第18話 神話魔法
「お前、誰だ?」
葵は敵意と警戒心をむき出しにして少年に問う。当然だろう。表口は今、アンとクモ型が戦っているせいで戦場と化している。少年はそんな場所から現れたのだから。
加えて、電波塔は一般人が入って来るような場所ではない。入ってくるとすればここの職員か、今回の事態の犯人、もしくはその協力者のみ。
「僕は九閉乱(くしめらん)。乱って呼んでよ」
「で、その乱くんはこんなところに何の用だ? まさかこんなとこに散歩しに来たとは言わねぇだろうな?」
「あはは。違うよ違う、全然違う。僕はね、楽しそうだからここに来たんだよ? ん~でもそれも違うかな。君に会いに来たのかも!」
乱は笑顔で答えた。その答えに納得できなかった葵はさらに警戒を強める。
「何言ってんのか分かんねぇから日本語で話せ。それに俺はお前に用はない。じゃあな」
葵はそのまま乱の横を通って外に出ようと歩き始める。そして葵が乱とすれ違う瞬間、乱は何時の間にか手に持っていたナイフで葵を斬りつけた。
「チッ!」
葵は乱が何かしてくるだろうと思って警戒していた為、回避行動をとることができた。しかし、乱のナイフを振るう速さは葵の予想よりも断然速い。葵はそのままバックステップで乱との距離を取り、先程と同じ位置に戻る。
「俺に用があるって言ったな……? それは俺を殺したいってことか?」
「少し違うなぁ。僕は君と遊びたいんだよ。あ、そうそう、僕は名乗ったんだから君の名前も教えてよ!」
「……塔野、葵」
「葵くんかぁ! いい名前だね!」
「……そいつはどうも」
葵は乱が何を考えているのかがイマイチ理解できなかった。それもその筈。いきなり殺そうと斬りかかって来る存在の思考回路など、常人に理解できる筈がないだろう。
「まぁ、戦いたいんなら相手になってやるよ。ただし……死ぬ覚悟はしておけよ?」
「あはは! 葵くんが僕を殺せるような人間なら嬉しいよ! だって……人は死にそうな時に生きてるって感じる生き物なんだから!!」
葵は腰のホルスターから銃とナイフを抜き、構える。同時に乱も同じように空いている手をポケットに入れ、銃を取り出した。
(まさか使う武器の種類まで同じなんてな……。さっきのナイフ捌きを見る限り、あの乱って奴は少なくとも弱くはない。慎重にいかねぇとヤバいかもな)
葵はすぐさまエントランスホールにあるカウンターデスクの裏に飛び込むように隠れ、そのまま威嚇として無造作に銃を撃つ。
乱の悲鳴が聞こえないということは当たっていないということだが、それは別に構わない。今の葵に必要なのは勝利する為の戦略を考えることだからだ。
しかしここには大した遮蔽物はなく、使える道具もない。しかも葵は罠を作れるだけの道具も材料を持っていないし、待っていれば助けが来る訳でもないだろう。
ならばどうするべきか。その答えは簡単。自力で突破すればいい。
だが葵は並の自動機械人形に対して強い反面、対人戦においてはいくつか弱点がある。
一つ目は、葵には対人戦の経験がほとんどないということ。葵がこれまでの人生で戦った人間は片手で数えられる程しかない。つまり、人間との経験が足りないのだ。
そして二つ目の弱点は葵の考え方や思想にある。葵はこれまで人間よりも機械と話し、行動することが非常に多かった為、人間の心理や考え方がよく分からないのだ。つまり、実力にあまり差がない場合は動きの読み合いへと発展する対人戦において、人間をよく理解できていない葵は不利だろう。
「う~ん。葵くんはかくれんぼが好きなのかな? 僕はあんまり好きじゃないんだけどな、かくれんぼ。すぐに飽きちゃうから」
(だったらそのまま帰っちまえばいいのに。俺にお前と戦うメリットはないんだからよ)
エントランスにいる乱は、当然ながら葵の居場所を知っているだろう。何故なら、ここには他に隠れられるような場所がないからだ。
それを知っていてなお、葵は隠れ続ける。今はどうすれば勝てるのかを必死に考ることが最優先事項だと思っているからだ。
「あはは。それじゃぁ折角だし、少しだけズルしちゃおうかな~。殺し合おうって言ったのに出てきてくれない葵くんが悪いんだよ?」
(ズル? あいつ一体何する気だ?)
葵は乱の言葉に若干の不安を持ちつつも、その場から離れずに様子見に徹した。
「それに、葵くんなら多分大丈夫だよね。……簡単には死なないでよ?」
乱はそのまま右手を葵のいるカウンターに向けて、何かを呟き始める。
「盛りし炎在りて汝が敵を視して上がれ。『バーンピラー』」
その瞬間、葵の足元に直径二メートル程の赤い魔法陣が現れた。
「なっ!?」
葵は身の危険を感じたので、すぐさまその場から離れる。葵が離れてすぐにその魔法陣から炎の柱が伸び出て、そのまま天井を突き抜けていった。
「やっと出て来てくれたね葵くん! 待ってたんだよ」
「お前、今のは……!」
「驚いたかい? これはね……魔法だよ。まぁ驚くのも無理はないよね。こんなの普通じゃないし、科学じゃ証明できないんだから」
魔法――それは科学の存在に埋もれたもう一つの強大な力。魔法回路と呼ばれるものに、大多数の人間には見ることも触れることもできない魔粒子と呼ばれる粒子を注ぎ込むことで発動する科学の亜種。証明できない科学だ。
これは歴史に記されておらず、現代においても使い手は非常に少ないと言われている。その証拠に葵も自分の血筋以外の魔法使いを見たことはない。
魔法とは、危険なものだ。物によっては証拠を残さずに犯罪行為をすることもできるし、兵器として使えば魔法使い一人で戦車数台分の働きをすることができる。それは軍事バランスを崩すし、悪用されれば社会は混沌に落ちる。それを防ぐため、魔法使いを極力増やさないために、魔法使いは魔法を秘匿するように努めているし、使う場合は絶対に人に見られないようにしなくてはならない。
(それをこんなところで使うとはな……。俺が魔法を知らないやつだったらどうする気だったんだあの野郎……いや、あの感じなら殺して口封じするに違いないか)
葵は乱の行動に注視している。魔法による攻撃が来てしまえば簡単に避けられない以上、ある程度は乱の次の攻撃を先読みせねばならないからだ。
今のように炎の柱が下から出る攻撃ならば、足元に気を付けていれば避けられる。だが回避に成功した瞬間、乱に銃で撃たれてしまえば話にならないだろう。
それに、どう頑張っても避けられないような広範囲魔法を使われたらその時点で終わりだ。葵の勝利の可能性はゼロになる。
(なら、出し惜しみしてる場合じゃねぇか)
葵は自分の中にあるスイッチのようなものを切り替える。
「……あれ? 葵くん、君の左目……赤くなってないかい……?」
乱は葵の目が赤くなっていると言ったが、もしそうなら成功だ。久方ぶりに使う力だったので少し心配していたが、無事に発動したようで何よりである。
葵は左腕に巻いているリボンと左手の手袋を外す。葵がリボンを握ってある言葉を呟いた瞬間、リボンはブレスレットのような形になったので、葵はそれを右腕にはめた。そして手袋をポケットに入れた後に葵は深呼吸してから口を開き、言葉を述べる。
「我召喚せしは灼熱の界。我振るいしは破滅の炎。我護りしは炎の門。炎に生まれ、炎に散る。焼き尽くすは世界なり。我が身を以てここに黒き炎の巨人を顕現する。【スルト】」
葵が長い詠唱を言い終えた瞬間、葵の左腕の義手はどこからともなく現れたた激しく燃える炎に焼かれる。
「ぐ、ぐおおおおおおお……!!」
葵は自分の義手を神経パーツで繋げているので、左腕が焼かれる痛みはそのまま葵に伝わるが、葵はそのまま痛みを耐える。そして葵の義手は数秒で灰となって消えた。本来燃えない筈の材料で構築されている葵の義手が燃えたのは、現れた炎がただの炎ではないからだ。
その炎はそのまま燃え続け、腕の形になって葵の左腕に定着した。乱は信じられないことが起きたかのように目をぱちくりさせている。
「あ、葵くん? そ、それは一体……?」
「……お前が使ったのと同じ、魔法だよ。ただし、お前のちんけな魔法と違って、これは神話魔法。神々の力を身に宿す超が付くほどの上級魔法だ。腕一本犠牲にしなきゃなんねぇのが欠点だが」
神話魔法は乱が使った普通の魔法とは比べ物にならない程に強力な力だ。しかし、神話魔法は発動に条件があるものが多い。
葵の【スルト】の発動に必要なのは、葵の左腕。正しくは、葵が自分の左腕と認識している物質だ。それを媒介として、【スルト】が発動する。
考えてみればアンのあの力も神話魔法だったのかもしれないが、代償は払っていなかったように思える。何か、葵とは別の方法で神話魔法を使ったのだろうか。
「あ、あはは。あはははは! あはははははは!! いいね! 凄くいい! 君に目を付けたのはやっぱり正しい判断だったみたいだよ!! まさか僕以外に魔法を使える人間がいたなんてさぁ!!」
「俺も驚いたが、俺からすればお前の存在は迷惑千万だ。魔法をむやみやたらに、私利私欲に使う奴なんざ、【スルト】の炎で焼き尽くしてやる!!」
葵は魔法のことを、よっぽどのことがない限り隠し通すべき力だと考えている。この力は危険すぎるからだ。
魔法を使える人間は、複数の銃火器と薬物を隠し持っているのと同じぐらい、もしくはそれ以上に危険な存在であると言えよう。だからこそ、こんなところで使うべきではないのだ。神話魔法を使うなどもっての外である。
しかし、魔法を使う相手に勝つ為にはこちらも魔法を使わなければ勝てない。だからこそ葵は【スルト】を、魔法を使ったのだ。
葵はそのまま左腕の炎を操って乱に向けて放出した。対する乱は少し早口で呪文を詠唱し、魔法で対抗する。
「静かなる雫を降らせて荒ぶりを鎮めよ! 『レインコンセント』!」
乱の詠唱が終わった瞬間、葵の上に大きな魔法陣が出現し、そこから雨の如く無数の水滴が落ちて来る。ただ一つ雨と違うのは、その水滴はコンクリートを貫通するような速さで振って来るという点だろう。
「しゃらくせぇ!!」
葵は左腕を上に突き上げた。葵は左腕から出る炎を傘のように広げて円錐の形に変えて、水滴から身を守る。【スルト】の炎は尋常ではない温度で燃えているので、【スルト】の炎に触れた水滴は一瞬のうちに全て蒸発した。
「ホントにすごいや! まさか『レインコンセント』まで簡単に破るなんて!!」
少しでも当たれば致命傷になる以上、『レインコンセント』が終わるまで葵は動けない。本当ならば【スルト】の傘を広げたまま乱を攻撃できればよかったのだが、葵はまだ【スルト】を完全にコントロール出来ている訳ではない。だからこそあまり無茶は出来ないのだ。
葵は『レインコンセント』が消えたのを確認すると、左腕を前に出して乱を狙う。
「ここで死ねやあああああ!!」
葵はそのまま【スルト】の炎をレーザービームのように放出する。しかしその炎が乱に当たりそうな瞬間、突然上から降って来た何かが乱を外へと運び出していった。
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