第22話 後始末
神原市の地下にある、薄暗くて散らかっている研究所にあるサーバールーム。そこで一生懸命にモニターと睨めっこをしながらキーボードとパネルを操作する男が一人いる。
彼は今、地下研究所のサーバーのデータを消しているようだ。しかし、彼はそれらの作業に慣れていないのだろう。キーボードとパネルを操るその手つきはとてもプロのものとは思えず、素人と評価するべきものだった。
「クソ……まさかクモ型の自動機械人形までやられるとは……! 流石に計算外だ……! これでは研究所に一泡吹かせるという私の目的が……」
男が消しているデータは、かつてそこにあった自動機械人形のデータなのだろう。勿論、それらに使われた部品や流通ルートなどの詳細情報も残っていた。
見たところそれらの数は膨大であり、このまま一人で消し続けても全てのデータを完全消去するまで一ヶ月はかかるだろう。
「クソ……!!」
「どうも今晩は。何だかお忙しいみたいですね?」
男がデータを消している様子をサーバールームの入口から隠れて見ていた葵は、サーバールームに入って男に声を掛けた。葵はしばらく男の行動を見ていたのだが、目的が知れた為にもう男を泳がせる必要がなくなったのだ。
「誰だ! ……き、君は!?」
「こんなところで何をしてるんですか? 赤川市長」
「や、やぁ葵くん。久しぶりだね。……君こそ、ここに何の用だい?」
「……とぼけなくていい。俺は現役の研究員なんだぜ? そのデカいモニターを見ればアンタがそこで何をしているのか、すぐに分かる」
「……君は何か誤解しているようだ。私はただ単に市長として今回のテロ事件の証拠を探しに来たところでね。少し前にここを偶然発見したのだよ。それで少しここを調べていたのだ」
「……嘘は吐かない方がいいぜ? 見苦しいから」
「そうですね。嘘は見苦しいです」
開いているドアから葵に続き、アンも部屋に入った。
「何を言うんだね葵くん。それに……あまり私を馬鹿にしない方がいい。その気になれば私は君をクビにすることもできるんだぞ?」
「あんたさ、前に俺の才能が何なのかを知りたがってたよな? いい機会だから教えてやるよ。俺はな、機械と会話できるんだ」
赤川は葵の言葉を聞いて唖然としたようだが、その後で葵を馬鹿にするように笑う。
「ふはははは! 何を言うかと思えば! 君は優秀だと思っていたが、どうやら気のせいだったようだ!」
赤川はそのまま笑い続ける。それを静かに見ている葵はゆっくりとその口を開き、自身が知り得る情報の一部を述べた。
「……アンタが西野さんの研究所であるここを初めて訪れたのは今から三ヶ月前の三月十日。四月十二日には睡蓮とここで出会い、今日の計画を立て始めた。アンタがリヴァーレと手を組んでクモ型を用意したのは今から一ヶ月前の五月六日。そこから毎日のようにアンタはクモ型と会っていた。それは数多くの自動機械人形からの目撃情報があるから間違いない。この研究所の場所も協力者も、クモ型たちに聞けば一発で分かるんだよ」
「な!! ……だが、その証拠はどこにもない。そうだろう葵くん?」
「証拠ならアンタの目の前にあるじゃねぇか。たんもりとデータが詰め込んである、そのドでかいサーバーが。それに、この場所を調べれば色んな証拠が出て来るだろうよ。問題はこの研究所が本土から離れた小島にあるってところだが……そんなのは移動手段を確保すればクリアできる」
この研究所は地下にある施設。だが研究所へ続く入り口はたった一つしかなく、とても分かりにくい場所にあった。
分かりにくい場所というのは、神原市の港から少し離れた海に浮かぶ小さな島のことだ。その島には小屋が一つだけあり、その小屋の中に地下へ続く階段がある。そこからしかこの研究所へは入れないのだ。
「アンタは船で来てるみたいだけど、俺たちには【オーディン】の風があるから。それを使えば空を飛べるからここに来るのは楽だったよ」
「……だが、私は市長だ! テロまがいの事件を起こすような動機についてはどう説明するつもりだ!?」
「あ? 俺を舐めんじゃねぇよ。アンタみてぇな奴の思考回路なって手に取るように分かるし、情報もさっき揃った」
「なら言ってみるがいい!!」
「……アンタはウチの研究所の元室長だ。ある時、部下の失態によりアンタはクビになった。その恨みを晴らす為に、今回、研究所の自動機械人形をクモ型で破壊しつくして研究所の無能さを示そうとした。んで、そん時の部下ってのが西野さんだ」
「ぐ……!!」
「図星だろ? ……つまんねぇ奴だ。まぁアンタを辞めさせた研究所の気持ちも分かるよ。だってアンタは見るからに無能だからな。さっきのデータ消去も素人レベルだったし、大方コネかなんかで就職したんだろ?」
「……いくらだ? いくらで君は私に協力してくれるんだ?」
「……金か」
葵はその言葉を聞いて、心底失望した。葵は赤川のことを少しは骨のある人間だと思っていたからだ。
「俺はさ、別に金が欲しいんじゃねぇんだ。俺は機械と人間が仲良く暮らせる世界を作りたい。それだけなんだよ。それなのにお前みてぇなカスだとか、リヴァーレとかいうクズ集団は俺の夢を壊そうとする……! 邪魔なんだよ、お前らみたいな奴は!!」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!!」
葵は赤川に真正面から殺意をぶつけた。それにより赤川は恐怖に駆られているようだ。
「いっそここで殺してやろうか……!!」
「ちょっと待ちなさい葵。私の報酬を忘れちゃいないでしょうね?」
開かれたドアから入って来たのはナナ。彼女は今、『獣化』した状態になっている。
「……ナナか。スマン、少し感情的になったみたいだ」
「ホントよ。アンタは怒らせたら怖いだろうなーって思ってたけど、想像以上だったわ。それでアンタが赤川さんなんでしょ? 聞きたいことがあるの」
「な、なんでしょうか……?」
赤川には先程までの自信や威厳は欠片も残っていない。今の赤川は葵に怯える哀れな存在だと言えよう。そんな赤川に、ナナは質問を投げ掛けた。
「ローズって名前の女の子を知らない? 白い髪で、存在感がまったくない幽霊みたいな子なんだけど。歳は……十年前に十歳ぐらいの外見だったから、今は二十歳ぐらいかしらね」
「……ローズ? 白い髪の幽霊……?」
赤川はナナが言った少女の特徴を口に出して思考しているようだ。その時、葵は何やら引っ掛かりのようなものを感じた。
(白い髪で存在感のない幽霊みたいな女の子。んで、十歳ぐらいの外見。極めつけはローズって名前か。……最近そんな自動機械人形に会ったんだけど……まさか)
「し、知らない! そんな奴は知らない!」
赤川は首を横に振って答えた。葵は赤川の目を見て嘘を言っていないかどうか調べてみたが、結果はシロ。嘘を吐いていないと思う。
「役に立たない奴ね。こいつ今回の事態の首謀者なんでしょ? 殺さなくていいの?」
「まぁ別に殺してもいいんだけどな? それよりもっと役に立ってもらおうかなぁと今思った」
「あ、葵くん? 私に何をさせるつもりだ……?」
「俺の為に金を使え。ウチの研究所を全力で支援しろ。俺に逆らうな。この三つを守って貰う。そうすりゃお前が今回の首謀者だってことは俺の胸にしまっておこうじゃねぇか。その代わり、このサーバーのデータは俺が完全消去しておいてやるよ」
「わ、分かった」
「ちなみに完全消去するって言ってもバックアップは残す。もし俺を裏切ったり俺の邪魔をしたりするようなら今回の真相は世界中に流すし、お前にはおおよそ最悪と呼べる以上の地獄をプレゼントしよう。どのみち、リヴァーレと手を組んだ以上はいずれ俺に殺される運命にあったんだ。金を払い続けるだけで生きられるんだし、このまま殺されるよりはマシだろう? なぁ?」
葵は赤川の顔を掴んで、威圧と殺気を籠めた目で赤川の目を見る。
「ひ、ひぃぃぃぃ!!」
すると赤川は震え出し、恐怖に顔を歪めた。
「さて、これで一件落着かな」
「あたしとしてはローズの情報が手に入らなかったから残念だけどね……」
「お前は何で、その女の子……ローズを探してるんだ?」
「……あたしが五歳の時、あたしの両親はあたしを連れて獣人の国を逃げ出したの。色々あって両親は死んじゃったけど、あたしは運よく人間界に来れた。だけど、小さな子供が一人で生きるには厳し過ぎた訳よ。そんな時にローズって名乗る女の子が、あたしにお金と生きる為に必要な知恵をくれてね。恩返しがしたいから探してるの」
(多分その子って自動機械人形のローズだよなぁ。あいつならそういうことやりそうだし。つーか一般人が無償で金あげたりとかしないだろうから、ほぼ間違いなく俺が前に会ったローズとナナの言うローズは同一人物だろうな)
「葵? どうしたの?」
「……いや、何でもない。いつか会えるといいな」
「ええ。頼みの綱はしばらくローズと行動してた時に、ローズが受け取った名刺に書いてあった名前のリストね!」
「そのリストって、ローズの仕事相手のリストだったのかよ!!」
「え? 言ってなかったっけ?」
「まぁ言われても、そうなんだねーとしか思わないから別にいいけど。そんじゃここのサーバーデータのバックアップ取ってから完全消去するか」
「葵。赤川はどうするのですか? このままにしておくのですか?」
「別にそのままでいいよ。つーかさっさと帰れ。気が散る」
「はいぃぃぃぃ! 分かりましたすぐ帰りますぅぅぅぅ!!」
赤川は一目散に部屋から逃げ出した。
「ゴキブリみてぇな奴だな……。そんじゃアン。お前の記憶装置の中にバックアップデータ作るからサーバーに接続してくれ」
「了解しました」
そして約五時間後。サーバーのバックアップとデータの完全消去は完了し、三人は無事に家に帰ったのだった。
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