第19話 ケルトの光神

 乱を連れて外へ飛び出た何者かを追う為に葵も外に出る。そこには土煙が舞っており、乱の姿も、乱を連れていった存在の姿も確認できない。


「葵!」


 電波塔の外に出た葵が乱の姿を確認する前に、知っている声が少し離れた場所から聞こえてきた。その声の主であるアンは、ものすごいスピードで葵の元に駆け寄って来る。


「アン! 無事だったか、よかった。……つーか速いな」

「はい。任務を完了しました。それで葵、今の炎とあなたの腕は一体なんなのですか? 説明を求めます」

「お前の速さといい、お前の腕と脚の雷といい、それは俺のセリフでもあると思うけど」


 葵の左腕は燃え盛る【スルト】の腕に変わっている訳だが、アンの場合は両腕と両脚が帯電しているのだ。葵がこう言うのも無理はないだろう。


「まぁとにかくそれの説明は後だ。今は倒すべき敵がいる。アン、あの土煙を中心に索敵を頼む」

「了解しました。……この近辺の生命体は葵を入れて二人。自動機械人形は私を入れて二体です」

「つーことは乱を連れてったのは自動機械人形か……」


 葵の炎を避けると同時に乱を運べるということは、高性能な自動機械人形な筈だ。葵とアンはいまだ舞う土煙を凝視して敵の姿を捕らえようとする。そうして晴れた土煙の中にいたのは乱と、薄い紫色の髪と紅い目を持つ美しい女性だった。


「おい、アン。お前、ここにいる人間は俺を含めて二人って言ったよな?」

「はい。その通りです」

「なら……どっちが自動機械人形だ? 乱か? 隣の女か?」


 目の前にいる乱と紫髪の女性はどちらも人間にしか見えない。だからこそ、ここにいる人間が二人だけというアンの分析は外れているのではないかと思った。しかし、アンや以前に出会ったローズを考えれば、どちらか一方が自動機械人形でもおかしくはない。


「紫髪の女性の方です」

「あいつか……」


 アンが言った後、紫髪の女性は驚いたような表情をつくった。


「あらぁ、久しぶりじゃないアンスリウムちゃぁん。私のこと覚えてるぅ?」


 約五メートル離れた距離から紫髪の女性がアンに話し掛けた。


「いいえ。私はあなたを知りません」

「そうなのぉ? お姉さん悲しいわぁ。あ、でもぉ、アンスリウムちゃんが私を知らないのは当然だったわぁ。私はあなたを知ってるけどねぇ」


 葵は一歩前に出て問う。


「アンタ、一体何者だ。名を名乗れ。それに何故アンタはアンを知っている?」

「うふふふ。そうねぇ自己紹介しておきましょうかぁ。私は睡蓮。それともぉ、正式名称の方がいいかしらぁ?」

「正式名称だと……?」

「私はねぇ? DEM301タイプケルティック《天邪鬼》の睡蓮って言うのぉ。よろしくねぇ。アンスリウムちゃんを知ってるのはぁ、博士のラボで見たことがあるからよぉ」

「DEM……!」


 葵はその名称に驚愕した。DEMとはアンのシリーズ名だ。ということはつまり、睡蓮はアンと同等の機能を持っている可能性が高いということになる。

 そして目の前の紫髪の女性は睡蓮と名乗った。睡蓮とは西野が言っていた協力者の名であり、リヴァーレの自動機械人形を用意した存在。つまり彼女は重要参考人だ。


「睡蓮つったな? お前には聞きたいことが山程ある。一緒に来て貰うぞ」

「デートの誘いにしては言葉が乱暴ねぇ。女に慣れてないのかしらぁ?」

「葵。私はデートに誘われたことが一度もありません。それなのに初対面の睡蓮はデートに誘うのですか? 私では不服ですか?」

「そういうことじゃねぇから安心しろ! ……ともかく! 同行しねぇんなら力ずくで来て貰うしかねぇな!」

「まったく、葵くんはひどいよ。僕と遊んでくれるって言ったのに、その僕を差し置いて睡蓮と遊ぶって言うんだから。妬いちゃうなぁ」

「気持ち悪ぃこと言うな! 睡蓮だけじゃねぇ、お前も殺人未遂やら何やらで一緒に来いやぁ!」

「もう無茶苦茶ですね、葵」

「これが落ち着いていられるか!! 魔法使える奴はいるし、【スルト】も使うハメになるし、アンとローズ以外の超がつく程の高性能自動機械人形も出て来るし……!」

「では葵、睡蓮とその隣にいるあの少年はどちらも敵ですか?」

「死なない程度に遠慮なくやれ!」

「了解しました。それでは、コモイディアを始めましょう」


 言うとアンはスカートの裾を軽く持ち上げて優雅に一礼し、一気に睡蓮との距離を縮める。そして何の躊躇もなく雷を纏ったパンチを睡蓮に繰り出した。

 対する睡蓮は流石に驚いたのか表情は硬いが、しっかりと強化されたアンの速さに対応して拳を避けた。アンはそのまま追撃しようとしたようだが、乱が銃を撃とうとしていることに気付いた瞬間すぐにその場から離れる。

 その一瞬の間に睡蓮は乱の首筋を軽く噛み、血を飲んだようだ。そのすぐ後に、睡蓮の足元に紫色に光る魔法陣が現れた。


「これより記憶装置上のプログラム【ルー】にアクセスするわぁ。……実行完了。アクセスが完了致したわぁ。メインプログラム【ブランク】を終了して、プログラム【ルー】の起動を試みるわねぇ」


 睡蓮が言った途端、アンの時と同じように足元の魔法陣から紫色の光が伸びていき、睡蓮を包む繭のような形になる。


「アレはまさかアンと同じ……! アン! そいつの発動を止めろ!!」

「了解しました」


 葵は【スルト】の炎で弾丸を作り、左手からそれを発射する。アンも急いで走り睡蓮との距離を縮めて睡蓮にパンチを繰り出したが、二人の攻撃は突如現れた障壁に阻まれる。


「甘いよ、葵くん! 僕の存在を忘れて貰っては困るな!」


 その障壁は乱が出した魔法だったようである。勿論、単純な威力では【スルト】やアンの【トール】の方が上である為に、その障壁は今にも壊れそうだ。しかし乱にとってはそれでよかったのだろう。何故なら、乱の目的は睡蓮がプログラムを使う為の時間稼ぎだったのだろうから。


「魔力接続……クリア。空間接続……クリア。これより、プログラム【ルー】を起動するわねぇ」


 睡蓮が言い終わった瞬間、光の繭が弾けて睡蓮の姿が露わになる。アンの時と同じように、先程までとは違う姿をした睡蓮が立っていた。


「クソ! 間に合わなかった……!!」


 睡蓮はスリットの入った白いドレスのような服を着ており、黒いマントを羽織っていた。アンとは違い鎧は装備していないようだが、葵とアンにとって厄介な敵になったのは間違いない。


「うふふふ。この姿になるのは久しぶりねぇ。私を楽しませてねぇ、アンスリウムちゃぁん。『フラガラッハ』、発動」


 睡蓮の前に一振りの長剣――『フラガラッハ』が現れ、睡蓮がそれを握る。

 睡蓮が『フラガラッハ』を手に取った瞬間に乱の出した障壁は割れ、アンが睡蓮に高速で近付いてパンチを繰り出す。しかしそれは『フラガラッハ』の腹で防御され、睡蓮はそのまま『フラガラッハ』をアンに向かって振り下ろした。

 アンはそれを避け、睡蓮と距離を取る。


「アンスリウムちゃん、今のを防御せずに避けるっていうのはなかなかいい判断よぉ。勘は働くみたいねぇ」

「機械に勘など存在しません。あるのは分析と予測だけです」

「まぁまぁ、頭の固い子ねぇ。私たちは普通の自動機械人形ではないのよぉ?」

「存じています」

「うふふ。まだまだ稼働したばかりなのかしらぁ? 経験も情報も全然足りてないみたいねぇ。すっごくいいわぁ。そんな無垢な子が絶望に触れたらどうなるのかしらねぇ……! ああ、たまらないわぁ!!」


 睡蓮はくねくねと身をよじらせている。その表情から判断するに、睡蓮は恍惚たる快感のようなもの感じているようだった。


「アン! そんな奴の妄言は聞くな! 耳が腐る!」


 葵はアンに駆け寄り、アンの前に出て睡蓮を睨む。


「あら、失礼ねぇ。でもぉ安心していいわよぉ。今のアンスリウムちゃんも魅力的だけどぉ、あなたの方が好みだわぁ」

「……俺?」

「なんだい、睡蓮。僕というマスターがいるのに浮気かい?」


 乱も睡蓮に合流した。


「そんなことはしないわぁ。でもぉ、葵ちゃんだっけぇ? あなたの目は素敵だわぁ。腐っているし狂っているし壊れているし絶望しているし悲しんでいるし嫉妬しているし羨望しているし無力であり無為であることを自覚しているし歪んでいるし拒絶しているし泣いているし怒っているし穢れているし汚れているし負けているし抵抗しているし、あなたの目は叫んでいるわぁ……!!」

「ち、ちょっと、睡蓮? どうしたんだい?」


 突然、葵を見る睡蓮が自分の両頬を抑えてうっとりとした表情で言葉を並べる。あまりいい意味ではない言葉を。


「……物が壊れるのが好き。人が壊れていくのも好き。誰かが死ぬのが好き。絶望が好き。狂うのが好き。狂わせるのが好き。歪んだものが好き。全ては私を楽しませる為にあるのよぉ……!!」


 睡蓮は構わずに言葉を並べ続ける。あまりの異常さに葵だけでなく、アンまでもが行動を止めて睡蓮を注視している。


「葵ちゃん、あなたは素敵だわぁ。とてもいい。素敵。……欲しい。欲しい欲しい欲しい。……もう我慢できない。私はあなたが欲しいわぁ、葵ちゃぁん!! 私のものになりなさいな!!」

「……は?」


 睡蓮が何を言っているのか、睡蓮の発した全ての言葉の意味が葵には理解できず、ただ茫然としてしまう。だが、睡蓮の隣にいる乱は頭を横に振って何やら呆れていた。


「葵くん、どうやら君と僕との遊びは延期しなきゃならないみたいだ。睡蓮は君のことをえらく気に入ったみたいだからね。こうなってしまったら僕に睡蓮は止められないよ」


 乱はそのまま葵に背を向けてこの場から去ろうとする。


「ちょっと待て乱! それはどういうことだ!?」

「そのままの意味さ。あ、ちなみに今の睡蓮はさっきまでと違って君を手に入れる為に本気で戦うだろうから、気を付けてね。本気の睡蓮は君の……アンスリウムちゃんだっけ? 多分その子よりも強いよ」

「うふふふふふ。じゃぁ『フラガラッハ』は解除。そして『ブリューナク』を発動。マスター、あなたは邪魔だから先に帰ってなさいねぇ。私は葵ちゃんを手に入れてから帰るからぁ!!」


 睡蓮が持っていた『フラガラッハ』は消え、その代わりとして、睡蓮の目の前に矛先が五つある槍が現れた。


「!! アン、あの槍はヤバい!! 何だか知らねぇがヤバい感じがする!!」

「では私も、出し惜しみせずに戦いましょう。『ミョルニル』発動」


 アンの目の前にアンの身長と同じぐらいの槌が現れ、アンがそれを両手で握る。


「それじゃぁ、僕は帰るよ葵くん。ここにいたら僕まで睡蓮に攻撃されちゃうからね」

「お前、逃げんのか!」

「うん。今回は逃げるよ。また遊ぼうね」

「おい乱!」


 葵が乱を追いかけようとした瞬間、睡蓮が乱を庇うように立ち塞がる。


「空を介して天に隠し影を以て者の移転を浸透す。『トランスポーター』」


 乱が言い終わると乱の足元に魔法陣が現れ、一瞬のうちに乱の姿が消える。どうやら瞬間移動か、術者をどこかに転送する魔法を使ったようだ。


「それじゃぁ、ここからは私が相手をするわぁ。覚悟してねぇ? まずはアンスリウムちゃんから壊しちゃおうかしらぁ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る