第23話 エピローグ
「ただいまー」
「ただいま戻りました」
赤川や西野、睡蓮の三人によるテロ事件が起きてから一週間が経った。いつものように研究所から帰って来た葵とアンは、そのままリビングへ向かう。
「おかえりー」
「おかえりなさい、二人とも。お茶でも飲みますか?」
リビングで二人を迎えたのは、休日だからとお菓子を食べながらソファでテレビを見ているナナと、同じくソファで読書している真夜だ。
「いや、いいよ。それにしても疲れたな」
「では葵、私が肩をもみましょう」
「任せた」
葵はナナと同じようにソファに座り、アンは葵の後ろに回り込んでソファを挟みつつ葵の肩を揉み解す。
「いかがですか?」
「ああ~めっちゃ気持ちいい~」
葵は体の力を抜いてアンに身を任せ、くつろいでいる。
「そういえば葵、あの市長はアンタとの約束守ったの?」
「ああ。脅した日の翌日には研究所にとんでもねぇ金額を寄付してくれたよ。しかし、もうちょっと自然にできなかったもんかねぇ」
「まぁいいじゃない。結果オーライでしょ」
「そうだな~。アン、もういいぞ。たまにはお前もゴロゴロしたらどうだ?」
「では葵、私の膝を枕にどうぞ」
「……マジで?」
「はい。さぁどうぞ」
アンは葵の横に座り、自分のふとももをポンポンと叩く。
「いや流石にそれは……」
「嫌なのですか?」
「い、いやって訳じゃないけど……ちょっと恥ずかしいし……」
「大丈夫です」
「いやでも……」
「さぁどうぞ」
「……分かりました」
葵は少し照れながらアンのふとももに頭を乗せて寝転がる。それは柔らかく、とてもいい匂いがした。
「葵はとても温かいですね。いい気分です」
「……そりゃよかった」
その様子を見ていたナナと真夜は、少しだけおかしそうに葵とアンを見ている。
「葵って結構押しに弱いわよねぇ」
「兄さんは尻に敷かれるタイプだと思ってましたが、私の勘は正しかったみたいですね」
「お前ら失礼じゃねぇかな?」
葵が一言文句を言うと、玄関から来客を知らせるチャイムが鳴る。
「俺が出るよ。お前らはここでくつろいでろ」
葵はなんだか恥ずかしくなってきたので、ごまかす為に玄関へと向かう。
「つーか誰だろ……?」
葵は玄関のドアに付いている小窓を覗き込むが、何も見えない。イタズラかと思ってその場を去ろうとしたが、再度チャイムが鳴ったのでドアを開けた。
「どちらさまですか――ってお前らは!!」
「遊びに来たよ、葵くん!」
「久しぶりねぇ葵ちゃぁん。会いたかったわよぉ?」
玄関にいたのは乱と睡蓮。かつて葵とアンが戦った、DEMシリーズの自動機械人形とそのマスターだ。
「お前らが何でここに……!!」
葵は左腕のリボンを急いで外して警戒を示す。しかし、当の二人はポカンとした表情で葵を見ていた。
「だから言ったじゃないか。遊びに来たんだよ」
「そうよぉ。近くに来たから折角だしと思ってねぇ」
「……マジで?」
「「マジで」」
「……じゃぁ入れよ。茶ぐらい出してやる」
「やったー! 流石は葵くん、話が分かるね!」
「流石は私の葵ちゃんだわぁ。ますます欲しくなっちゃう」
「お前ら変なことしたらボコボコにして追い出すからな」
葵は乱と睡蓮をリビングまで案内した。
「あらぁ、アンスリウムちゃんじゃないのぉ。久しぶりねぇ」
「……葵。何故この二人がここにいるのですか?」
「今日は客として来たんだとよ。今は敵じゃねぇみたいだから警戒しなくていい」
「そうよぉ。今日は普通に遊びに来たんだからぁ」
「ただしこいつらが何かしたら遠慮なくやれ」
「了解しました」
「ところで葵。この二人はアンタの友達?」
「……まぁそんなとこ」
「へー。変わった人たちねぇ。あたしは夏野紅花。ナナでいいわ」
「私は塔野真夜といいます。あ、お茶がまだでしたね。今すぐ用意します」
するとまた、来客を知らせるチャイムが鳴る。
「俺が出る」
真夜はお茶を用意する為に席を立ち、葵は再度玄関へと向かった。
「今度は誰だ……?」
葵はドアの小窓を見るが、またもや誰も映らない。
「壊れてんのかな? まぁいいや。はいはい今出ますよ――ってお前は!!」
「久しぶりね葵くん。わたしのこと、覚えてるかしら?」
「ローズ!」
玄関にいたのは白い髪を持つ幼い少女。アンに葵を紹介したローズだった。
「久しぶりだなローズ! まぁ考えてみれば一回しか会ったことないんだけどな。お前が突然消えるから」
「そういう方がミステリアスっぽくて素敵だと想わない? あ、お邪魔していい?」
「勿論だ。ところでお前、夏野紅花って知ってるか?」
「ナナちゃんのこと? それなら知ってるわよ。最後に会ったのは十年前ぐらいだけど、それがどうしたの?」
葵はその答えを聞いて確信した。葵の目の前にいるローズと、ナナが会いたがっているローズは同一人物であることを。
「葵くん?」
「取り敢えずリビングに来いよ。こっちだから」
葵はローズをリビングに案内した。そこでは皆が楽しそうに笑いながら談笑しており、とても居心地がよさそうだ。
「あら、葵。結局お客さんて誰だったのよ――」
「あれ? もしかしてあなた、ナナちゃん?」
「……ローズ?」
ナナはポカンとした表所でローズを見つめる。
「ああ、やっぱりナナちゃんなのね。こんなに大きくなっちゃって。感慨深いなぁ。前はわたしの方が大きかったのに」
「ローズ!!」
ナナは感極まったのかローズに跳び付き、その場で泣いてしまった。
「会いたかったよぉ~ローズ~!」
「フフフ。まさか葵くんのところにナナちゃんがいるなんて。世間は狭いわね」
「やっぱりナナの言ってたローズはお前のことだったんだな。ナナはお前に恩返しがしたいってずっと探してたみたいだぜ?」
「……そうだったの。そんなこと気にしなくてもいいのに。あなたを助けたのはわたしの気まぐれなんだし」
「それにしてもめでたいじゃねぇか。探してた恩人にやっと会えたんだからさ」
「ほらほらナナちゃん。そろそろ泣き止まないと」
そうしてナナが泣き止むまで葵たちは静かに見守った。
しばらくしてナナが泣き止んだ後、葵たちはソファや椅子に座り、改めて互いに自己紹介をする。中にはかつて殺し合いをした相手もいたが、葵はそれを過去のことだと割り切って、水に流すことにしたのだった。
「……しっかしここにいるのってすげぇメンバーだよなぁ」
「人間そっくりの自動機械人形に、獣人と人間のハーフ。あと、葵と乱は魔法使いなんだっけ? 頭がパンクしそうだわ……」
「ふふふ。それにしても、アンちゃんが楽しそうで嬉しいな。葵くんに預けた甲斐があったわ」
「それについては感謝しています、ローズ。おかげで葵に出会えました」
「俺からも礼を言うよローズ。ありがとうな」
「ふふふ。いいのよ別に。だってわたしと葵くんの目的は同じなんだし、協力し合わないとね?」
「俺と同じ目的?」
「機械と人間が共に幸福でいられる世界の実現でしょ? それはわたしの目的でもあるし、わたしたちDEMシリーズを作った、今は亡き博士の夢でもあったのよ。博士がいない今、同じ目的と特殊な力を持っている葵くんに出会えたのは運がよかったわ」
「そうだったのか……」
「それで今日はね、葵くんにわたしの知ってる情報を教えてあげようと思って来たのよ」
「どんな情報だ?」
「リヴァーレの研究所の場所とDEMシリーズについてよ。まずはリヴァーレの研究所だけど……アメリカのフロリダ州とテキサス州に一つずつあるわ。地図はこのディスクに入ってるから、後で確認してね」
ローズは葵に一枚のディスクを手渡した。
「次にDEMシリーズについてだけど、実はわたしもそんなに知らないの。かつて存在した古代魔法を使って作られたことと、神の力を持つことだけしか知らないわ。博士が死んじゃったから、細かい情報は闇の中ね」
「……でも、これで合点がいった」
「どういうことなの、葵くん?」
「前に俺がアンのパーツと会話した時に言葉が通じなかった理由だよ。俺は古代魔法なんて知らないし、それによって作られたなら言葉が分からないのは当然だってことだ」
「そうだったの。ふふふ、これでわたしの話は終わりよ」
「よし、知りたいことは全部知ったし、折角だからこっからは宴会でもするか! これだけのメンツが揃う機会はなかなかねぇからな!」
「賛成よぉ。こんなこともあろうかとお酒も持って来たわぁ。酒盛りねぇ!」
「あたしはピザと寿司の出前取るわ。そこでバイトしてるから定価の半額で買えるし!」
「空気の読める奴らだな! よっしゃ、飲んで食べて騒ぎまくるぜ!」
こうして葵たちは宴会を始めた。彼らはボードゲームやカードゲームで遊び、注文した料理を次から次へと平らげる。
後半になると互いに親交を深める為にたくさんの話をした。その途中で睡蓮は酒を飲み始め、アンとローズも睡蓮と共に酒を飲んだ。それにより充満した酒気によりナナと乱も酔ってしまい、葵は溜め息を吐いたのだった。
時刻は午前十二時。葵とアン以外が寝落ちしてしまったので、葵は寝ている全員にタオルを掛け、アンと共にベランダに座って星を見る。
「自動機械人形が酔うってのは奇妙なもんだな。DEMシリーズはやっぱ未知の領域にあるみたいだ。それにしても、お前は酒に強いんだな、アン」
「問題ありません。あの程度では私は揺るぎませんから」
しかしアンの顔は少し赤くなっており、月の光に照らされたアンはいつもより色気がある。葵はその姿に見惚れていた。
(綺麗だな……。ああ、やっぱり俺は、アンのことを……)
「葵? どうかしたのですか?」
アンは無垢な顔で問い掛ける。きっとアンは葵がどういう思いでアンを見ているのかを知らないのだろう。
「……俺はさ、昔からずっと一人で生きて来たんだ。頼れる存在もいたけど、俺の目的に、俺の行動に付いて来れる奴は一人としていなかった。だから俺は、ずっと孤独を感じてたんだよ。そんな時にお前が俺の前に現れて言ったんだ。俺をマスターにしてくれって。お前はどんなところにも付いて来てくれたし、ずっと俺の傍にいてくれた。俺と一緒に戦ってもくれた。壊れずに、死なずにいてくれた。俺はさ、それがすげぇ嬉しかったんだよ。だから俺はお前に礼を言いたい。一緒にいてくれてありがとう」
黙って自分の話を聞いていくれたアンに、葵は一呼吸おいて聞いた。
「……アン、お前は、これからも……ずっと俺の傍にいてくれるか?」
アンは隣に座る葵に寄りかかり、葵の肩に頭を乗せて答える。
「勿論です。出会った時に言ったでしょう? 私は葵が大好きです。愛しています。ずっとあなたの傍にいることを誓いましょう。死が二人を分かつまで、ずっと」
アンは葵の顔に触れ、自分の元に引き寄せた。次の瞬間に葵が感じたのは、アンの唇の感触。それはいつもより甘く、優しい味がした。
「……ありがとう。俺もお前を愛してる。ずっと、一緒にいよう。死が二人を分かつまで、ずっと」
◇
人間の少年は、機械の少女に恋をした。
どんな時でも自分と共にいてくれる少女との出会いは、少年にとって最も幸福なことであっただろう。
機械の為に生き続けた少年は、今やっと、自分の幸せの形を見つけられた。葵とアンの絆が切れる瞬間など、未来永劫訪れはしないだろう。
これは、機械と人間が共に幸せでいられる世界を夢見る一人の少年が、自分の幸せを見つけるまでの物語。
よって物語は、一先ずの終幕を迎えた。
DEMドール ―デウス・エキス・マキナ― 佐藤山田 @reidense
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