ラスク編:成功例

「待たせちゃってすまんな、二人とも」

 総合模擬実戦二週目の水曜日の放課後。ラスクはクスネを連れて教室に入ると、窓際で校庭を眺めている紫頭のルーヴィッドと、腕立て伏せをしている坊主頭のオルドの姿が視界に入る。オルドが筋トレを止めてラスクを迎い入れる。

「全然気にしないで大丈夫でござるよ。見てのとおり、拙者は鍛錬をさせてもらっていたからな」

「そう言ってもらえると気兼ねしなくて助かるよ、オルドさん」

 にこやかな雰囲気の二人と対照的に、ルーヴィッドは非常に不機嫌そうにラスクに言葉を投げかける。

「ラスク! わかってると思うけど、俺に命令できると思うなよ! あれは二対一だったから負けたんだ!」

 一対一なら俺の方が強いんだぞとラスクを睨み付ける。ラスクはそんな態度のルーヴィッドにも、オルドと同じようにほほ笑みながら対応する。

「当たり前だろ、いくら戦士としての経験があるって言っても中級学校レベルの俺じゃお前には勝てない。魔法なんて準備している間に瞬殺されるだろうしな」

 ルーヴィッドはそのラスクの余裕のある対応に、チッと誰にでも聞こえる大きさの舌打ちで返した。自分の方が弱いと認めている事もルーヴィッドには理解できなかったし、そう考えているラスクに二対一とはいえ、負けた自分がいるのにも腹を立てていた。

「それで今回の作戦なんだがな」

 ラスクはオルドの方に視線を戻して話し始める。

「俺とオルドさん、クスネとルーヴィッドでペアを組んで戦ってもらうから」

「ほう」

「なぁ!?」

 ラスクの作戦に、オルドは感心したような声を、ルーヴィッドは驚いたような声を出した。そしてすぐにルーヴィッドがラスクに噛みつく。

「俺にペアなんていらねぇよ! 第一俺の機動力とこいつの機動力じゃ釣り合わねぇ! お前の言う通りにはしないって……」

 勢いよくラスクの目の前まで行って怒鳴り散らしていたルーヴィッドが急に失速する。これまでずっとラスクの後ろに控えていたクスネが一枚の紙をルーヴィッドに見せてきたからだ。

『あなたより強い私の言う事は聞くんでしょ?』

「……!」

 額に血管が浮き上がるほどに行きどころを失くした力が顔に溜まって、ルーヴィッドは顔を引きつらせていた。

 

 一年の入学式の日に、ルーヴィッドは魔法無効化マジックキャンセルを持つ特待生の話を聞きつけて、教室内でクスネに戦いを挑むという暴れん坊っぷりをクラスメイト全員に見せつけていた。

 事件の後で「とにかく強い相手と戦いたいんだよ」とルーヴィッドが言っていたので、彼が強い相手と戦う事を好む性格だというのは、クラスメイト全員が知っている事なのである。

 その教室での戦いの結果は、攻撃した瞬間に獣化が解けて動きが遅くなったルーヴィッドに、クスネが右のストレート、右足のハイキック、左足の後ろ回し蹴りと、三連撃を顔に食らわせて勝利した。その時にクスネがルーヴィッドに『学校では無駄に暴れないように』と注意したことで、それ以上教室で戦闘が起こる事は無くなったが、ルーヴィッドの凶暴性を知るには十分な事件だった。

 それと同時に、自分より強い相手の言う事はちゃんと聞くという実力による格付けを大事にしていることも分かる事件だった。


 そういった過去の事件から、ラスクはルーヴィッドの手綱はクスネに任せる事を決めていた。このミーティングが予定よりも三十分ほど遅れて始まったのも、先にクスネと打ち合わせをしていたからである。

『座って』

『明後日の戦い方を教えるから』

 クスネが両手で紙を見せてルーヴィッドに命令する。ルーヴィッドはまだ右手を握ってワナワナと震えていたが、やがて観念したように机と椅子を準備し始めた。

「わっかりましたよ、クスネ……、さん」

 ルーヴィッドの実力至上主義は二年時になった今でも継続中のようだった。ラスクはもしかしたらこの一年の間に心変わりしているんじゃないかと少しだけ心配だったが、クスネの言う事をちゃんと聞いているルーヴィッドの姿を見てフゥと軽く安堵の息を吐いた。

 その一連の動きを見ていたオルドがラスクを笑いながら褒め称えた。

「さすがはラスク殿。見事な采配でござるな」

 オルドはラスクの事を元から信頼しているし、人として尊敬していたが、その一連の流れを無意識の内にリシュと比べて、やはりこの御仁は格が違うなと尊敬の意を強めていた。

「大した事してないって。適材適所を考えただけだよ」

 オルドと話しながら、ラスクは近くの椅子に腰かける。オルドもラスクに促されてその対面に机と椅子を持ってきて座った。

「いやいや、謙遜なされるな。やはりリシュ殿とは一味も二味も違うではござらぬか」

「リシュがミーティングで何言ったかは知らないけど、まあオルドさんがご機嫌なら俺としてはありがたいね」

 指示が出しやすそうだと付け加える。オルドはそこで上機嫌だった笑顔を消して、これは言っておかないとと慌てて進言する。

「時にラスク殿よ、相談があるのだが……」

「戦士として戦いたいって話だろ。大丈夫、オルドさんの期待に添える様に考えてきたから」

「かたじけない!」

 机に頭を付けて礼を言うオルド。ラスクがそんな仰々しくしないでくれとお願いする。

「むしろこっちが謝らないといけないんだよ」

 ラスクが謝ると言いだしてオルドは頭を上げてキョトンとする。少なくともすぐに思いつくような粗相をラスクにされた覚えのないオルドは、ラスクの二の句を待つしかなかった。

「一応作戦を二つ考えておいたんだけど、オルドさんの希望通りの展開にするにはちょっと難しくてね」

 そこでラスクは一旦情報を伝えておくねと対戦相手の説明に入る。

「まず指揮官はミセシー、レイピアで戦う鋭い突きが怖い戦士。でメンバーにはルーヴィッドとそこまで大差ない実力のカイ、近接格闘なら敵なしのシャーラ、そして後方支援にイチカとなっている」

 そのメンバーを聞いてオルドがおやとある事に気付いた。

「確かこの三人は……」

「うん、俺の幼なじみたち。まさかこんな風にきれいに向こうのチームに並ぶとは思わなかったよ」

 ニヤニヤと笑っているラスクの顔を見て、オルドはもしかしたら戦いづらいとか手加減するなどの情が沸いているのではと心配したが、次の言葉でそれは消し飛ばされた。

「カイから負けて無様な姿見せるなよって言われてるんでね、本気で勝つつもりだから、そこんとこはよろしくね」

 笑顔は崩さずとも、その奥に確かに勝利に対する執念が感じられる言葉だった。オルドはこれ以上は心配するだけ無用だと思い、作戦の続きを促す。

「そのメンバーだと何が問題なのだ?」

「陣形を組んで防御の態勢に入る可能性が高い」

 ラスクはそこで持っていた紙を見せる。そこには対戦相手四人が陣形を組んでいる絵が描かれていた。

「戦士組の三人が支援特化のイチカを守る様に構える陣形だ。こうなるとこっちは攻められなくなる」

 イチカの支援魔法は対象者の筋力や魔法耐性を高める。普通に戦って勝つのも難しいのに、防御に専念されたら余計に隙が無くなる。

「ミセシーはとにかく防御に専念して、我慢の弱いルーヴィッドが突撃してくるのを期待しているはずだ」

 まず一番厄介な相手であるルーヴィッドを最初に倒すための作戦だとラスクはオルドに説明する。オルドは相手がこの作戦を取るのは間違いないだろうと確信していた。それはラスクを信頼している事も含まれているし、何よりルーヴィッドに我慢という二文字はないと思っていたからである。実際にオルドは前回の戦いでルーヴィッドが一目散に相手の方へと移動していったのを見たばかりだからだ。

「それを見越して、あのようにルーヴィッド殿を抑える役割を作ったのか、なるほど納得である」

 単純にルーヴィッドに指示を出せる様にしただけでなく、相手の作戦も考えた上での采配だと知ってオルドはますますラスクに信頼を寄せるようになる。

「つってもこれだと打開策にはなってない。お互いに守りに入るだけで状況は平行線になっちまう」

 オルドはラスクの言葉を受けて、疑問が生じる。このままでは勝てないし負けない。しかしオルドの目的も達成しないのではと。

「ラスク殿、拙者は本当に戦わせてもらえるのか?」

 そのオルドの疑問に、ラスクはきっぱりと答える。

「このままじゃ、戦えない」

 その言葉にオルドは裏切られた様な感覚に陥りそうになったが、ラスクに対する信頼があって声を荒げるような事はなかった。しかし当然疑問は次の部分に移る。

「では、先ほど期待に添えると言ったのは……」

「嘘じゃないよ。ただし、オルドさんに爆発魔法を使ってもらう必要があるんだ」

「それでは約束と違うではないか!?」

 再び裏切られてしまって今度は声が先に出てしまう。勢いを堪えきれずに椅子から立ち上がって、机から身を乗り出してラスクに反抗する。ラスクはオルドがそういう反応をするのを分かってたかのように、冷静に対応する。

「落ち着いてよ、オルドさん。ちゃんと一つずつ説明するから。一旦座って」

 相変わらず変化のない笑顔だったが、有無を言わせぬような力強さを感じて、オルドは倒れた椅子を戻しながら席に着く。

「まず、オルドさんは戦士としての実戦訓練がしたいんだよね?」

「そうだ、拙者は戦士組の方々と一戦交えたいのである」

「その戦闘においては戦士として戦いたいから、爆発魔法を使わないんだよね?」

「そうだ、己の肉体一つでどこまで戦えるかを試したいのである」

「だったら、その状況になるために爆発魔法を使うのはありなんじゃない?」

「……」

 オルドは目からうろこが落ちそうな衝撃を受けた。ラスクの言う通り、戦士としての戦いにおいて爆発魔法を使いたくないのであって、それ以外の戦場で使わない理由は持っていなかったのである。使わない事を意識し過ぎたせいで、必要以上に

縛りを加えていたのである。

「だからオルドさんがこの状態のカイやシャーラの近くに爆発魔法を使えば、向こうは絶対に焦る。オルドさんが魔法を使ってくるとなればこの防御陣形は逆に危ない、一網打尽でやられる可能性も出てくる。必ずカイやシャーラでオルドさんを倒しに来るはずだ」

 それを迎え撃てば、オルドさんの理想的な状態になるでしょとラスクは説明を終える。

 オルドはしばらく放心して何も言えなかったが、やがて意識がはっきりとした時には、ラスクにお礼を言っていた。

「ここまで考えていたとは、もはや感謝の言葉を並べても足りないでござる」

「模擬実戦の作戦くらいでそんな大げさな……」

「いや、これほどまでに拙者のために準備をしてくれたのだ。これに報いなくて何が男か!」

 そう言ってオルドは椅子から降りて、教室の床に頭を付けながらラスクに宣言する。

「必ずや拙者がカイ殿たちに下剋上を果たしてみせます故、この作戦でおねがいするでござる!」

 ラスクは相変わらず大げさな動きをするなと思いながらも、オルドがやる気になってくれてホッとする。そしてさらにやる気を出させるために言葉を返す。

「うちのカイたちは、強いよ?」

「望むところでござる!」

 その言葉を聞いてオルドは、ならばより強くなるまでと決意を改めて、そしてラスクにこれから手合わせしてもらえないかとお願いする。

「よっし、それじゃ今から訓練場に行こう。作戦も今話したのでほとんどだし、後はまあ臨機応変で対応できるはずだから」

 やたらめったら細かい作戦ばかり考えていたリシュとは大違いであるなとオルドはまたラスクとリシュを比べていた。

「クスネ、そっちも終わりそうか?」

 ラスクがクスネに問いかけると『問題なし』の紙を見せてきた。クスネの対面にいるルーヴィッドはまた身体をプルプルと震わせて不満を全身で表現していたが、クスネが一枚の紙を見せると、観念してクスネを肩車して教室を出ていった。

 その異様な上下関係にオルドが質問する。

「あれも作戦の内なのでござるか?」

「あれも作戦の内なのでござるよ」


 二日後、オルドはカイと満足いくまで一対一で戦いあい、ルーヴィッドはクスネの指示に従いつつ暴れて、クスネはラスクの副官として見事な働きをみせて勝利をもたらした。

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