リシュ編:始まらないミーティング

(今度こそ勝てる……!)

 リシュは今回集めたメンバーを思い出しながら廊下を歩く。

(エンスは魔術研究で様々な新魔術を開発している。一昨日のはまだ未完成っぽかったけど、まだ誰にも知られていない魔法を使えば相手を翻弄できるはずだ)

 典型的な魔法使いタイプだから彼女を守る役割が必要だが、それに適したメンバーもすでにスカウトしたことも確認する。

(ジェルンは盾を武器として戦うちょっと独特な戦士だが、その分守りに関してはクラスメイトの中でも一、二を争う戦士だ。エンスを守らせておけば例の縛りも問題ない)

 リシュはジェルンをスカウトした時の事を思い出す。


 サラサラの茶髪を風になびかせていた爽やかな男子生徒のジェルンは、後輩の女子生徒に囲まれてあれこれ戦闘の指導をしていた。顔がイケメンというだけでなく、後輩を指導する面倒見の良さや優しさが彼がモテる要因であった。結構な人数の女子生徒が周りにいたので、リシュはその集団の外側からジェルンをメンバーに誘った。するとジェルンが後輩たちに少し離れてもらうようにお願いしてからリシュと対面した。

「スカウトの件なら問題ないよ。ただ一つお願い事があるんだけど良いかな?」

 リシュとの会話中も微笑みを絶やさないジェルンは人差し指を立ててお願いする。

「……何だ?」

 一戦目の苦い思い出を思い出しながらも、とりあえず聞くだけ聞こうと思ったリシュはジェルンのお願い事の内容を伺う。

「僕は絶対に女性には手を出さない。それだけは理解した上で作戦を立ててもらえるかな?」

 そのジェルンの発言に後ろの女子生徒たちが黄色い声援を上げる。

「さすがジェルン様! どんな時でも女性を大事にするなんて!」

「正に紳士の中の紳士ですわ!」

「ああ……、その優しさで濡れてしまいそうです……」

 明らかに意味合いがおかしい発言が聞こえてきたけどリシュはそれを無視してジェルンに返答する。

「大丈夫。ジェルンにはエンスの盾役をお願いしようと思ってたから」

 元々考えていた作戦に一切影響のないお願い事だったのでリシュはそれを快諾する。ジェルンはその答えを聞いて満足そうな笑みを浮かべてお礼を言う。

「エンスさんか……。彼女とはもう少し親睦を深めたいと思っていたから、こちらとしてもありがたいよ」

 その発言にも女子生徒は悲鳴にも似た声を上げる。

「さすがジェルン様! まだジェルン様の魅力に気づかない愚か者にも優しく接するなんて!」

「何て寛大なお心の持ち主なんでしょうか!?」

「エンスさんとジェルン様の身長差カップル……、捗るわぁ……」

 すでに辟易しつつあるその黄色い声援をこれ以上は聞きたくないと思ったリシュは、ジェルンとの会話を早めに切り上げる事にした。

「それじゃあ今週は頼むぞ、水曜日は二〇二号室でミーティングだからな」

「わかってるよ」

 リシュは自分の訓練室の部屋を教えてその場から去った。


(そして魔法使い組の特待生であるファミリ。オルドのように特出した魔法があるわけではなく、オールラウンドであらゆる魔法を使える魔法使いだ。またエンスと違って動きながら戦える魔法使いだから、あらゆる局面に対応できる隙のない魔法使い。ファミリを中心として戦えば万事オーケーだ)

 一戦目よりもむしろ隙がないのではと思えるメンバーにリシュはほくそ笑む。そしてそのメンバーが集まっている訓練室の前にやってきた。

(今度こそは勝つ!)

 気合を入れてドアを開くと、そこにはジェルン一人しかいなかった。

「やあリシュ、待っていたよ。さすがに一人は退屈だったね」

 相変わらずのスマイルでリシュに挨拶をするジェルン。リシュはその教室の光景に驚きを隠せずジェルンに質問する。

「お前だけか? エンスとファミリは?」

 リシュの質問にジェルンは首を振る。

「まだ来てないよ。エンスさんはともかく、ファミリさんが時間に遅れるのは珍しいよね」

 すでにミーティング開始時間の四時になっているので、今この場にいない二人は遅刻という事になる。エンスは研究に集中しすぎて授業に遅れるというのが日常茶飯事なのでジェルンもリシュもそこまで不思議に思わなかったが、バイトをいくつも掛け持ちしているファミリが時間に遅れるというのはおかしいと感じた。

「もしかして今日もバイトか?」

「いや、さすがに模擬実戦のミーティングを休んでまで働くかな? それにそういう理由で休むんなら……」

 ジェルンが話している途中で教室のドアが再び開く。二人の内のどちらかかと期待して見るが、そこにいたのは担任のカナン先生だった。

「リシュに伝言だ。ファミリは学食のバイトで今日と明日の訓練は不参加。エンスはそもそも研究発表会が首都であるから、明日と明後日は学校にいない。二人ともリシュが捕まらなくて困ってたから私に伝言を頼んできたぞ」

 それじゃ確かに伝えたからなとカナン先生は教室に一歩も入ることなくドアを閉めて帰っていった。リシュとジェルンはその場に立ち尽くすことしか出来なかった。しばらく沈黙が流れた後で、ジェルンがリシュに言いかけた言葉の続きを言う。

「……今みたいに伝言があるはずって言おうとしたけど、あったみたいだね。今日……、というか明日も僕たちだけみたいだけど、どうする?」

 リシュはジェルンに話しかけられて我に返ったが、現状ではどうすることも出来ないし、何よりジェルンの役割はエンスの盾役だから、エンスがいない事には何も始まらない。リシュは苦虫を噛み潰したような顔でジェルンに逆に質問する。

「俺はどうすれば良いと思う?」

 ジェルンはそれに対して両手を広げて首を横に振って答えた。結局その日はジェルンの動きを確認しただけで終わり、次の日もやることがないという事で自主訓練にした。

 

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