第53話/矛盾喰らいの護神龍
第53話
―――だが。
キィィィン!
という反発し合うような金属音が、資材倉庫内に響き渡る。
「!? これは……!」
トピアの長剣が捉えたのは突如先生を庇うように現れたモノだった。
それは両手足の生えた一匹のヘビ……いや、
ドラゴンだ。
その図体はヘビ……世界最大と言われるニシキヘビほどしかない(と表現するのは些か違和感があるものの)。しかしあれは間違いなくドラゴンだ。立派な角と髭もある。ラクダによく似た鼻息の荒そうな顔付きだ。
そして何より、空中を鯉のぼりのごとく優雅に泳いでいた。ヘビにはできない芸当だ。
「
大和先生が小気味よく言った。
「
「はい。ですが聞き知っています。矛が勝つか盾が勝つか―――その特性は本来、矛盾を引き起こすもの。ですが主人を護るために、必ず矛に勝つ盾となるドラゴン……!」
だからだろうか。トピアの矛である長剣は、盾であるドラゴンの鱗にあっさりと弾かれていた。硬度が高い証拠なのだろうが……それにしたってヘンテコな特性だった。
「くくっ、ロマンがあるだろう?
大和先生がドラゴンの顎をそっと撫でる。
するとドラゴンは目をトロンとさせた。
これ以上の幸せはないと主張したげな表情だ。
「さぁトピア。発効限界の先まで戦おう。わたしを拘束したいのだろう?」
「言われずとも!」
トピアが大きく飛び退る。なぜか飛び退りながら
「先の奇襲は見事だったな、トピア? お前が
「無駄ですからね。……ですがその策にあなたは悠々と対処してみせた」
「そうだ。あれがわたしの実力ということだ。……死ぬ気でかかってこい」
「いえ。殺す気で」
再びトピアの姿が消失した。
咄嗟に俺は彼女を探して倉庫内を見回すが、どこにもいなかった。
「―――上か」
ドラゴンが鼻息を漏らしつつ大和先生の頭上に回り込む。
その直後だった。
資材倉庫の天井付近。いつの間にか鉄骨の梁に立っていたトピアが、猫のようにすっと頭から飛び降りた。
彼女の大型銃が真下に向かって火を噴く。
ただし銃口から吐き出されるのは実弾ではない。光弾だ。
それこそSF小説で登場するような蒼白い光弾。
それらが次々にド派手な爆発を伴ってドラゴンへ命中していく。
だがドラゴンはまるで痛がらずそこに健在する。
むしろ痒がるような余裕っぷりで大和先生の盾となり続けている。
「おいおい、理解できてなかったのか?
「そのようですね。ではこれならどうでしょうか」
トピアが先生の眼前に
その時には長剣の切っ先が円弧を描き始めている。
「くっ!?」
直後、キィィィン! と。
ドラゴンの尾がすんでのところで長剣を受け止めた。
「惜しい」
確かに惜しかった。
そして次なるトピアの声は大和先生の横合いからだ。
すでに大型銃が光弾を撃ち放っている。
「! ちぃ……!?」
舌を打った主人と光弾の間隙にドラゴンが滑り込む。
ドラゴンが被弾し、爆撃を直に浴びる。
大和先生には掠り傷一つ付けられなかった。
「やはりそのドラゴン、わたしの脅威ではありませんね」
トピアが無感動にそう告げた。
今度は大和先生の―――すぐ背後で。
ほぼ同時、くせ毛のない艶やかな黒髪が斬り落とされた。
「…………ふん。やってくれたじゃないか」
―――だが。後ろ髪を二十センチ以上大束で失うも、先生は激怒するどころか殊更冷めゆくような面相を拵えている。
それがあまりに不気味すぎて俺は背筋が震えた。
(ど、どうしてだ? 髪は女の命って言うし……今のでごっそりもっていかれたんだぞ……? あんな波風の立たない水面みたいな横顔、なれっこないだろ……)
「さすがは武闘大会の優勝経験者だ。初見の
「それだけではありませんよ。―――
またもや鎧に身を包んだトピアは、
ドラゴンが主人を護るため前に進み出た。
トピアを腹立たしそうに睨み付け、主人の盾として待ち受ける。
対しトピアは大型銃の発効を解除した。
長剣を両手で握り直し、刺突の構えを取る。
そして加速による勢いを微塵も殺さずに、
長剣をドラゴンと激突させた。
するとどうだろう。トピアの矛である長剣は、ドラゴンの盾である肉体を刺し貫くことはないのだが、ドラゴンの特性上、砕かれることもなく。
必然、矛と盾が突風を引き起こさんばかりの拮抗状態となった。
(いや、違うな。徐々に、徐々にとだが―――!)
「……矛盾喰らいの
矛盾による凄まじい拮抗状態。
それに決着をつけたのはトピアのひと押しだった。
「ぐゥ……!?」
トピアという名の推進力に押し負けたドラゴンが、後方にいた大和先生に向かって勢いよく突き飛ばされた。
咄嗟に屈まなければ先生も巻き込まれていただろう。
トピアが凛として長剣を下段に振り払った。
「とまぁ、このように。自由に動ける盾なのですから、外部からの力には動かされてしまう。無敵ですが、万能ではないのです」
「……、なぜ今わたしを斬らない?」
大和先生はトピアの解説など聞いていないようだった。
間もなく慌てたようにドラゴンが主人の元に戻ってくる。
「お前らしくない。お前らしくないぞトピア。
「納得がいかないのはわたしもです。
発効限界量を回復するためだろう。トピアは制服姿に戻ると。
「確かにわたしは誰に対しても全力で戦います。相手に全力を出させないよう罠や不意打ちも積極的に使います。……熾兎さんが来られる前、わたしがあなたの隙を窺っていたのは、気づいていましたね?」
「そうだ。だからこそ余計に気に食わん。トピアよ、なぜ今になって手を抜いた?」
「えぇ、分からないのでしたら答えましょう。―――わたしらしさをよく知っている上で、あなたが手加減しているからです」
手加減、という単語に。
心なしかトピアの声が上擦ったようだった。
「わたしはあなたの実力をよく知りません。当然です、あなたの戦闘を拝見した経験がありませんから。ですが、執行部の警察官がこの程度の実力であるはずがないことは知っています。あなたが手加減しているのは明らかです」
「ほう? つまり何だ? わたしが手加減しているから、お前も手を抜くと?」
「いえ。それだけでは理由になっていません」
トピアが再び右手に大型銃を生み出した。
「あなたは大会などでわたしの実力をよく知っていて、それでもなお手加減しているのですよ。……下に見られているにも限度ってものがあります」
「なるほど。もしかせずともわたしはお前に礼儀を欠いていたのだな? お前が自分らしさを殺してしまうほどに」
納得したように大和先生が手をポンと叩いたが、
「だがすまないなトピア? わたしは普段のお前とは真逆なのだ。可能ならば全力で戦いたくない。誰彼構わず真の実力を晒す趣味もないのだ」
「…………、残念です」
トピアが長い睫毛に縁どられた目蓋を閉じる。
しかしほんの数秒後には大和先生を見据え直していた。
慣れ親しんだであろう「
ただし今回は場合が異なっていた。
彼女の掛け声こそ一言一句変わらないものの、発効と口にするのに若干の間があった。これは彼女からの『合図』なのだ。
そう。彼女と入念に打ち合わせしていた俺だからこそ、分かる。
決して遺体役だけの特訓に丸一日かけていたわけではない。
(アレだ! トピアはアレを発効する気だ……!)
「本当に残念でなりません。大和先生、あなたをこんな形で追い詰めなければならないとは」
「? ただの
あぁ、甚だ疑問だろう。先生には知る由もない。
―――続きがあるということを。
かくしてトピアが囁いた。
「
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