第21話 嵐が去った後で

「ふ、ふふふ……あはははははははは!! ゴメンねぇアンスリウムちゃぁん! 私はあなたを侮り過ぎていたみたいだわぁ!」


 睡蓮は腹を抱えて大笑いし始めた。それを見た葵はどうしていいのか分からなかったが、笑いが収まった睡蓮の一言により我に返る。


「ふふふ。とっても楽しかったわよぉ、アンスリウムちゃんに葵ちゃん」

「こっちは楽しいどころか何度も死を覚悟したっつーの。この異常者が」

「そんな私好みの目をしている葵ちゃんとぉ、純粋無垢すぎるアンスリウムちゃんが悪いのよぉ? そんな子たちを前にしたら遊んでみたくなるに決まってるじゃなぁい。葵ちゃんが欲しいのは本当だけどねぇ」

「葵は渡しません。私のですから」

「うふふ。それじゃぁ、私に勝ったご褒美にアンスリウムちゃんと葵ちゃんの二人分ってことでぇ、二つだけ質問に答えてあげるわぁ。何がいい? 私のスリーサイズ? 私の好物? 私の住んでる場所? それとも、私以外に西野ちゃんに協力した存在の正体?」

「そんなのはすぐ分かるからいいんだよ。それじゃぁ一つ目の質問だ。お前らDEMシリーズってのは一体何なんだ?」

「あらぁ、随分核心に迫る質問をするのねぇ。私たちはねぇ、神と同等以上の力を持った存在に対抗する為に、神の力を組み込まれた人形なのよぉ」

「じゃぁ機械仕掛けの神ってのは……」

「そのままの意味よぉ。神の力を持った機械の人形。デウス・エキス・マキナっていうのはピッタリだと思うわぁ。私たちを作った博士も案外センスがあったってことねぇ。でも私はそれしか知らないわぁ。私も気になってるのよぉ。神と同等以上の存在って何かしら、とかねぇ」


 つまり、アンや睡蓮が使った力は葵の【スルト】と同じ類の力である可能性が高い。神話魔法と神の力が同じものなら、アンたちDEMシリーズと魔法は何らかの関係があると考えられる。


「まぁ知らねぇんなら別にいいよ、そのうちアンと調べるから。そんじゃ次の質問だ」

「何かしらぁ? あ、彼氏はいないわよぉ。それに乱ちゃんは私のマスターだけどぉ、恋愛関係にはないわねぇ。あの子をマスターにしたのはぁ、飽きなさそうだからだもの。でもあの子は純粋でねぇ。もう少し負が欲しいわぁ」

「乱とお前のことなんざどうでもいい。俺が聞きたいのはリヴァーレの情報だ。知ってること全部教えろ」


 葵は少しだけ語気を荒げて睡蓮に問う。


「……あなたの負の原因の一つはリヴァーレなのねぇ。今のあなたの目、憎しみだとか悲しみだとかの負に塗れていて素敵よぉ? どうしてリヴァーレにこだわるのかしらぁ?」


 葵は首に巻いたマフラーを外しながら言った。


「……リヴァーレを憎んでるのは、奴らが俺の夢を邪魔するからだ。そして俺はリヴァーレのボスの息子。本名はアリウム・スタークス。リヴァーレを根絶やしにするのは、ボスの息子である俺の役目だとは思わないか?」


 マフラーを外した葵の首には一つのタトゥーがあった。それはリヴァーレのマークに似ていたが、リヴァーレのマークと違って葵のタトゥーには三つの歯車が描かれている。


「円の中に三つの歯車……リヴァーレの幹部の証ねぇ」

「そうだ。五年前にボスと幹部は全員俺の手で殺した筈なんだが、残党はまだ多い。そいつらを殺すまで終わらないんだよ」

「……そうだったのねぇ。それじゃぁ教えてあげる。とはいってもぉ、今回はたまたまリヴァーレの力を借りただけなのよぉ。だからリヴァーレの研究所は一ヵ所しか知らないのよねぇ。そこを教えてあげるからぁ、それで許してぇ?」

 

 睡蓮は一つの住所を紙に書いて、マフラーを首に巻き終えた葵に手渡した。


「それだけでも御の字だ、ありがとう。んじゃ週末にでも壊滅させに行くかな」

「私と互角に戦える葵ちゃんみたいな人に狙われるなんて、可愛そうな組織ねぇ。それじゃぁ私は帰るわぁ。今日は久しぶりに楽しかったしぃ、また来たいわぁ」

「もう来んな」

「あらぁ。私はまだ葵ちゃんを諦めてないのよぉ? そんなに負と正が奇妙に合わさった人間なんて滅多にいないからねぇ。このまま諦めるのは惜しいわぁ」

「次に来た時に葵に手を出せば『グングニル』で貫きます。次は外しませんよ、睡蓮」

「アンスリウムちゃんが怖いからぁ、さっさと退散するわねぇ」


 睡蓮はポケットから小さな小瓶を取り出してその中身を少し飲む。すると睡蓮の足元に紫色に光る魔法陣が現れた。


「これより記憶装置上のプログラム【ヌアザ】にアクセスするわぁ。……実行完了。アクセスが完了致したわよぉ。メインプログラム【ルー】を終了してプログラム【ヌアザ】の起動を試みるわねぇ」

「おい、睡蓮! それは一体どういうつもりだ!」

「戦うつもりはないわぁ。このままじゃ帰れないから使うだけよぉ」


 睡蓮の足元にある魔法陣から紫色の光が伸び、睡蓮を包む繭のような形になった。


「魔力接続……クリア。空間接続……クリア。これより、プログラム【ヌアザ】を起動するわねぇ」


 先程とは違う姿になった睡蓮は、早速【ヌアザ】の機能を使う。


「『クラウ・ソラス』発動」


 睡蓮が手にしたのは一振りの長剣。その刀身は光り輝いていて、まるで正義の味方が持つような光の剣と呼べるものだと言える。しかし葵は、その輝きにそぐわない悪意のようなものをその剣から感じ取った。


「あら、葵ちゃんは結構勘がいいのねぇ。もうこの剣の怖さが分かるなんて」


 睡蓮が『クラウ・ソラス』を振るうと、斬った空間が少し歪んだ。それは葵の勘違いではなく本当に歪んでいて、睡蓮はその歪んだ切れ目を強引に開く。すると空間に穴が開いたような状態になった。


「な……! おい睡蓮! 何だそれは……!?」

「『ブリューナク』には劣るけどこれもなかなか優秀な武器でねぇ。空間を切り裂いてワープできたりするのよぉ。まぁ万能じゃないからいくつも制約があるんだけどねぇ。それじゃぁ二人とも、いずれまた会いましょう」


 睡蓮はその次元の切れ目に入り、睡蓮が入り切った後でその切れ目は消滅した。


「はぁ~。何はともあれやっと終わった……」

「お疲れ様です」

「つってもこういうのって事態が解決した後の事後処理の方が面倒なんだよなぁ。壊れた建物の修理費だとか怪我人の治療費だとか責任問題だとか金の問題だとか。色々とあるんだよな」

「ですが葵にはあまり関係ないのではないですか? 今回の騒動において責任を取るべきは、葵ではないでしょう?」

「まぁそうなんだけどな。取り敢えず、やることやってから西野さんのとこ行って色々やんなきゃ」

「しかしここから研究所まではかなり距離がありますね。歩いて行けば辿り着くのは三百分後といったところでしょうか」

「え? お前の足で運んでくれないの?」

「【オーディン】の機能である『グングニル』を使うと私は魔力の九割を消費します。強力な分、燃費が悪いのです。おかげで今の私の魔力は……たった今、空っぽになりました。『タングリスト』の加速は使えません」


 アンが言った瞬間、アンの足元に魔法陣が現れアンを光が包む。そしてその光がはじけた時、アンの姿はいつも通りの姿に戻っていた。


「魔力がなくなった為に【オーディン】は強制終了され、メインプログラムは【ブランク】に戻りました。魔力が回復するまでは【トール】も【オーディン】も使えません」

「マジか……。電車とかはまだ動いてないだろうし、タクシーとか走ってるかなぁ?」


 葵は叶うかどうか分からない希望を口にしながらクモ型の残骸の元へと歩いていき、その残骸に手を当てて会話を始めた。


「お前はどこから来た? ……うん。お前を連れて来たのは睡蓮か? ああ、睡蓮ってのは紫色の髪に赤い目をした長身の女だ。……そっか。じゃぁそいつの名前とか特徴を教えてくれ。……ありがとう。それじゃぁ最後の質問だ。お前をコアにして、俺がお前を人型の自動機械人形に作りなおすことをことを是とするか? ……よし、分かった! んじゃぁお前のコアをちょっと改造することになるが、よろしくな!」

「葵? 何をしているのですか? また機械と会話をしているのですか?」

「ああ。聞きたいことがいくつかあったし、コイツをこのままスクラップにするのは流石に可愛そうだろ? だったら俺が再利用してやるって訳だ」

「私がいるのにですか?」


 表情は変わらないが、少し怒っているようだ。それは今のセリフからのトーンから読み取れる。


「い、いや俺の自動機械人形はあくまでお前だけだよ! クモ型はただ単に人型にするってだけで、俺がマスターになるって決まった訳じゃ……!」

「そうですか。それはよかったです」

(やっぱこいつ嫉妬深い性格してんだな。自覚はねぇみたいだけど)

「ですが葵、クモ型のコアは大きすぎてこのままでは運べません。どうするのですか?」

「……どうするかなぁ」


 葵が頭を抱えて悩んでいると、後ろから車のエンジン音が聞こえて来る。そのエンジン音は葵のよく知る音だった。


「この音は……室長のトラックだ!」


 葵が顔を上げた時には葛西の運転するトラックが電波塔に入り込んでおり、そのまま葵とアンの元へと寄って来る。


「よう、葵。終わったみてーだな、ご苦労さん。迎えに来てやったぜ」

「流石は室長! マジで助かるぜ!」

「ほら乗れよ二人とも。家まで送ってやる」

「あのさ室長、このコア持ち帰っていいか?」

「コア? ってお前の後ろのそれがコアか!? デカ過ぎだろ! 三メートルぐらいあるじゃねーか!!」

「いいじゃん別に。トラックなんだからこれぐらい余裕だろ?」

「まぁいいけど……乗せるのはお前がやれよ? 荷台の作業アームの操縦法は知ってるよな……ってお前、左腕どうした!?」

「ちょっと色々やったら灰になった。まぁこんなこともあろうかと家にも研究室にも作っておいたスペアがいくつかあるから戻ってくっつけるよ」

「お前の義手ってネーベル合金とかストランジェ合金とかミストガルン鋼とか他にも希少金属大量に使った最高級品じゃねーか! そんなポンポン壊れたり作れたりするもんじゃないだろ!」

「まぁ俺にもツテとかあるからさ、案外手に入りやすいんだよ。つってもやっぱ高いからポンポンポンポン義手作れる訳じゃないけど」

「……もういい分かった。深くは聞かん。さっさと後ろにそのコア乗っけろ」

「サンキュ!」


 葵は早速トラックの荷台を開けて作業アームを操作する。アームで丁寧にコアを掴むと、そのままゆっくりと荷台に乗せた。


「終わったぜ室長。そういやどうしてここに来てくれたんだ?」

「ナナちゃんが西野連れて研究所に来てな。そこで事情は聞いた。取り敢えず西野は俺に任せろ。お前が西野の味方をするんなら俺もそれを手伝ってやるから、あんまり心配するな」

「……ありがとう室長」

「おう。ほらさっさと乗れよお前ら。ナナちゃんはもうお前の家に送ったし、お前らも早くと帰って真夜ちゃんと修士さんを安心させてやれ。荷台のコアは俺がお前の研究室まで運んでおいてやるから安心していい」

「マジでありがとうございます」


 そして走ること約三十分。葛西の運転するトラックは葵の住む家に到着した。トラックの中で葵が打ったメールにより葵が帰ってくることを知ったナナ、真夜、修士の三人は、玄関で葵とアンの帰りを待っていた。そしてトラックから降りた葵とアンをナナと真夜が迎える。


「兄さん!!」


 感極まったのか真夜は葵に跳び付き、葵の胸に顔を埋めて呟く。


「心配……したんですよ? 電話には出ないですし、メールも帰って来ませんし。せめて無事だってメールでも送ってくれればよかったのに……!」

「……ゴメンな」

「それにやっと帰って来たと思ったら傷だらけだし……左腕はなくなってるし……」

「ああーこれは、まぁ……」

「でも……生きててよかったです。おかえりなさい、兄さん」

「……ただいま」


 葵は真夜の頭をポンポンと叩き、その背を抱いた。それを横で見ているナナは腕を組んで葵と真夜を笑顔で見ている。


「うんうん。いい話よねぇ。美しい兄弟愛って奴ね!」

「……羨ましいです」

「あらアン。あなたも嫉妬とかするのねー。ただの朴念仁だと思ってたわ」

「失礼ですねナナ。私は優秀な自動機械人形です。欠点などありません」

「……自動機械人形は持ち主に似るって言うけど本当ね。この子も結構バカだわ……」


 道路側では葛西がトラックから降りて修士を話し込んでいる。


「葵とアンちゃんを家まで運んでくれてありがとうね、葛西くん」

「いえ、いいんですよ修士さん。アンタの助けになるんならこれぐらいお安いご用です。それに葵は俺にとっても可愛い息子みたいなもんですしね」

「そうだったね。うんうん。いいことだ」

「それでは俺は研究所に戻りますよ修士さん。色々と仕事が溜まってると思うんで」

「うん。引き留めて悪かったね葛西くん。何かあったら僕に言ってよ。必ず助けるから」

「ありがとうございます修士さん。それではまた。おい、葵! 明日は死ぬ程忙しくなると思えよ! 今日のテロで研究所の仕事はかなり増えたからな!」

「うげぇ……」


 葛西はそのままトラックに乗って塔尾家を出て研究所へ戻って行った。


「それじゃぁ僕たちも家に入ろうか。今日は色々あって疲れただろうし、ゆっくりするといいよ」

「そうですね。ご飯はもう作ってあるので、今日は私もゆっくりできそうです」

「いや、悪いが俺は少し出掛けなきゃならない」

「どこ行くのよアンタ?」

「ちょっとケジメをつけさせに……な」

「あっそ。いってらっしゃーい。あたしはテレビでも見てゴロゴロしてるわ」

「何言ってんだ? お前も来るんだよ」

「え!? 何であたしも!?」

「お前、報酬いらないのか?」

「……ああ、そういうことね。分かったわ」

「私も共に向かいます。葵、連れて行ってください」

「勿論だ。それじゃ父さん、バイク貸してくれ。あと三人だからサイドカーも」

「いいけど……今行かなくちゃならないのかい?」

「ああ」

「それなら兄さん、アンさんもナナさんも。気を付けてくださいね」


 葵、アンとナナの三人は家のガレージにあるバイクにサイドカーを取り付けてから家の前まで押していった。そしてエンジンを掛けた後に葵とアンがバイクに跨り、ナナがサイドカーに乗り込む。


「それじゃ行くぞ。しっかり掴まってろよ、お前ら」


 葵はバイクのクラッチを握り、ギアをニュートラルからローに入れる。


「はい」

「安全運転で頼むわよ」

「了解だ! 飛ばすぜぇぇぇ!!」


 葵は一瞬の間に半クラッチしてローギアからセカンドギアに入れ、数メートル走った後には既にサードギアに入れていた。


「安全運転しろっつってんでしょうがぁぁぁ!!」

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