第34話

「綺歩に聞いていたけれど、納得いきませんよね。それなら、きてくれたお客さんに決めて貰いましょう?


 アタシ達のバンドも最初は三十分しか演奏しないから、その後でアンケートを取って一位だったバンドが最後の三十分演奏するなんてどうかしら」


 いやな予感と言うものは当たるもので、予想が当たった事よりも稜子の台詞がユメが真似た台詞と一字一句同じだった事に驚きがもっていかれた。


「稜子嬢。いきなりそんな事言って、ハウス側にも準備とか必要になるんじゃないのか?」


「問題ないわ。それなら事前に連絡しているから」


 綺歩がしまったという顔をしていたが、こればっかりは仕方ないのではないだろうか。


 報告しないわけにはいかなかっただろうし、稜子は綺歩から話を聞いた瞬間からこうしようと決めていたに違いない。


「高校生が粋がった事言ってくれるんだな。特別扱いされているからって、調子に乗るなよ?」


「では、異論はないと言う事ですね」


 ついでに相手は男。バンドで見ると、男一人、女二人のスリーピースバンド。


 噛みついてきているのは赤いメッシュの髪、襟付きのシャツにネクタイを締めている如何にもバンドしていますと言った装いの男の人。


 女の人二人のうち似たような恰好をした目立つ顔立ちの人は、男の人と同意見なのかうんうんと頷きながらやり取りを聞いていて、もう一人おっとりしていて穏やかそうな人は申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。


 どうやらこのバンドが一番手らしくすぐにリハーサルに行ってしまった。


 見送った後すぐに「それじゃあ、アタシは今の決定をオーナーに言いに行くから」と稜子が何処かに行ってしまう。


「なんだか大変な事になりましたね」


「つつみん怖いんですか?」


「だってどう見ても年上の人みたいだし……」


「大丈夫ですよ。つつみんには桜が指一本触れさせませんから」


「桜ちゃん、それ何か違くない?」


 微笑む鼓ちゃん見つつ、桜ちゃんは上手く緊張を解いたなと感心していると、ふと桜ちゃんがこちらを見た。


「先輩もなんだか冷や冷やした顔していましたね」


「わたし? わたしは単純にこれが長引いたらこの雰囲気の中で歌わないといけないのかって心配になっていただけだよ。


 この格好で遊馬に戻るわけにはいかないから」


「そんな事でしたか。面白くないですね」


「桜ちゃんから見たらわたしと遊馬の存在自体面白いんじゃないの?」


「それは否定しませんね」


 向けられた悪戯っぽい笑顔を見ていると、否定しないんだという思いとやっぱりそうかと言う思いが交錯する。


 ユメも同じことを考えているのか、言葉を無くして代わりに顔をしかめた。


「対して御崎先輩は楽しそうですね」


「いやいや、こんな展開楽しくないわけないだろう、さくらん」


「絵にかいたような展開ですもんね」


 どうしてこの二人はこんなにも意見が合うのだろうか。しかし、桜ちゃんのお陰でだいぶ緊張していた雰囲気は霧散した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「いやあ……相変わらずだね。何処でそんな逸材集めてきたの?」


「逸材って誰のことです? オーナー」


 稜子の知り合いであるオーナー――四十過ぎのおじさんで、白髪交じりの髪と口の周りにたくわえた髭。人懐っこそうな笑顔が目を引く人の良さそうな人。本当の名前は稜子も知らないらしいが、曰くそう呼ばれたいのだそうだ――の言葉を稜子が我が物顔で受ける。


 三人増えたし、綺歩は楽器が変わっている。以前来た時と比べると別のバンドと言えるほどに替わってしまったせいか、オーナーが困ったように視線を彷徨わせた。


「誰って言われてもね。新しく入ったギターの子は見た目とのアンバランスさに目を奪われるだけじゃなくて高校生としてはかなりの実力を持っているし、ベースの子も安定している。


 綺歩君だってベースだけじゃなくてキーボードもここまでやれるとは思っていなかったし、それに」


 彷徨っていたオーナーの視線がユメを捕らえる。


「これだけの演奏にあって全く気後れしない歌を歌うボーカルの子なんて良くそろったなとしか言えないよ。


 それも全員可愛いと来たもんだから、おじさんとしては一誠君が羨ましい限りだね」


「オレのハーレムですからね」


「それだけはないから安心して頂戴」


「ともかく、今回の企画が楽しみでならないよ。実は君たちに喧嘩を売ったバンド、チクバって言うんだが、彼らの大学の中でも随一のバンドらしくてね。


 ちょっと心配していたんだが杞憂だったらしい」


「あっちの方が人気になれば、あっちにつくんでしょ、オーナーは」


「否定できないな」


 オーナーがはっはっはと声をあげて笑う。


 このライブハウスの名誉と言うか、他のスタッフの方の名誉のために断っておくと、オーナー以外は皆まともな人で高校生である俺達にも親切にしてくれる。


 笑い終わったオーナーが腕に付けていた時計を見た。


「開演までまだまだ時間があるから、軽くおやつでも食べてくるといい」


「それじゃあ、オーナー本番で」


 オーナーが去るのを見送ってから、それぞれ楽器を片付ける。


 鼓ちゃんが安心したように息を吐いて座り込んだので、特に片付けの必要のないユメが声をかけた。


「鼓ちゃん、お疲れ様」


「先輩もお疲れ様です。緊張しました」


「でも、あのオーナーのライブハウスだと思えば少しマシだと思わない?」


「ユメ先輩それちょっと酷くないですか?」


「笑っている鼓ちゃんも同罪じゃないかな?」


 ユメと鼓ちゃんが顔を見合わせて笑いあう。


 傍から見ると恐らく微笑ましい空間なのだろうが、ユメと鼓ちゃんじゃなかったら残念な空間になっていたかもしれないと思うと、二人のポテンシャルに恐ろしさを感じる。


 いや感じていないがユメが表に出ていて特に出来る事もないのだから、これくらい考えないと手持無沙汰が過ぎるのだ。


「さて、言葉に甘えて適当に何か買いに行くわよ」


 先導を切った稜子に引き連れられて、楽器を置こうと控室に入った時「こんにちは」と声をかけられて全員が足を止める。


 居たのは喧嘩を売ってきた男の人と同じバンドの女の人が二人。


「あら、貴女達は……」


「自己紹介していなかったよね。私はチクバでドラムをやっている、あや


 それでこっちがベースの真希まき


「アタシはギターの稜子。もう一人のギターが鼓でベースが桜。キーボードが綺歩でボーカルがユメ。ついでにドラムが御崎。


 それでアタシ達に何か用なんですか?」


「オレだけ苗字な上についでか~」


 フレンドリーに話しかけてくれた相手に対して、好戦的な姿勢を見せる稜子。


 一誠が漏らした声は完全にスルーされたので、綺歩が溜息をついているのは稜子のせいだろう。


 話しかけてくれた絢さんが穏やかそうな人で真希さんが目立つ顔立ちをしている人。


「えっと、リハーサル前の事を謝ろうと思って、巧真たくまが失礼な事言ってごめんなさい。


 ほら、真希も謝って」


「いや、アタシは謝りに来たわけじゃないからね」


「もう、真希まで何言っているの」


「別に彼女達が粋がっているなんて思っていないし、調子に乗っているとも思ってはいないんだけれど、勝負自体は望むところだからね。


 だからこそ言っておきたいことがあるのよ」


「言っておきたいことですか?」


 この真希と言う人、どうも稜子と相性が良さそうに見えて仕方がない。


 ただ、今はその相性の良さがあだになっている。


 何せ二人揃ってとても楽しそうな顔をしているのだから。


「一応アタシ達のバンドって学校では人気があるから、結構知り合いが来るんだよ」


「だから、アタシ達が不利とでも言いたいんですか?」


「まあね。先に言っておかないとフェアじゃないでしょ? 辞めるなら今のうちだよ?」


「ごめんなさい。きっと貴女達のファンを取ってしまいますね」


「ふふふ……はっはっはっは……」


 何をこらえきれなくなったのか真希さんが急に笑いだし、こちらも驚いてしまう。


 鼓ちゃんが怯えている。対して同じ一年生であるはずの桜ちゃんは活き活きとしている。


「まさかそこまで言われるなんてね。これでも、アタシ達と同世代だとネットで度々名前を見るアイドルと、同じく作曲家兼演奏家の子くらいにしか負けないと思っているんだけど……」


「へえ、その二人知っているんですね」


 急に桜ちゃんが話に入っていく。その顔はどこか感心しているような印象を受ける。


 稜子以外の子に話しかけられたからか、真希さんは呆気にとられていたが、すぐに反応した。


「音楽やっていてネットも多少やっている人間には有名な話でしょ?」


「そうなんですけど。でも、もしもそう思っているのでしたらきっと桜達には勝てませんよ?」


「それは面白いね。じゃあ、本番楽しみにしているよ」


「あ、ちょっと、真希」


 絢さんの静止を聞かずに真希さんが満足そうな顔をして何処かに行ってしまった。


 残された絢さんが申し訳ないと言った表情で俺達と向かい合う。


「本当にごめんなさい。調子に乗っているのは巧真の方だし、真希も音楽の事になるとどうしても熱くなっちゃって……」


「こちらこそ稜子があんなことを言ったから……」


「でも、君達今日の為に準備とかしてきたんでしょ?」


「ちょっと聞き捨てなりませんね。桜達が負けると思っていますか?」


「桜ちゃん?」


 両バンドの良心の絢さんと綺歩が互いにお互いの非を認めあっている時に、桜ちゃんが割って入ったので綺歩が叱るような口調で桜ちゃんを諌める。


 絢さんは困ったように眉の端を下げて、言い辛そうに口を開いた。


「さっきのリハーサルを聞かせて貰ったんだけど、たぶん私達と同じくらいだと思う。


 だから、君たちが絶対負けるとは言わないけれど私達に勝てるって保証もない……かな」


「大丈夫です。桜達さっきのリハーサル本当に確認程度しかしていませんから」


「それって……」


「言葉通りです。桜はもとより先輩達もこの人数でここを使うのは初めてなので、本番で全力を出すための確認しかしていません」


 桜ちゃんが言っている事は嘘でも何でもなく本当の事で、リハーサルがはじまる前に稜子がそう指示を出した。


 ただしくは「本番でオーナーを驚かすために慣らす程度でやっていきましょう」みたいな事を言っていたのだが、常に全力と言うか楽しんで歌を歌っているユメがその指示に戸惑いとても歌い難そうにしていた。


 リハーサルで半ば手を抜いていたなんてわざわざ言う必要はなかったように思う。下手すればもうひと悶着起こりそうではあるし。


 幸いかどうかわからないが、絢さんは桜ちゃんの言葉が理解できないのか二、三度瞬きをしていた。


 それから何かを納得したように頷くと口を開く。


「その言葉が本当なら、ひとつお願いしていい?」


「お願いは桜よりも部長にするべきだと思いますよ」


「稜子さん……だったよね。君たちのバンドで私達のバンドを負かせてくれないかな?」


「初めからそのつもりですけど、どうしてわざわざそんな事を?」


「さっき真希も言っていたと思うんだけど、私達のバンド、チクバは大学で有名になっちゃってね。


 巧真が調子に乗るようになって、あまり練習とかもしなくなったの。


 だから、本気で演奏して君たちに負けたら巧真もちゃんと練習してくれるようになるかもしれないかなと思って」


「だったら絢さんもアタシ達の事なんか気にせずに自分の演奏をしてください」


「それもそうね……ありがとう。じゃあ、本番楽しみにしているね」


 手を振って絢さんも何処かに行ってしまった。


「いやあ、なんとも楽しい展開になってきたね。さすがは稜子嬢ってところ」


「桜も俄然やる気が出てきました」


「これでもう負けられなくなったわね」


 悪ノリが好きな――稜子は純粋に音楽関係だからここまで熱くなっているのだろうけれど――三人のやる気が目に見えて増す。


 対して綺歩と鼓ちゃん、ユメは既に疲れたような顔をしていた。


「もう、稜子は相変わらずなんだから」


「でも、今回は桜ちゃんも色々言っていましたから、志手原先輩だけのせいってわけでも……」


「今さらって感じもするけどね。こうなったらわたし達も開き直った方が楽しくないかな?」


「ユメちゃんも実は楽しんでいない?」


「わたしは多くの人に遊馬の歌を聞いてもらえれば、それだけで楽しいから」


『と、言いつつ内心この展開は楽しいかなと思っているわけだ』


 ユメの本音を代弁してみても、聞こえるのは当のユメだけ。しかも、華麗にスルーされてしまった。


 それからは、何事もなかったかのように当初の目的を果たしに、歩き始めた稜子に皆ついて行った。

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