リシュ編:怒り
「何でだよ! おかしいだろ!」
訓練室に戻ってきたリシュの第一声だった。ほぼ同時に戻ってきたファミリがその悪態に反応する。
「帰ってきていきなりなに怒ってるの?」
「ファミリ! 何で負けてんだよ!?」
まさか自分にその怒りの矛先が向けられるとは思っていなかったファミリは面喰うが、すぐにそれに歯向かう。
「何で? 四対二で勝てる要素があるんなら逆に聞きたいわよ。そういう状況にしたあなたに問題があるんじゃないの?」
至って正論を返したファミリにそれ以上噛みつくことはなく、怒りの矛先をすぐに他の二人に移す。
「エンス! お前の魔法で一網打尽にする手はずだったろうが!?」
部屋の片隅で居眠りしているエンスはリシュに大きな声で呼ばれても目覚めようとしない。その姿を見て試合展開の違和感の原因に気付いてより怒りを露わにする。
「お前が寝てるから負けたんだろうが!」
その寝ている状態のエンスに掴みかかろうとするリシュ。それを塞ぐように動いたのはジェルンだった。
「失礼、疲れて寝ているレディを起こすのは、僕の流儀に反するから起こさなかったんだ。だから叱るなら僕を叱ってくれ」
そのジェルンの発言を聞いてリシュは一切の躊躇いもなくジェルンを殴る。急に顔を殴られた衝撃で左半身から地面に倒れ込むジェルンは、間近でリシュの怒声を浴びる。
「だったらさっさと連絡しろよ! 何勝手な事してんだよ!?」
殴られて叱られて、それでも涼しい笑顔を絶やさないジェルンは、リシュに対して怖気づくことなく本心を伝える。
「君に伝えればきっと起こせと命令すると思ったからさ。そんなわかりきった事で連絡するのも、無駄な事だと思ったからだよ。最初に言っただろう、僕は女性には手を出さない、って」
「この……ッ!」
バカ野郎と罵りながら殴りかかりそうになる右腕を、ファミリにガシッと掴まれて止められる。
「その条件はリー君が飲んだって聞いてるよ。だったら負けるのは仕方がなかった事として認めるべきね」
ファミリに窘められてもまだ怒りが収まらないリシュは、強引に腕を振りほどいて訓練室を足早に出ていく。その途中で近くにあった椅子を蹴飛ばしながら。
それを見届けてからファミリはジェルンの頬に問題はないか尋ねる。
「大丈夫? 結構な勢いだったけど?」
地面に尻餅をついた状態のジェルンは左手で殴られた頬をさすりながら立ち上がる。
「まだ戦闘時に使った防御壁が発動したまんまだったから、そこまで問題ないよ。心配してくれてありがとう」
自分の身を気遣うファミリに礼を言いながら、ジェルンは眠ったままのエンスを抱きかかえようとする。
「……もしかして、研究棟まで運ぶつもり?」
「もちろん。ここで寝かせたまま放置するなんてできないだろう?」
ジェルンは右腕をエンスの背中から回して右肩を持ち、左腕で彼女の膝を抱える、いわゆるお姫様抱っこの状態をファミリに見せる。
さすがにこの光景をファンクラブのメンバーが見たら騒ぎになるなと思ったファミリはエンスを運ぶのを買って出ることにする。
「いいよ、私がエーちゃん運ぶから」
しかしジェルンがそんな苦労をファミリにさせたくないと言って止めようとしなかったので、仕方なくエンスを抱えたジェルンにカモフラージュの魔法を使うことでなんとか騒ぎにならずに研究棟まで運ぶことに成功した。
リーダー! 田渕碧 @emerald3412
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