(2)

「アズウだいじょうぶか? けがはなかったか?」

「アズウしんじゃったかとおもったよ」

 アズウが出て行くと、興奮冷めやらぬ様子で止める間もなく抱き付いて来た兄弟が、口早に訴えて来た。

「そっかぁ、ごめんね。ちょっと実験失敗しちゃって。驚かせたね。そういう二人も怪我はなかった?」

 と、「待ってて」と言った場所で素直に待ち、自分のことを心配してくれた二人の頭を撫でながら尋ねれば、二人は満面の笑みを浮かべて返した。

「そっか。良かった。何かあったら大変だからね。今度からいきなり入って来たら駄目だよ。いいかい? もし二人に何かあったら僕はもうここにはいられなくなっちゃうからね」

 と、目線を合わせて優しく注意を促せば、途端に、

「え? アズウいなくなるのか?」

「そんなのいやだ!」

 泣き出しそうな顔になりながら離れたくないとばかりに力いっぱいしがみつかれる。それに慌てたのはアズウの方だった。不安がらせたくて言ったわけではないのだ。

「ああああ、泣かないで。泣かないでね。二人がここで怪我をしちゃったらいられなくなるだけだから。二人が大丈夫なら大丈夫だから。ちゃんといるから」

『ほんとう?』

「ほんと、本当。だから泣かないで。ね?」

『うん』

 そう言って、二人で涙を拭く様を見ると、どう扱えばいいか困ることもあるが素直な子達なんだよなぁ……と、アズウが和んだところで、


「で? 今日はどうしたんだい?」

 自分のところにやって来た理由を促す。すると兄の方が胸に抱いていた玩具をアズウに差し出して言った。それはアズウが作った、遠い地を走っている機関車の玩具だった。

「あのね、おもちゃがこわれちゃったんだ。お父さんがなおしてくれるって言ってたんだけど、しごとがいそがしくなってきたからアズウになおしてもらえって」

「ちゃんと、おねがいします。っていってなおしてもらいなさいって。だから……」

『おねがいします!』

 二人で同時に頭を下げる。そんな二人が微笑ましくて、アズウはつい口元を綻ばせた。

「はい。確かに承りました。今日中に直しておくから、明日のお昼頃また来て下さい。よろしいですか? お客様?」

 と、玩具を受け取って訊ねれば、二人は同時に頷いて、お客様扱いされたことが嬉しかったのか、少し恥ずかしそうな笑顔を浮かべて元気いっぱいに帰って行った。

 その後ろ姿を見て、アズウはホッと胸を撫で下ろした。

 扱いが分からない子供たちが帰ったからではなく、調合していたものが、威嚇用の煙玉だったから良かったものの、本物の爆弾を作っている最中だったらと考えたなら、どんな悲惨な結果が待ち構えていたのかと思い、戦慄していたのだ。

 自分が調合に失敗して怪我をしたり、最悪死んだとしても、それは自業自得だからどうとも思わないが、それにあの二人まで巻き込んでいたかもしれないと考えると、煙玉を作っているだけで良かったと、心の底からホッとした。


 やっぱりスポイト探さないといけないよな。


 と、爆風によって更に物が散乱した悲惨な部屋の中を見て、しみじみと、そしてうんざりと思う。

 普段は一滴二滴、混ぜようと思えばスポイトを使う。だが今回、どこにスポイトを置いていたのか分からなくなり、探すのが億劫だったため、自力で挑戦したのだ。

 その結果が、爆風で気を失っていた上に、返って見つけられない状況を作り出してしまったのだから情けない。


 二度手間って言うのかな、こういうの?


 声に出したところで答えるものが誰もいない状況だ。自然に胸中で思い、「片付けるか」と、諦めにも似た境地に達する。しかし、棚の上の書物やら紙やメモ、元々足元に積んでいた様々な物も混ざり合い、既に自分でどこに何を置いていたかも思い出せず、どこから手を付けたらいいものか分からずに途方に暮れた。


 いっそ、見なかったことにしようかな……と、悪魔の誘惑が頭を掠める。

 そうじゃなきゃ、片づけが得意な人……助手として来てくれないかな?

 と、漠然と思い、そんなことはまずないな……と、一抹の寂しさと悲しさを覚える。

 錬金術師の助手になるなんて、よっぽどの物好きだ。


 今でこそ子供たちにも懐かれているアズウだが、世間一般の錬金術師に対する評価が真っ二つに分かれていることは知っている。

 その辺の鉛を金に変えようとする馬鹿げた連中。怪しい機材で怪しいことをしている危険な連中。不老不死を目指して人体実験を繰り返している恐ろしい連中。そして、生命を作り出そうとしている神への冒涜者。

 実際、自分の実験に没頭するあまり、常識を欠き、他人との接触を拒み、時には傍若無人な振る舞いをして他人に悪影響を及ぼす人間たちがいることも事実。また、錬金術によって作り出したものによって犯罪が起きたり、それを巡って抗争が起こったり、最悪国家同士の戦争に発展したことすらあるのだから、普通の人間が錬金術師などという怪しい人間に近付きたがらないのも無理のないことだとアズウは思っている。

 今でこそ子供たちだけで好きなように遊びに来ている状況ではあるが、初めの頃はかなり危険視されていた。


 初めは「詐欺師」って罵られたんだよなぁ……。


 とりあえず散らばっている資料を手に取りながら、ふと思い出して苦笑する。

 そう。初めてアズウがこの村にやって来たとき、アズウは薬師と間違われて受け入れられた。それはある日のことだった。アズウが「どこかで少し長い間落ち着いて生活をしたいな」と思いながら林道を歩いていると、助けを求めている一行に捕まった。

 男女合わせて五人の一行だった。その内の一人が獣に襲われて深手を負い、血が止まらず死にそうだから助けてくれと言われ、アズウが様子を見ることになったのだ。

 仲間の一人が近くの村まで医者を呼びに行ったらしいが、アズウの見立てでは戻って来るまで持ちそうになかった。

 だからアズウは調合にも使える薬草や、万が一のために作っておいた止血剤などを使って応急措置をした。そして、簡易栄養剤を飲ませて毛布をかぶせ、暖かくしてそっとして置くように指示を出し、そのまま医者が来るまで一緒に待った。


 ほどなくして医者が到着し、診療所に運ばれて行くのを見送った後、アズウはその場を去ろうとしたが、そのとき、アズウと共に残った男が、命の恩人であるアズウを村に招きたいと言い出し、その村に寄ることになった。

 誘った男の方にしてみれば、アズウの応急処置の手際などから、薬師か医者だと思っていたらしく、それ故、アズウが村にいてくれたなら、わざわざ隣村に行かなくてもいいと思ってのことだったが、いざアズウが錬金術師だと分かると、歓迎ムードが一転して凍りついた。アズウも、その劇的な変化によって、自分が勘違いされただけで、やっぱり厄介者だということを理解した。

 勝手に連れて来ておいて詐欺師も騙したもないだろ? とも思ったが、いつものことなのであまり腹も立たなかった。だからさっさとその村を後にしようと思ったのだが、意外にも、それを止める村人がいた。アズウが助けた男の妻だった。その人は気丈だった。


「あんたは薬にも詳しいのかい? 病は?」

 その挑戦的な物言いに、少しばかりアズウは気押されたが、包み隠さず素直に答えた。

「大きな町では薬も調合していました。私の師匠の奥さんが医師で、若い頃はその助手もしていたので、大概の応急処置や処方は出来ます。でも、僕は医者でも薬師でもなく錬金術師です。中には僕の作った薬なんて飲めないという人もいると思います。紛らわしい真似をしてしまってすいませんでした。ご迷惑をかけないようにすぐに出て行きますから許してもらえませんか?」

 するとその妻は、村長に対して要求を突きつけた。

「この錬金術師は薬師の才能もあるようだ。村の外れのあばら家にでも置いて薬だけでもただで作ってもらえれば楽になるよ。そもそも勝手に勘違いして連れて来たんだ。たとえ錬金術師だとしても一方的に追い出したんじゃ助けられたこっちの人間性を疑われる。聞けば当てのない放浪の身だって言うじゃないか。暫くここにいてもいいんだろ? なら、置くべきだよ、村長?」


 後にアズウはこの妻が村長の娘であることを知った。そして、アズウはある意味村長より権限のある娘の一言で、今住んでいる家に来ることになった。

 初めは誰も近付かなかった。だから一人であばら家を改築した。物を作ることは好きだったのであまり苦にはならなかった。ただ、一人での作業は少しやり辛いこともあり、時間が掛かった。それでも、完成してしまうと興味本位にこっそり見に来る村人たちの存在に気が付いた。

 そこでも最初にきっかけを与えたのは村長の娘だった。村長の娘はたった一人でアズウのところへ堂々とやって来ると、雨漏りするから屋根の修理をして欲しいと頼みに来た。

 アズウがそれを引き受けて、その家の屋根を直していると、村人たちは物珍しそうに見上げていた。それから少しずつ、村人たちがアズウの許へやって来るようになった。

 今となっては家屋修理を初めとする様々なものの修理、狩りや農作業に使う道具の製作や薬の調合など、依頼は後から後からやって来る。報酬は現金や現物支給だ。アズウが一番嬉しいのは手作りの料理たち。調合を始めると完全に日常生活から逸脱するアズウにとって手作り料理は生きる糧であり、そうなったきっかけを作ったのもやっぱり村長の娘さんが初めだったとしみじみと思い出す。


 そっか……今の自分があるのも、全部あの村長の娘さんのお陰か。


 少しずつ足場の見えて来たことに感動しつつ、作業の手を止めて今更のように思う。

 もう少しで結婚記念日だって言ってたから、今度夫婦用のアクセサリーでもプレゼントしようかな?

 そう決意した瞬間、若干自分が現実逃避しかけていることを痛感する。これを綺麗に片付けるとなると、絶対に一日じゃ終わらないと思いつつ、それでもやっぱり自分は恵まれていて、幸せだな……と思った。


 もしかしたら自分は錬金術師ではなく単なる便利屋だと思われているかもしれないが、それならそれで構わないと思っていた。別に錬金術師であることにこだわるつもりはない。ただ、自分が専門に教わったものが錬金術だったから錬金術師を名乗っているだけなのだ。他の錬金術師の人間関係に比べたら、自分がどんなに恵まれているか分かる。自分は一人だが独りではない。村の人たちが皆良くしてくれる。だからこそ、自分は沢山恩返しをしなければならないのだ。そのためだけにこの村にいるのだ。だから、


 助手が欲しいなんて贅沢は言ってちゃいけないんだ。頑張って片付けなきゃいけないんだ!

 と、一生懸命現実から逃げ出そうとしている自分に言い聞かす。が、


 ……でも、今日中に片付けてしまうことは難しいから……と、自分に言い訳してから、床に散らばっている書物などを一気に壁の方へ押しやるアズウ。


 いや、だって、ほら。一応決められた期限までに作らなければならないものあるわけで。そのためには足場の確保が必要なわけで。机の上も片付けて機材並べなきゃいけないし…………って、あれ?


 寄せられるものは寄せてしまい、使う機材だけをとりあえず並べ、必要な材料を机の上に出して行き、調合にいる材料が一つ見当たらないことに気が付いた。ある意味奇跡的なことだった。

「あれ? もうないんだっけ?」

 思わず口ずさみ、棚の引き出しを開けて中身を確認してみるが、

「うわっ……本当にない。困ったな。フジミネの木の皮がないと作れないんだよな……。困ったなぁ……困った困った。本当は一刻も早く部屋を片付けないといけないんだけど、期限があるからなぁ。材料がないと部屋が片付いていても意味がないからな。うん。仕方がない。先に材料を採りに行ってこよう」


 言葉では困ったと言ってはいるが、棒読みの口調といい、隠し切れない笑顔といい、明らかに片づけから開放されるための正当な理由が見つかったことに喜びをアズウは覚えていた。そうと決まれば行動は早かった。

「さっさと材料を採りに行って、帰って来てから片付けは再開すればいいんだよ。どうせ僕はこの家に帰って来るんだから」

 そう言ってから、帰って来る家があることに幸せを感じる。

「さ、暗くなる前に行こう」

 アズウは腰で止めていた上着に袖を通し、部屋の隅に置いてある竹篭を背負うと、若干片付いたように思われる部屋を後にした。


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