第5話
「ただいま」
ユメの件もあり遅くなってしまったが、家が隣と言う事もあり家族に心配されるようなことはない。
誰もいない玄関で誰に向けるわけでもなく帰宅を告げ、靴を脱いでリビングへと向かう。
「あら、お帰り」
リビングに入るとまずそんな母さんの声が掛かり、ついで母さんの隣で料理の手伝いをしている妹一号の藍から「お兄ちゃん、お帰りなさい」と言う声をかけられる。
それから少し遅れてリビングのソファの上でうつ伏せに寝転がり、足をパタパタとさせながら雑誌を読んでいる妹二号の優希が「おかえりー」と適当に言った。
藍と優希は双子の妹で中学三年生。身長はともに百五十五センチ。
流石にスリーサイズなんて知らないが、恐らくユメよりも女子らしい体型をしていると思う。
目が大きくて、顔が小さい、誰に似たのか美人姉妹なのだが、性格に関してはだいぶ違う。
それが顕著に現れているのは髪型だと思う、藍は長くのばした髪をそのまま背中に垂らしているのだが、優希は肩くらいまである髪を一つに結んでいる。
性格に関しては、藍が内向的で俺になついているが、優希は外交的で俺をぞんざいに扱うことが多い。
得てして俺は藍の方を先に呼びがちなのだが、実際は優希が姉で、藍の方が妹に当たる。
だからなのか、何かあった時に優希の方が先にされることが多い。
不公平が無いようにと俺は敢えて藍の方を先にしてきたので、優希にぞんざいに扱われても文句は言えない。
幸い嫌われてはいないようなので安心しているが。
二人の妹と母さんに囲まれた夕食を終えた後、俺はすぐさま部屋に引きこもる。
理由は簡単ユメと話をするためだ。
『それで何を聞きたいの? 大体はわかっているけど』
部屋に入ると、まるで俺が話をしたかったのを分かっていたかのように、ユメの声が聞こえてきた。
「いろいろ聞きたいんだが、結局おまえって何なんだ?」
『何って聞かれても、正直わたしもよく分かってないって言うのが正直なところだよ』
「分かっていない?」
『そ。わたしの認識としても、昨日のカラオケまでは確かに三原遊馬だったんだから。
そこから急に自分は女の子なんだって言う気分になって、気がついたら本当に女の子になってたって感じ?』
「じゃあ、お前が俺だって言うのは」
『わたしの中では一貫して三原遊馬として生きてきたわけで、わたしだって遊馬のつもりなんだよ。
これはもう推測でしかないけれど、あの時を境にわたしと貴方……面倒だからユメと遊馬って言うけど、に分かれたんじゃないかな? 原因とか何とかは置いておいて』
ユメの話を聞いて俺なりに考えてみるが、ユメと同じ結論に至った。
「でも、ユメの方が状況理解しているよな?」
『それは、わたしが分かれた側だからじゃないかな?
少なくとも急に女の子になったって言う変化があったから、とりあえず現状を受け入れて分析するしかなかったんだよ』
「そう……なんだろうな」
いま俺が女になったとして、自分がどんな行動をするのかなんてまるで想像できないが、ユメの話を聞くと妙にしっくりきてしまう。
「じゃあ、どうやったら俺とユメは入れ替わるのかって言うのも分かっているんだよな」
『うん……まあ……』
はっきりとしない肯定が聞こえてきて、少し不審に思う。言いたくないのか聞かせたくないのか。
どちらにしても、聞かないと今後の生活に困るのは目に見えているので「どうしてなんだ?」と尋ねた。
『たぶん、遊馬が裏声を出した瞬間にわたしと入れ替わるんだと思う』
その言葉に一瞬耳を――と言っても耳でユメの声を聞いているかはあやしいが――疑う。
ユメの言葉が正しければ、もしかして俺は……。
『遊馬はもう裏声で歌えないかもね』
「ふざけるな」
思わず叫んでしまい、リビングの方から「遊馬どうしたの?」と母さんの声が聞こえてきたので「何でもない」と返した。
『ふざけてはないよ。少なくとも過去二回はそうだったわけだから』
言い聞かせるような、申し訳なさそうな何とも言えないユメの声を聞いて、少し頭が冷える。
次第に理解が追い付いてくると、今度は全身から力が抜けて行くような感覚に襲われた。
「そっか、俺はもう俺の好きな歌を歌えないんだな」
『そう……だね』
口に出してみて、肯定されて、いよいよ心にぽっかりと穴が開いたような気がした。
綺歩の部屋とは違う、ものが少ないから散らかりようのない部屋を眺めながら俺はいつの間にか眠ってしまっていた。
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