にはトピアの大剣が大和先生の左腕をかすめていた。

 彼女の鮮血が噴水のごとく迸った。


「大和先生。あなたを拘束します」

「っ! まだだ!」


 大和先生が砂塵を巻き起こした。

 発生源はトピアの足元。両目を潰されかねない奇襲攻撃だった。

 だがそれをトピアは空へと飛翔することで難なくやり過ごした。


 そうして砂塵もまたほんの数秒足らずで掻き消えてしまう。

 まるで最初からそこになかったかのように。


「……、くそっ。トピアよ、ずいぶんと凶悪な異能力を手にしたものだな……!?」

「お気づきですか?」

「ああ。わたしは異能力を解除していない、にもかかわらず解除されてしまう……。だとすればだ!」


 大和先生は苦虫を噛み潰したように、




「お前のその夢から醒めた戦乙女ペシミスティック・ヴァルキリーとやらが、わたしの異能力を強制解除しているのだろう……!?」




「さすが大和先生。大正解です。解除というよりは『否定』ですが。対象の異能力を否定することでそれを現実のものとする異能力。ですが凶悪と評されるほど万能ではありませんよ。まず第一に、加速装甲ブーストアーマーの発効も要していますから」


 白鳥の双翼が羽ばたき、白銀の粒子が粉雪のように舞い落ちる。

 トピアは無造作に右腕と一体化した大型銃を横薙ぎに振るった。


 空を一閃した大型銃から産み出されたのは蒼白い光の塊だ。

 サッカーボール大のそれは扇状に十個。

 ジジジジジ! と電気的なノイズを立てている。


「早速時間切れですね。―――夢から醒めた戦乙女ペシミスティック・ヴァルキリー、解除」


 その言葉と共に、全ての光の塊が大和先生に襲いかかった。

 体積を削るように光の塊自体がビームを放ち始めたのだ。


「ちっ! 治療の暇も与えずとは容赦ないな!?」


 左腕から血を滴らせながら先生は倉庫内を逃げ回る。

 光の塊からのビームを自身の異能力で防ぎきれないと判断したのだろう。

 だが当然だ。先生を撃ち損じたビームは資材倉庫の地面を焼き砕くほどの威力。

 一発でも当たれば無事では済まない。


「…………すごい」


 俺はベニヤ板から覗き込むようにして感嘆を漏らした。

 トピアが大和先生を圧倒している。先生が今も必死に逃げ回っているというのに、トピアといえば制服姿に戻って発効限界量を回復中なのだ。


加速装甲ブーストアーマー、発効。夢から醒めた戦乙女ペシミスティック・ヴァルキリー


 ! あぁ、ホントコイツは容赦がない! 

 次の合図が来た! もうすぐ終わらせる気だ!


「(アリス! 出番が近いぞ!?)」

「(あいあい。呼ばれて飛び出ておじゃじゃじゃーん)」


 俺の胸ポケットからアリスがひょっこり顔を出し、緊張の欠片もなく不吉なセリフを吐いた。


「(そんで順調?)」

「(おう、超がつくほど順調だぞ。トピアが負けるとは思えないな)」

「(ふーん? じゃあツっきんの本音は?)」

「(…………)」


 そんなの……。

 ラノベじゃなくても分かりきったことじゃないか……。


「(ま、なるようにしかならないよねぇ。タイミングよろぴく♪)」

「(……、ああ)」


 俺はアリスから二人の決闘へと目を戻す。

 どちらが優勢かは一目瞭然だった。


「さて。この異能力が凶悪とは言い切れない第二の理由ですが。必ずしも対象の異能力を解除できるとは限らないからです。だってそうでしょう? 解除にはわたしの否定が大前提なんです。『あの異能力は強すぎて否定できそうにない……』なんて考えてしまった時には、解除なんて不可能ですよ」


 饒舌に語るトピアの姿は宙にある。俺の手に届かない究極の美を体現しているかのように、彼女がとても遠くに感じてならなかった。


 そんな彼女に対し、ろくに立っていられない足場で膝に手をついている大和先生は、


「……もういい。自ら弱点を明かすということは、勝利宣言をしているのと変わらんだろう? そんな自信に満ちた今のお前には、わたしの異能力などゴミに等しい……」


 自軍の本拠地が殲滅され最後の独りになったかのような、生色を失い果てた様相だった。


「落ち込まないでください先生。あなたの異能力では相性が悪かっただけですから。それこそ夢から醒めた戦乙女ペシミスティック・ヴァルキリーと相性の良い異能力をお持ちでしたら、勝っていたのはあなたでしたよ」

「……は? 勝っていたのは、わたし、だと?」

「はい。あなたではなくわたしが負けを認めていたと思いますね」


 トピアが言い直して直後だった。

 



「おいおいおい? いつわたしが負けたと認めたんだ? ええこら?」




 トピアの三六〇度全方位から。

 ウニの棘じみた凶器が大量に出現した。

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