第13話
用意が済んだので綺歩と一緒に駅へと向かう。
「綺歩、実はもう少し時間かかるつもりで見ていたでしょ?」
「え、うん。どうして分かったの?」
「綺歩の事だから、時間がある時はこれでもかって余裕もたせるからね」
綺歩とユメがこんな会話をしながら歩く。
実際にはユメの着替えは十分ほど、その後少しのんびりはしたけれど、このまま行くと駅に着くのは集合時間の二十分前になるだろう。
「ユメちゃんとはこの間あったばかりな気がするのに、やっぱり不思議な感じだね」
「わたしは十数年間一緒にいたつもりだけどね。
中学の三年間は疎遠になっちゃったけど。
ねえ、綺歩」
「どうしたの?」
青空の下、街路樹の影に入ってやや黒っぽく見える綺歩が首をかしげる。
綺歩同じく俺も首を傾げる。何せ、ユメが綺歩に何を聞きたいかなんて俺には分からないから。
俺は別に今聞かないと困る事もないので、ユメが考えている事も予想が出来ない。
「どうして、わたしを……と言うか、遊馬をバンドに誘ったの?」
「あ、えっと……丁度ボーカルを探していたから……かな」
何故か綺歩の目が泳いだ。
俺としても、ユメが聞く前から気になっていた話ではある。
何故今聞いたのかと言えば、恐らく雑談のネタの一つだったのだろうけれど。
ともかく、ボーカルを探していたのは知っているけれど、何故中学で疎遠になっていた俺の所に来たのかと言うのは気にはなる。
「でも……」
「先輩こっちです」
「他にも歌が上手い人っていたんじゃない?」とユメは言おうとしていたのだろうが、待ち合わせ場所についたらしく桜ちゃんの声に遮られてしまった。
別に構わないだろう。たぶん「遊君しか歌っていた人知らなかったから」と返ってくるだろうし。
それにしても桜ちゃん、休みで人が多い駅前広場で、さらに待ち合わせによく使われる人のようなモニュメントの周辺だと言うのに、よくあんな風に手を振れるよなと思わず感心してしまう。
近づいて行くと桜ちゃんの隣には鼓ちゃんがいて、鼓ちゃんもこちらに気がつき「先輩おはようございます」と頭を下げる。
「桜ちゃん、鼓ちゃんおはよう。早かったんだね」
「言いだしておいて先輩方を待たせるわけにはいけませんからね。
特に綺歩先輩がいますから三十分は前に来ないと」
「あたしは拉致られてきました……後十分は眠れると思ったのに」
「桜ちゃんって変なところ律儀だよね」
「何言っているんですかユメ先輩。桜はいつでも律儀ですよ」
桜ちゃんが自信満々に胸を張り、ユメの事をじっと見つめた。
「そう言えばちゃんとユメ先輩で来てくれたんですね」
「服がなくて大変だったんだよ?」
「その辺は綺歩先輩がいますから」
「え、私?」
急に名前が出てきたからか綺歩が驚いた声を出した。
本当に桜ちゃんにはかなわないなと思いつつ、今はユメでよかったなと安心する。
「ともかく、今日はずっとわたしでいるから何か歌っていても気にしないでね」
「遊馬先輩に戻られたら困りますからね。女装した遊馬先輩なんて見たくないですから、むしろずっと歌って貰った方が嬉しいです」
「はいはい」
相変わらずの容赦のなさにユメもなれたように受け流し、全員が揃うまで一人歌い続けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺達が到着して十分ほど経って稜子が、十五分ほどして一誠がやってきた。
一誠が来るまでの間ユメが適当に歌っていたので俺に戻ることはない。しかしこんなに長時間ユメでいるのは最初のカラオケ以来になるのか。
「どうして一誠先輩五分前何かに来たんですか」
最後にやってきた一誠に桜ちゃんが三白眼で見ながら文句を言う。
「いや、確かに最後に来たかもしれないけど、まだ約束の時間にはなっていないだろ、ただみん」
「違いますよ。せっかくユメ先輩の歌を聞いていたのに、皆揃ったから行かないといけないじゃないですか」
「ん? 忠海様はそんなにユメユメの歌が気に行ったのかい?」
「桜ちゃん、わたしの歌気にいってくれたの?」
「い、いえ。気に入ったとかではなくボーカルの人が歌っているのをベースを弾いていない状態で聞くのが新鮮だっただけです」
「そっか。残念」
ユメの歌が気にいってもらえたとなれば、ある意味直接的に俺の歌も……となるので俺も残念な気分になる。
一向に今日の話にならずに、しびれを切らしたのか稜子が間に割って入って来た。
「所で桜。今日はどこに行くとか決めているの?」
「はい勿論です」
「わたし、あんまり高い所は正直つらいんだけど大丈夫?」
「女の子がお洒落に手を抜くのは……と言いたいところですが今日は桜が払いますから大丈夫です」
「さすがに払って貰うわけには……」
桜ちゃんの唐突な申し出にユメが焦りながら手を振る。
ユメが焦ったと言う事は勿論俺も焦った。さすがに年下の女の子におごってもらうと言うのは気が引ける。
「一つ訊きますけど、先輩は今日いくら持ってきましたか?」
「えっと、確か一万くらいだったかな」
「意外と持っていますね。でも、それじゃあ足りないと思いますよ」
「そんなにお金かかるものなの?」
一万円だって無理やりかき集めてきたようなものなのに。
俺が心の中でユメと一緒に驚いていると、ユメの視線が綺歩へと移った。
「普段はそれくらいあれば十分だと思うけど、ユメちゃんの場合一通りそろえないといけないとなると少し心もとないかも」
なるほどと、ユメが頷いた後で今度は稜子を見る。
「アタシは服にお金をかけるくらいだったら、ギターの整備にお金をかけるから。それだけあれば十分って感じよね」
「ユメ先輩を学校で歌わせようと思うとそう言うわけにはいかないんですよ」
「桜、それってどういうことなの?」
「稜子先輩のことですからユメ先輩のお披露目だって音楽室でミニライブをしますよね。
流石にユメ先輩が学ランと言うのはまずいと思いませんか?」
「確かにね」
「だから最終目標としては制服を買いに行こうかなと思っているんです」
「でも、流石にわたし制服を買えるだけのお金は持っていないよ?」
「だから桜が払うんですよ、先輩。ただ桜が先輩と一緒にバンドやりたいってだけなので、プレゼントだと思ってくれてもいいです」
「でも制服って高いでしょ? 男子の制服でも数万円はしたはずだけど……」
「まあ、桜お金持ちですから」
「そうはいっても……」とユメがやはり渋ると、桜ちゃんは何かを思いついたように声を出す。
「じゃあ、私服に関しては桜が選んだ服を先輩が自分で買ってください。
それとも、これだけの人が来ていて何もせずに帰りますか?」
勝ち誇った桜ちゃんを前に、ユメがこくんと頷いた。
今まで話を聞いていた一誠が、桜ちゃんの所にするするとやってきて桜ちゃんにお札を握らせた。
「ただみんや、これでユメユメの着せ替え人形会に参加させてくれないかい」
「先輩も分かっていますね。もちろん……ですが、手加減はしてあげてくださいね」
「それならアタシも参加しようかしら。参加費はこれくらい?」
「わ、私もユメちゃんの服を選びたいかも……」
何故か桜ちゃんの元にお金が集まる。最後鼓ちゃんも迷いつつ桜ちゃんの手にお金を乗せたところで、ユメの着せ替え人形会が決定した。
「それでは、最初に下着でも買いに行きましょうか」
「した……」
「ユメ先輩なんで驚くんですか? 流石に綺歩先輩から下着までは借りていないでしょうし、スカート穿くのに男ものの下着は止めた方がいいと思うんですが」
「スカートは履かせる前提なんだね」
「あくまで選択肢の一つですよ。それともスカートは嫌ですか?」
「嫌じゃないけど……」
ユメとは違い、俺はあまりうれしくはない。この辺りが男と女の感覚の違いなのだろうか。
「そんなわけで、移動しましょうか。あまりここにいても仕方がないですから」
歩き出す桜ちゃんの後を、ユメは諦めたように追いかけて行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
移動中、ユメは特に会話することもなく歌を歌っていた。
こうしないと俺に戻ってしまうので仕方がないのだが、ユメで居続けるのも大変なのだなと考えてしまう。
ただ、歌っているユメはとても楽しそうなので気にすることはないのかもしれない。
もちろん俺も歌っているような感覚ではあるが、あくまで歌っているのはユメであるので意識を他の所に持っていくことができる。
無意識で歌いながら、キョロキョロ周りを見ている感覚に近いかもしれない。
あちこちに意識を向けてみたところ、桜ちゃんと綺歩の会話が耳に入ってきた。
「桜ちゃんの家ってお金持ちだったんだね」
「違いますよ。桜が高校生にしてはお金持ちってだけで家がお金持ちってわけじゃないです」
「そうなの?」
「桜が自分で稼いだんですけど、どうやったかは内緒です」
「へ、変な事はしちゃ駄目だよ?」
「先輩、変な事ってどんなことですか?」
「え、あ、あの……え……なこととか……」
「さて、着きましたよ」
桜ちゃんが足を止めたので、皆足を止める。
たどりついたのは所謂ランジェリーショップ。
大きな道に面しているはずなのに、入口から見える位置にマネキンを置くのは何とかならないのかな等と思っていると、桜ちゃんが躊躇いもなく入っていく。
ユメもつられて中に入るのだけれど、あっちを見てもこっちを見ても色とりどりの下着しかない。
ユメも慣れていないと言った様子で、入った直後から綺歩の陰に隠れるように歩いている。
流石に一誠は来れないだろうなと考えていたら、入口の方で声がして、視線がそちらに動いた。
「あの子たちの付き添いで来たんですけど、中に入ることってできますか?」
「付き添いの方ですか? 試着室の方に行かなければ大丈夫ですよ。試着室は奥の方になっていますので」
堂々と店員と繰り広げている一誠にはもう脱帽するしかないのだが、正直イケメンだから許されたんじゃないのかと思ってしまう。
この場にいる権利を得た一誠は特にこの異様な空間に物怖じすることなく、こちらにやってきた。
「一誠、よく大丈夫だね。わたしでも少し居辛いのに」
「そりゃ、一人では入れないけどさ、ユメユメ。穿いていない下着に魅力は感じるかい?」
「言いたいことはわかるけどね。でも、いざこれを自分が使うとなると妙な感じがするんだよ。
可愛いとは思うんだけど」
ユメは改めて自分の変化に戸惑っていると言った様子。すぐに桜ちゃんに呼ばれたので、足を向ける。
「桜ちゃんどうしたの?」
「とりあえず、採寸してきてもらっていいですか? サイズが分からないと選びようもないので」
もっともらしい言葉が返ってきた直後に「まあ計らなくてもなんとなくわかるほど小さいですけどね」と毒舌が飛んで来る。
ユメが「うー……」と言葉を失っている間に桜ちゃんが店員を呼んだ。
「それではこちらにどうぞ」
店員に促され奥の試着室に入ったところで、妙にそわそわした気分になる。
「それでは失礼いたします」
「は、はい……」
ユメが緊張した面持ちで返事をすると、するっとメジャーが身体に巻きついた。
「次は上を巻くっていただいて、お胸をしたから支えてもらってもよろしいでしょうか」
ユメの緊張が俺にも伝わってくる。
俺に見られないためか、ユメはすべての動作をほぼ目を閉じて行うのだが、手で支えている柔らかさはどうしても隠すことはできない。
目を閉じているからこそ逆にもどかしさが募っていくようにも思う。
「もうよろしいですよ」
メジャーから解放され、ユメが手をさげ捲くった裾を元に戻す。
「アンダー六十二のAカップですね」
店員からの無慈悲な宣告にユメは心なしか項垂れるが、どこか安心したように小さく深呼吸をした。
店員が戻って行ったのを見計らってユメが声を出す。
「やっぱり相手が遊馬でも少し恥ずかしいかな」
『少しなんだな。こっちはだいぶ緊張したんだが』
「遊馬は女の子の身体見たことないもんね。
現状わたしもそうだし……今後そうはいかなくなるんだろうけど……」
『それは……なんだ、諦めてもらうしかないな』
「ちょっと役得何て思っているでしょ?」
『そんなわけ……』
「わかっているよ。遊馬は綺歩のブラだけでいっぱいいっぱいだったもんね」
そこまで分かられているって言うのは悔しいような気がしてならないが、そもそもユメに隠し事なんてできはしないのか。
「ユーメ先輩。何一人でブツブツ話しているんですか?」
試着室のカーテンが急に開けられ、桜ちゃんが顔をのぞかせる。
ユメはきゃっと小さく悲鳴を上げ「なんだ、桜ちゃんか」と続けた。
「一人でじゃなくて遊馬と話していたんだけどね」
「傍から見たら一人ですよ。それでいくつだったんですか?」
「えっと……六十二の……カップ」
「Aカップですね分かりました」
「発音してなかったのに……」
「一度触らせて貰った身ですから、流石に分かりますよ」
桜ちゃんは楽しそうに言ってから「それじゃあ、選んで来るのでユメ先輩は適当に歌っていてください」とカーテンを閉めてしまった。
「桜ちゃんが活き活きしているね」
『付き合いは長くないとはいえ、今まで見たこと無いほど活き活きしているな。
そろそろ歌った方がいいんじゃないか?』
「そうだね。遊馬は何か歌ってほしい曲ってある?」
『そうだな……』
少し悩んだ末に昔好きだった曲を頼むと、ユメは静かに歌い始めた。
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