第4話
「なんにせよ、ユメが見てるものは俺も見えてるし、感覚も共有しているみたいだから気を付けてくれよ」
ユメと口にするのは顔から火が出るほど恥ずかしいのだが、顔に出ないように気を付ける。
もしかしたら変な顔になっていたかもしれないが、綺歩は綺歩で未だ申し訳なさそうにしているので大丈夫だろう。
「ユメちゃんも痛かったんだよね……ちゃんと謝らないと……」
考えていなかったが確かにそうなのだろう。まさか胸の柔らかさは感じ取れてビンタの痛みが伝わらない事はあるまい。
「遊君はユメちゃんと話せたりするの?」
「分からないが、俺と同じなら今の会話も含め全部筒抜けだな」
「それじゃあ、えっと……今度またちゃんと謝るけど、ユメちゃんごめんなさい」
綺歩が俺に向かって頭を下げる。
「何か変な感じ」
顔をあげた綺歩が困ったように目を細めるので、「俺も変な感じがした」と返す。
「いくつか聞きたいことがあるんだけど……」
「たぶんあんまり答えられないぞ?」
「うん。わからないのはわからないでいいんだけど。いつからこうなったの?」
「昨日の放課後だな」
「何かこうなった心当たりとかは?」
「さあ……昨日は練習の後、普通に科学部室の前通って……」
「じゃあ、科学部の仕業……かもね」
綺歩が冗談めかす。普段は冗談を言わないはずの綺歩にも言われるのだから、科学部の悪名がうかがえる。
昨日だって話し声が聞こえて笑い声に変わったと思ったら急に光が……話声?
「確か、完成したがどうのって言っていたような……」
「だとしたら本当に科学部が?」
綺歩の表情が先ほどと違い、とても真面目なものへと変わった。
「念のため明日科学部行ってみるか」
「何かわかるかもしれないしね」
うつむいて考える仕草をしていた綺歩が、髪が目にかからないように押さえて、俺の方を向く。
「ところで遊君。遊君とユメちゃんってコミュニケーション取れるの?」
言われて、可能かどうか試してすらいないことに気がついた。
だから「試してみる」と言ってから、心の中で『誰かいるのか?』と声を掛けてみる。
綺歩が首をかしげてから何度目かの瞬きをしても返答が返ってこないので、別の方法を試すかと思ったところで頭の中に黄色い声が響いた。
『もしかして、わたしに話しかけたりしたのかな?』
あたりを見渡し、この部屋に綺歩しかいないことを確認する。
『わたしだよ。遊馬自身。遊馬の女バージョンのユメ。こんな状況だったら最初に「心の中で声をかける」ってことをするよね。ごめんごめん』
ユメの声はまるで反省をしている様子ではないが、変に落ち込まれても困るのでこれくらいで丁度いい。
それに、今のユメの言葉でコンタクトの取り方が分かった。
「もしかして、声に出さないとだめなのか?」
『そうそう』「え?」
ユメの肯定の声と綺歩の素っ頓狂な声が重なる。
「どうやら、ユメと意思疎通を図るには、声に出さないといけないらしい」
「そうなんだ」
すぐに理解してくれてこちらとしても助かる。
昨日の事だが、転んだ時に笑ったのはユメだったというわけか。
『そうだよ』
「今声に出してたか?」
「え?」
綺歩が驚いた声を出すので「ユメがな」と短く説明しておく。
「あー……なるほど?」
言葉とは裏腹に、疑問の色を強く残して綺歩が首を傾ける。
『声には出してなかったけど、元々同一人物だったみたいだし、遊馬が考えてることくらい簡単に想像できるよ?』
「そんなものなのか?」
『別に心の中まで読めるってわけじゃないから安心してね。と言うかわたしの心読めなかったよね? あれ? 大丈夫だよね?』
「ああ、読めてない読めてない」
口にして急に心配になったのかオロオロしだしたユメに声をかける。
綺歩が何とも言えない目で俺を見ていることに気がついた。
「ねえ遊君」
「どうした?」
「外ではユメちゃんと話さない方がいいかも」
「……ああ、わかった」
普通俺の声しか聞こえていないのか。
つまり傍から見た俺は高度な独り言をしている変人と言う事になる。
通りで綺歩が変な顔をしていたわけだ。
一人納得しているなか『そうだ』とユメの声が聞こえた。
今しがた綺歩に変な顔をされた手前、返事をしていいか迷っていると『返事はいいから綺歩に伝えてくれない?』とユメがそのまま続ける。
『さっきの痛かったけど、わたしも悪かったから気にしないでって』
「いや、地味に気にしているよな?」
思わずそう口にしてしまったためか、また綺歩が驚いた顔をする。
『ほら、早く何か言わないと、綺歩に変な奴だと思われちゃうよ?』
楽しそうな頭の声に、綺歩は事情知っているだろと心の中で突っ込みを入れつつ、「あのな」と綺歩に声をかけた。
「さっきの事ユメは気にしてないってさ」
「痛くはあったんだよね。ごめんね」
綺歩が俺の中のユメに謝る。察しがいいと言うのも大変だなと思う。
「それで、明日からどうするの?」
努めて明るく作ったような綺歩の声に、「明日?」と首をかしげる。
「れ・ん・しゅ・う。今日と同じ曲をすることになると思うよ。
またユメちゃんと入れ替わるかもしれないでしょ?」
「ああー……どうしよう」
俺の間抜けな声が響く。
こんな時、普段なら綺歩が「仕方ないな」と最善の案を出してくれるのだが、今日は困った顔で「私が説明……できるかな?」と自信なさそうに呟く。
「まあ、なるようになるだろ」
結局そう言ったところで具体的な案も出ることなく時間となってしまった。
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