第31話
稜子をベッドに寝かせてからすでに三時間と言ったところ。
熱は引いてきたらしく、真っ赤だった顔が元の白さを取り戻してきた。
三時間、ユメと藍と優希の三人かわるがわる看病をして、していない時のほとんどユメは適当に歌を歌っていた。
「ユメさん、志手原さんが目覚ましましたよ」
「本当?」
藍の言葉にユメが立ち上る。つられて立ち上がった優希にユメが声をかけた。
「最初に稜子と二人で話したいから二人は待っていてくれない?」
「わかったよ、お姉ちゃん。その代わりちゃんと紹介してね。
兄ちゃんとお姉ちゃんの部活の部長なんでしょ?」
「話が終わったらね」
「約束ですよ?」
二人の妹にそう頼まれて、ユメがまんざらでもない顔で「うん、約束する」と返してから妹達の部屋に向かった。
一応のマナーとしてノックをしてから部屋に入る。ボーっとした様子で稜子が上半身を起こしてベッドの上に座っていた。
「気分はどう?」
「悪くはないわね。熱もだいぶ引いたみたいだし」
「でも、まだ少し顔赤いから寝ていた方がいいよ」
「ここはユメの部屋……じゃないわよね」
「ここは妹達の部屋。遊馬のベッドじゃ嫌だったでしょ?」
「まあね」
キョロキョロとあたりを見回していた稜子が真っ直ぐにユメを見る。
連れて来るまでの強情さの無くなった稜子に、ユメはふふっと笑い稜子のいるベッドに寄りかかって足を伸ばした。
「ねえ稜子、ちょっとお話してもいいかな?」
「構わないわよ」
稜子の声が頭の上の方から聞こえてくる。
「どうしてこんなになるまで頑張ったの?」
「直球で聞いてくるのね」
「駆け引きとかあんまり得意じゃなくてね。
お陰で桜ちゃんの玩具になっちゃうでしょ? わたしも遊馬も」
「確かにね。アタシとしては頑張ったなんて思っていないんだけれど……ユメはアタシの家がどんな家か知っているかしら?」
「ううん」
「誰にも言ってはいないからね。綺歩も知らないんじゃないかしら」
「そんな事を話してくれるの?」
「ここまでして貰って何も話さないってわけにはいかないじゃない?」
相変わらず頭の上の方から聞こえてくるので表情は読めないが、たぶん稜子は笑っているのだろう。
どんな笑みなのかはさっぱりわからないけれど。
「ユメはアタシの家、どんな家だと思う?」
「綺歩の家みたいに、家族ぐるみで音楽が好き……みたいな感じじゃないの?」
「そう思うわよね」
「ってことはやっぱり違うんだね」
「アタシの家はね、むしろ音楽なんてやるくらいだったら勉強しろみたいなそんな家なのよ」
「全く想像できないね」
赤点すれすれでも平気な顔をしている稜子がそんな家庭に育ったなんてそれこそまるで考えられない。
いつの間にかユメの真後ろに来ていた稜子がユメの髪を梳くように撫でる。
「アタシがギターを始めたのは小学校の頃。中学年くらいだったかしら。
デパートに買い物に行ったときに丁度ミニライブをやっていてね。
両親は買い物に夢中だったからアタシはずっとそのライブを見ていたのよ。
とても幼稚な感想だとは思うんだけれど「よく分からないけれどすごいな」って思ったの。アタシもこんな風になりたいって。
ギターを買えるようになるまで数年必死でお金をためて、ようやくギターを手に入れたのよ」
ここまでの話で、ほんの少しだけかもしれないけれど、何故稜子がここまで音楽にかけているのかが分かるような気がした。
「そこまでして手に入れたものだからここまで頑張れるの?」
「どうかしらね。この話にはまだ続きがあるから。
ギターを買ってからは本当にギター一筋でやってきたわ。勉強よりもギター、遊ぶよりもギター。
何が気に食わなかったのか、男子がからかってくるようになってね」
「だから稜子は男子が嫌いなんだね」
「それが半分ってところね。今になってだけれど、そっちに関しては子供だったからって頭では理解できるのよ。
でも、問題は家」
「家?」
「もともと勉強をしなさいって言う家だって言ったでしょ?
特にお父さんの方がその気は強いんだけど、アタシがギターに現を抜かしているのが許せなかったのね。
ある日仕事が終わって帰ってきてもギターを弾き続けていたアタシを叱りつけて、初めて買ったギターをアタシの目の前で壊したのよ。
流石にやりすぎだってお母さんは庇ってくれたし、お父さんも買い直してはくれたんだけど結局謝られることはなかった。
学校の事もあって男っていうのが嫌になったのよね」
「そっか。でも、わたしは半分男みたいなもので、わたしに話したってことは遊馬に話したってことにもなるんだけど良かったの?」
「そうなのよね。それがアタシにもどうなのか分からないのよ。
ユメは何処からどう見ても女の子で、三原は男。理解しているようで本当はあまり理解できていないのかもしれないわね」
ユメの髪が稜子に遊ばれている。その手つきは割れ物でも扱うようで妙にくすぐったい。
「たとえばここでいきなり三原に替わられたら、たぶんアタシの頭は三原の存在を認めないと思うんだけど……ユメまだ歌わなくて大丈夫?」
「こんな時に歌っちゃってもいいの?」
「三原に替わられるよりは何百倍もまし……いいえ、比べる方がおかしいわね」
相変わらずな稜子の言葉にユメは苦笑いを浮かべて歌い出す。
ユメの声は大きくなくてもとても響くので小声に近い今の歌でさえ稜子に聞こえるのだろう。
頭の上で稜子がリズムを取っているのが分かる。
「そんなわけで、気まずくなったのかアタシが音楽をやることに関しては目を瞑るようになったんだけど、アタシとしては両親にちゃんと認めて貰いたいのよ。
その為にやることを頑張ったとはいいたくないし、体調なんて崩していたら今度はそれを理由にギターを自粛するように言ってくるようになるかもしれない」
「だから帰りたくなかったんだね」
「ユメや妹さんたちにはだいぶ迷惑を掛けちゃったわよね」
柄にもなく落ち込んだ様子の稜子をまっすぐに見るため、ユメはその手から逃れる。
「そう思うんなら、もう少し早くから迷惑を掛けてほしかったかな。
たぶん綺歩だって、もしかしたら一誠だってそう思っていると思うよ」
「でも、やっぱりアタシが巻き込むんだもの、アタシが準備して当然でしょ?」
「わたし達は部として動いているんだから、部長である稜子がそれぞれに何かを頼んで何か問題でもあるの?」
「それは……」
「まあ、稜子の性格だと難しいのはわかっているよ。
誰に頼んでいいのか分からないかもしれないし、本当に頑張っていないと思っているのかもしれない。
それでも、最悪頼んでもいい仲間がいる事は覚えておいてもいいんじゃないかな?
わたしや遊馬は使えないかもしれないけれど、綺歩や一誠は音楽に限らずかなり優秀なんだから。桜ちゃんだっていろいろ出来そうな気がするし」
稜子が何かを言いかけて口を閉じて首を振る。それから今一度言葉を紡いだ。
「そうね。そうかも知れないわね。
ありがとう、少し心が軽くなった気がするわ」
「力になれたんなら良かった。
遊馬言いたいことはこれくらいでよかったよね?」
『聞きたかった事はもう自分から話してくれたしな』
「ユメ一つ頼みたいことがあるんだけど、いいかしら」
「わたしにできる事なら」
「ユメなら三原の事について尋ねても答えてくれるわよね」
「……それはわたしには出来ない……かな」
答え難そうなユメの声が虚空に消える。
おおよそ肯定するだろうと思っていたのだろう、稜子が驚いた様子で恐る恐る続けた。
「ユメと三原は同じなのよね?」
「今は同じ“だった”なんだよ。今は違うの。あくまでもわたしと遊馬の中ではそうしようって決めたの。
だから、わたしから見て遊馬をどう思うかは答えられるけれど、わたしが遊馬の代わりに何かを答えるのはルール違反。今みたいに重大な話なら特にね」
「わかったわ。じゃあ、三原に戻るまで待たせて貰って質問はそれからって事でいいかしら?」
「遊馬それでいい?」
『ああ、わかった』
はたして稜子が聞きたいこととは何なのだろうか。今更俺に聞きたいこと何てあるとは思えないのだが。
そう思いながら、ユメの言葉に頷いた。
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