殺してやる

良前 収

ボクとアイツ

 殺してやる殺してやる殺してやる。ボクは全身全霊で誓った。それはもう神かけてこの命に代えてもってぐらい。

 ともかく、ボクはあらん限りの念を込めて誓った。アイツをなにがなんでも絶対殺してやるって。


 話の発端は一週間前にさかのぼる。その日も腹が立つぐらい素晴らしく晴れた日だった。ボクはいつものごとく、学校へ続く坂を上っていた。顔がむっつり不機嫌そうなのは生まれつきだ、いちいち気にするな。こちらに視線を投げてくる周りの生徒たちに、ガンを付けながら黙々と坂を上る。

 来るなよ、今日は来るなよ。ボクは力いっぱい頭の中で唱えながら足を前に運んでいた。が、その日もアイツは来やがった。

「おはよう!」

 明るく爽やか、としか形容のしようのない大きな声。ボクは反射的に拳を振り上げかけたがすんでにグッとこらえる。

「今日もいい天気だね!幹原クン!」

 ブチッ。何かが切れる音を聞きながら、ボクはボクにできる限り獰猛に笑った。

「……ああ、いーい天気だねぇ、桂木……」

「ねっ! 気持ちいいよね!」

 はたしてアイツは、ボクの笑顔の意味にまったく気付かずにうれしそうに笑った。またしても拳を振り上げかける。

「今日のプールの授業も、気持ちよさそうだね! 楽しみだなあ」

「……ああ、ボクは今日、サボるから」

 苦虫を百匹ぐらい噛みつぶしながら、笑顔でボクは言い切る。

「えっ、今日も?」

 今日もって、こいつ、ボクがサボった回数を数えてでもいるのか。

「……ああ、今朝から熱っぽくてさー」

 笑顔を保ったまま、ボクは続けて言い切る。任せろ、再検温にそなえて季節外れの使い捨てカイロは装備済みだ。

「えっと、それじゃあ……大丈夫なの? 保健室とか、行く……?」

 オロオロとしだすアイツ。

「ああ、しんどくなってきたら行くよ」

 ほっとけ、と手をヒラヒラ振る。そこへちょうど予鈴の鐘がキンコーンと聞こえてきた。いつものパターンだ。そしてアイツはマジメちゃんゆえに全速力で走り出し、ボクはそのままのんびりと重役出勤ならぬ重役登校をする。そのはずだったんだが。

「じゃ、じゃあ……ゆっくり行こう……?」

 その日に限って、アイツはボクに合わせたゆっくりペースのまま歩いた。ボクははなはだ調子が狂う。

「おいおら、予鈴なったぞ? 遅刻すんぞ?」

「いいよ。ゆっくり行こう?」

 アイツはいつになくキッパリ言って、ボクたちはそのままゆっくりと坂を上った。カンコーンと本鈴が鳴り響く。

 校門の前に待ちかまえた教師が「またお前か幹原ぁ!」と大口開いて言いかけた。だがその日はすぐ驚いた顔で口を閉じ、別のことを言い直す。

「どうした桂木?」

 さすがマジメちゃん。遅刻するイコール何かあったと認識されるのか。ボクは妙に感心する。

「幹原クンが体調が悪いと言うので、一緒に来ました」

 アイツはやはりしごくキッパリと言って、そのまま教師の前を通り抜けた。ボクもつられて教師の前を通過し、教師もつられてボクを通過させる。マジメちゃん、おそるべし。

 つつがなく靴箱を経由し、ボクは左、アイツは右に分かれるところで、アイツはやはり心配そうに言った。

「本当に、つらくなったら、保健室に行ってね……?」

 ああとボクはちょっとだけ呆気にとられた状態でうなずき、ボクらは左右に分かれた。


 と、いうのがその日から一週間続いた。一週間、ボクとアイツは並んで重役出勤を続け、さすがにそろそろ校門前の教師の目もつり上がってきた。

 そして一週間目だった昨日である。

 つつがなく四限の体育の授業もサボり終え、ダラダラとした昼休みを楽しんでいたところに、いきなりアイツがボクのいる教室までやってきた。

「幹原クン!」

 大声で呼ばわるな、恥ずかしい。反射的にボクは怒鳴りかけたが、グッとこらえる。

「……ああ、なんだよ……」

 けだるく応えると、アイツはズカズカと教室の中へ踏み込んできた。

「キミ、もうずっと調子が悪いのが続いてるよ! 今日こそ保健室に行って診てもらおう!」

 アイツはそう宣言、まさに宣言だ、するとむんずとボクの腕を掴んでズカズカと歩き出した。不覚にも仰天したボクはそのまま引きずられていく。

 なんだなんだ、なんなんだ。

 ボクは抵抗もできないまま廊下を移動、アイツはガラガラと勢いよく保健室のドアを開けた。しかし、ないことに中はカラだった。保険教諭がいない。

 アイツは焦ったようにキョロキョロしたが、いないものはいない。ボクはやっと一安心しまたダラッとした。

「……ああ、お留守のよーだねぇ。こりゃ仕方がない」

 クルッとボクは回れ右しようとした。だがまたむんずとアイツに腕をつかまれた。

「先生、すぐに戻るだろうし! ベッドに横になるだけでも!」

 そのままボクは強引に保健室へ連れ込まれ、ベッドに押し倒された。おいちょっと待て。

 ベッドに押し倒された、って、ちょっと待て。

 ボク、軽くいやかなりパニック。

 そしてアイツはそんなボクを放って、ボクの靴を脱がせたり、ボクの靴をベッドの横に揃えたり、ボクに布団をかけたり。おいちょっと待て。

 ポンポン、とアイツは布団の上からボクの肩を叩いた。

「寝不足なのかもしれないから。眠ったら、体調も戻るかもしれない」

 体が硬直したままのボクを放って、アイツはベッド脇の椅子に腰掛けた。

「ね、おやすみ」

 アイツはにっこり笑った。待て、ちょっと待て、待て待て待てーっ!

「なにが『おやすみ』だよっ!!」

 ガバッとベッドの上に起きあがるボク。キョトンとしているアイツを前に、ボクはまくし立てた。

「てめ……こんな所に連れ込んでだなぁ! ベッドに押し……押し……何やってんだよてめえ! 何考えてやがる! ボクになんか恨みでもあんのか! 恨みつらみがあんなら直接言いやがれ! ああ?!」

 胸ぐらを掴まんばかりにアイツに向かって喚く。ボクの顔は真っ赤なんだろうと、自分で分かった。

「う……恨みなんて……」

 アイツは驚いたように絶句していたが、やがてやっぱり顔を真っ赤にして怒鳴った。

「……恨みならあるよ!」

 今度はボクが驚いて絶句した。いや、思い当たることはあったりなかったり。しかしアイツはボクの予想とは全然違うことを言い出した。

「ボクはずっと、キミと話がしたくて! 毎日勇気を振り絞って話しかけてたのに! キミはいつもいつも……適当にしか応えてくれなくて! ボクはずっと悩んで、でもそんなところキミに見せたくなくて! 毎日一生懸命……それなのにキミは!」

アイツは一つ大きく息を吸って、これ以上ないくらいの大声で怒鳴った。

「ボクはキミのことが、好きなんだ!!」

 時空が凍った。

 ……そして、凍っている空間に、コンコンとノックの音が響いた。開いたままのドアのところに、美人で有名な我が校の保険教諭が立っていた。

「あー、君たち……失礼ながら、外に丸聞こえだったよー……」

 困ったように、けれど必死に笑いをこらえる表情で、保険教諭は立っていた。

 ガタンッ! と激しい音を立ててアイツは立ち上がり、脱兎のようにその場から逃げていってしまった。ベッドの上のボクを取り残して。

 ボクのほうは完全に、思考と身体がフリーズし。そのまま、午後の授業を全部すべてボイコットした……。

 それから二十四時間のうちに、「当校きっての不良少女・幹原ユキに、当校きっての秀才少年・桂木タカシが告白した」という、デマでもなんでもない情報は、全校内を駆け巡っていた……。


 殺してやる殺してやる殺してやる。ボクは全身全霊で誓いの言葉を念じながら、今日、放課後の体育倉庫裏で待っている。

 襟元を直し、スカートの裾を直し、ケータイの自分撮りで前髪を直し。

 ジリジリとしながら、アイツを待っている。

 ケータイを見るふりをしながら校舎の方角をチラチラ見ていたら、チラリとアイツの姿が見えた。緊張した面もちで、覚悟を決めた足取りで、こちらに歩いてくる。ボクはパチンとケータイを閉じた。

 ボクとアイツは、正面から向かい合った。

 さあ、決闘の開始だ。


〈了〉

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殺してやる 良前 収 @rasaki

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