第6話

 次の日、俺は身体が痛くて目が覚めた。


 ベッドを背もたれにして眠っていたのだから当然と言えば当然か。


 頭の中で『身体痛い……』と呟く声が聞こえているので、残念ながら昨日の事は夢ではなかったらしい。夢なら良かったのに。


 しかし、一晩寝てだいぶ気持ちの整理がついたらしい。


 結局、歌うことは好きだが毎日カラオケに行っていたわけではないし、何も歌うことだけが楽しみではなかったはずだ。


 未だもやもやする所はあるが、そんな事も言っていられまい。


 何せ、さっきちらりと見えた時計が七時半。遅くはないが早くもない。


 これ以上うだうだしていると遅刻してしまいかねないな、と思っていると「遊馬、綺歩ちゃん来たわよ」と母さんの声が聞こえてきた。


「はーい」とひとまず返事をしたところで、『どうして、綺歩が?』と頭の中で声が聞こえる。


 丁度同じことを考えていたので驚きはしたが「まあ、行ったら分かるだろう」とユメに返してから急いで学校に行く準備をする。


 リビングに行くと「うちに来るなんて久しぶりね」と母さんが綺歩と話していて、俺に気がついたのか「さっさとごはん食べちゃいなさい」と俺を急かす。


 その態度に文句の一つでも言いたいのだけれど、綺歩を待たせるのも悪い気がするので挨拶もそこそこに朝食をかきこんだ。


 そのままの勢いで「行ってきます」と綺歩と家を出る時には藍だけではなく、珍しく優希も見送りに来ていて綺歩と妹達との仲の良さを何となく再確認できた。




「それで、どうして今日はうちまで来たんだ?」


「昨日の事でちょっとね」


 学校へ向かう道で綺歩とそんな話をしながら歩く。


 ふと綺歩を見るといつもと変わらない様子で、きっちりと制服を着ている。大急ぎで着替えてきた俺とは大違いと言うところか。


 襟と袖、スカートが淡い紫色のセーラー服はしわ一つなく、胸にある青いリボンも曲がっているということもない。


 そうやって見ていると自然とリボンのある胸のあたりに視線が行ってしまい、慌てて視線をそらせた。


「遊君どうしたの?」


「あ、ああ……何でもない。それより話ってなんだ?」


 頭の中でユメが『やっぱり、綺歩のは大きいなぁ……』なんて呟くのはやめてほしい。


 綺歩がよく分からないと言う顔をしているが、「あ、えっとね」と話しだす。


「昨日あの後、稜子に連絡して今日の練習遅れるって言っておいたから、一緒に科学部に行こうかなって」


「綺歩も来るのか?」


「さすがに遊君一人で科学部に行かせるのはちょっと怖いし、事情を知っているのは私だけだから」


「まあ、確かに一人であそこに入るのは勇気がいるな……」


 白い煙や謎の光を出すあの教室のドアを想像しながら、思わず身震いする。


 確かに綺歩が一緒に来てくれるのは心強い。


「そう言えば、ユメちゃんについて何かわかった?」


「んー……どうやら裏声を使えば入れ替わるらしいな」


「裏声?」


 綺歩が不思議そうな声を出すのを聞いて、思わず言葉に詰まる。


 カラオケに関しては綺歩にも言っていないし、昔何で綺歩の家に行くことを止めたのかも言っていない。


『多少は女の子らしい声になるからじゃないか?』


 迷っている時にユメの声が聞こえてきて、そのまま口に出す。


「ああ、そっか」


 納得したように綺歩がそう言うのを聞いてほっと胸を撫で下ろした。


「ありがとな」


 俺だけに聞こえるように言うと、頭の中で『いえいえ』と言う声が返ってくる。


「戻る時は十五分待てばいいんだよね?」


「昨日ユメが言っていたな」


 綺歩に言われて、ユメから俺に戻る方法をちゃんと聞いていなかったことを思い出したが、確かに綺歩と居る時にそんな事をユメが言っていたような気がする。


 でも、カラオケの時は結局何曲もユメのままで歌っていたと考えると単純に十五分と言うわけではないのかもしれない。


「その辺どうなってんだ?」


『十五分って言うのは歌わないでいる時間かな。わたしが表に出ている時に十五分間歌わないと遊馬に戻る。そう考えると遊馬も納得できるでしょ?』


「ああ、なるほどな」


 ユメの言葉に納得して声を出す。


 綺歩が首を傾けて「なるほどってどういうこと?」と尋ねた。


「ユメの時に十五分歌わずにいると俺に戻るらしい」


「ああ、ユメちゃんと話していたんだね」


 綺歩が手をパンと叩いて分かったという仕草を見せる。


「十五分かぁ……丁度休み時間くらいだね。軽くおしゃべりするには良いかもしれないけど、ちゃんと話すのは難しそう……」


 綺歩がそう呟く頃には学校に辿り着き、下駄箱で別れてそれぞれの教室に向かった。




「今日も志原様と登校とは、学校中を敵に回したねえ」


 教室でふざけているのか、真面目なのかわからない一誠がやってきた。


「お隣さんとしての相談事だよ」


「いいよなー、お前はあの志原綺歩と幼馴染でお隣さんなんだもんなー」


「親しい女子くらいお前いくらでもいるだろうし、綺歩とだって仲いいだろ」


「お前はロマンが足りんよな」


 やれやれと首を振る一誠が妙に納得できなかったが、これ以上話を続けても仕方がないと判断し話を変えることにする。


「今日部活遅れるから。もう稜子には連絡が行っていると思うが、何かあったら頼む」


「綺歩みゅんとあんなことやこんなことでもしに行くのか?」


「突っ込みどころが多い」


 複数のボケを一度にいなす必殺技を使い、一誠のボケを軽く返したが、一誠は未だ楽しそうな顔をしている。


 ボケてつっこまれたのだから当然と言えば当然のような気もするが。


「了解。その代わり可愛い女の子の紹介よろしく」


「寧ろして欲しいくらいなんだが」


「綺歩嬢がいて、それは贅沢ってもんだろ」


「お前はその綺歩と加えて稜子と三人でバンド組んでいた時あっただろ」


「それはそれ、これはこれ」と一誠が言ったところで、始業のチャイムが鳴り「それじゃ、また後で」とそれぞれの席に戻った。

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