第20話 北欧の炎と神槍
睡蓮は手に持った『ブリューナク』の矛先をアンに向けた。そこから光の砲弾が何発も撃ち出されアンを襲うが、それらはアンの『ミョルニル』に阻まれる。
「ではこちらもいきましょう。お覚悟を」
アンは両腕と両脚の雷を『ミョルニル』に集め、睡蓮の元へと駆けだした。
それと同時に葵は左腕の炎を集めて弾丸を作り、睡蓮を狙って撃ち出す。しかし、それは睡蓮の『ブリューナク』に阻まれて無効化された。
「クソ! だったら俺も全部出しきってやる!!」
葵は自身の切り札を使う為に、目を閉じて呪文の詠唱を始めた。
「汝は剣。汝は槍。汝は杖。汝は願いによりその形を変え、その身は呪いの名を持つ力なり。黒き炎を持つ巨人の魂よ、今こそ願いの元に顕現せよ! 『レーヴァテイン』!!」
葵の左腕の炎が剣の形を成していく。そして完全に剣の形になった後、炎の剣は葵の左手に収まり、解読不能のたくさんの文字が剣に刻まれていった。
「うふふふ! 葵ちゃぁん? その剣、とってもいいわねぇ? 歪んだ醜い炎で構築されたあなたの剣。そういうのは大好物だわぁ……!!」
葵を見る睡蓮の目は先程と変わらず恍惚としているが、その度合いがさらに悪化したように葵は感じた。
アンは『ミョルニル』で睡蓮の『ブリューナク』と打ち合う。しかし技量の差が顕著に出る打ち合いにおいては、戦闘経験の少ないアンの方が不利だ。それに槍と槌という武器の相性の悪さもある。アンが致命傷を受けていないのは、アンの両腕と両脚が帯電しているせいで睡蓮が不用意に近づけないからだろう。
だが、それも時間の問題。いくら自動機械人形が疲れを知らないとはいえ、エネルギー切れの危険もあるし、このままでは技術的にもジリ貧だ。いずれアンは睡蓮に負ける。
「うふふふ。このまま打ち合うのも楽しいけどぉ、飽きてきたわぁ。だからねぇ……」
睡蓮は『ブリューナク』から雷を出してアンを攻撃する。
「っく……! 私の雷ではない……?」
「雷を操れるのはあなただけじゃないのよぉ、アンスリウムちゃぁん。ここからは一方的になっちゃうけどぉ、仕方ないわよねぇ。葵ちゃんを手に入れる為だものぉ」
睡蓮は『ブリューナク』をアンに向ける。
「バイバイ。アンスリウムちゃん」
『ブリューナク』から放たれたのは光の砲弾とは比べ物にならない程の威力を持つ、光のレーザー砲だった。
アンはそれを『ミョルニル』で防いだ。アンは必死にその場で踏ん張り光のレーザー砲を受け止めるが、攻撃を直に受け止めている『ミョルニル』にはヒビが入っていく。そのヒビは段々と広がっていき、レーザー砲が消えた時にはもうボロボロだった。
「まさか、『ミョルニル』が壊れるなんて……」
「あらあら。アンスリウムちゃんのハンマー、丈夫だったのねぇ。普通の武器だったらアレを受けた瞬間に消えちゃうのよぉ。よかったわねぇ」
睡蓮は余裕を持ったままアンを見るが、アンにはもう余裕などないだろう。壊れた『ミョルニル』を見ても他の武器を出さないということは、それを超える武器がないということに他ならないのだから。
いくら表情に出ていなくとも分かる程に、今のアンは絶望している。
「いいわぁ、とってもいいわよぉ、アンスリウムちゃぁん。その希望が絶たれたって雰囲気。素敵だわぁ。そんなアンスリウムちゃんはぁ、二撃目をどうやって防ぐのかしらぁ? それともこれで壊れちゃうのかしらねぇ?」
睡蓮は躊躇なくアンに向かって二度目のレーザー砲を撃ち出した。勿論、アンにそれを防げる方法などない為、ただ茫然と立ち尽くしている。
しかし、アンを見捨てるという選択肢はない。だから葵はアンの前に立ち塞がり、左腕を前に出した。
「『レーヴァテイン』! 俺の願いにより形を変えろぉ!!」
葵は自分が左手で握ってる『レーヴァテイン』は炎の剣から炎の盾へと変形させ、自分とアンを睡蓮の攻撃から守る。
「ありがとうございます、葵。ですが、私はどうすればいいのでしょう? 勝つ為の手段が見つかりません。いくら計算しても見つからないのです」
「いいやそんなことはねぇ。お前の中には何かがある筈だ。睡蓮を見て分かったんだが、お前はきっとDEMシリーズのなかでも特別なんだと思う。だから、自分を信じろ」
「自分を、信じる……」
「機械である自分にはそんな感情的な行動はできないと思ってんのか? ならそれは間違いだぜ。自動機械人形ってのはただの機械じゃなくて、人間と同じように生きる機械だ。信じることだって可能だよ。その証拠にな、無意識だったのかもしんねぇけど、お前が【トール】を使う時、お前は【トール】のことを思い出したって言ったんだ。思い出すなんて芸当ができるんなら大丈夫だろうよ」
アンは自分の胸に手を当てて、目を閉じた。きっと自分にできること、自分が認識していない力を探しているのだと思う。そして数秒後、アンは口を開いた。
「……葵、あと数秒だけ睡蓮の攻撃を防げますか?」
「何か見つけたんだな? なら、数秒ぐらいは任せろ!」
葵は『レーヴァテイン』の盾で睡蓮のレーザーを防いでいる訳だが、余裕で防げているのではない。『レーヴァテイン』には見えないだけでヒビがいくつも入っているし、魔法を使うのに必要なエネルギーである魔力もほとんど残っていないのだ。
しかし、アンが何かを見つけた以上はマスターである葵が諦める訳にはいかない。
「葵。私にキスをしてください」
「……マスター認証か?」
「はい。ですが、今回はそれだけではありません。……勇気が欲しいんです」
アンの表情はいつも通りの無表情だったが、その声には自身のなさと緊張が込められていた。おそらく、失敗すれば葵も自分の命も失う今の状況が怖いのだろう。ならば葵が取るべき行動など決まっている。
「お前にしては珍しく感情的だな……だが、大いに結構。アン、俺の横に来い」
「……はい」
アンは葵の真横に立ち、葵の顔を両手で押さえるように抱えた。そして、そのまま二人はキスを交わす。
「ん……ぷはっ。たった今、マスターからの認証を確認しました。これより、プログラム『オーディン』の起動プロセスを開始します」
アンが葵から少し離れた後、アンの足元に銀色に光る魔法陣が現れた。
「これより記憶装置上のプログラム『オーディン』にアクセスします。……実行完了。アクセスが完了致しました。メインプログラム【トール】を終了し、プログラム【オーディン】の起動を試みます」
アンが言った途端、【トール】を起動した時と同じように足元の魔法陣から銀色の光が伸びていき、アンを包む繭のような形になる。しかし葵は、【トール】起動時よりも巨大な力がアンに集まっていくのを感じた。
「魔力接続……クリア。空間接続……クリア。これより、プログラム【オーディン】を起動します」
アンが言い終わった瞬間、光の繭が弾けてアンの姿が露わになる。その姿は神々しく、まるで女神のようだった。
アンが手を真横に振った瞬間、一陣の風が吹く。その風は『ブリューナク』のレーザーと『レーヴァテイン』を掻き消し、辺りに静寂を招いたのだった。
「【オーディン】は風の神です。なので、今の私は風を操ることができます」
「……それはすげぇんだけどさ、俺の『レーヴァテイン』まで一緒に消さなくても……」
「すみません葵。【オーディン】の力は強大過ぎるので、今の私では細かな調節やコントロールができないのです」
「……そっか。まぁ助かったからいいけど」
『ブリューナク』の攻撃を掻き消された睡蓮は一瞬だけ唖然としていたが、すぐに我を取り戻した。
「うふふふ。凄いわぁアンスリウムちゃぁん。まさか私の『ブリューナク』の光の奔流まで消しちゃうなんてねぇ。だったらぁ、次はあなたにも消せないような手段を使ってあげるわぁ!!」
睡蓮は『ブリューナク』を地面に突き刺し、両手で柄を握る。そして『ブリューナク』に自分の力を注ぎこみ始めた。
「葵。私たちも最強の技で応えましょう」
「つっても俺の最強技は『レーヴァテイン』だし、あと一回しか使えない。さっきからずっと【スルト】使ってるせいでもう魔力がないんでな」
「一度使えるのならば問題ありません。『グングニル』発動」
アンの前に一本の神々しく輝く槍が現れる。
「この槍に葵の『レーヴァテイン』を纏わせてください。後は私がこれを投擲します」
「分かった」
葵とアンの前にいる睡蓮は力を注ぎ切ったのか、『ブリューナク』を地面から抜いて両手で持った。
「これで最後よぉ! 死なないでね葵ちゃん! 行きなさい! 『ブリューナク』!!」
睡蓮がその名を読んだ瞬間、『ブリューナク』はまるで意志を持ったかのように宙に浮き、そのまま葵とアンへと突撃した。
「こちらも応戦しましょう。行ってください、『グングニル』!」
「俺の願いにより形を変えて、『グングニル』に炎を灯せ! 『レーヴァテイン』!」
アンの『グングニル』も『ブリューナク』と同じように宙に浮く。そして葵の『レーヴァテイン』が纏わりつくように『グングニル』と混ざり合い、『グングニル』は燃え盛る赤き槍となって『ブリューナク』へと向かっていった。
葵たちと睡蓮の間で二本の槍はぶつかり合い、火花を散らす。どちらの槍も神話に出て来る神の武器をなぞらえた槍だ。その威力は計り知れない。
しかし、葵とアンの槍は二人の神の力を籠めた槍。一人の神の力しか籠めるられていない槍に負ける道理はない。
それ故に『ブリューナク』は音を立てて壊れ、『グングニル』は睡蓮の顔の横を通ってアンの元に帰って来た。
「私たちの勝ちです、睡蓮。それと、葵は私のマスターなので諦めてください」
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