リシュ編:懲りない男

(次こそは勝つ! そのためにも……)

 一戦目が終わった次の月曜日。ラスクはいつもよりも早めに登校していた。といってもいつもの校舎には寄らずに、魔術研究所のある研究棟に向かう。

 学校の敷地内には勉強の場である校舎と、訓練の場である訓練棟と、研究の場である研究棟の三つの建物の密集地が存在する。研究棟では魔術の研究をしていて、学生たちはここで新魔術を開発することも出来るし、またそれらを機械に組み込んだ魔機械の開発も出来る様になっている。総合模擬実戦で使われているシステムも、数十年前にここで開発されたのである。

 リシュはその研究棟にいるクラスメイトをメンバーに誘うために朝一で学校に来たのである。

(この時間ならまだ誰も誘ってないはずだ)

 総合模擬実戦のメンバー集めは、一つ前の実戦が終わったその時から開始される。だからこれからリシュが誘おうとしているメンバーが金曜日にすでにスカウトされていたら無駄骨に終わるのだが、ルールを勘違いしているリシュは当然気付くはずもなく研究棟へと入っていった。

 研究棟の中にはいくつも研究室があるが、学生に開放されているのは基本的には一階部分のみである。しかしリシュが探しているエンスという女子生徒は学生の身でありながらも、数々の研究成果を上げているために施設内を自由に利用できるようになっているし、自分専用の研究室まで用意されている。

 しかしリシュは研究棟にいるという事しか知らなかったので、受付でエンスの名前を出して二階上がって右手側の突き当たりがエンスの研究室の場所だと聞いた。

 まだ朝早いからか元からなのかはリシュにはわからなかったが、やたらと静かな場所だったので少しだけ緊張していた。

(エンス……、ここか)

 受付で言われた場所の部屋の入り口には、エンスの名前が書かれたプレートが飾られていた。

 リシュは一応の礼儀としてコンコンとノックをする。実際にはすぐにでも中に入ってスカウトしたかったが、こんだけ朝早ければ大丈夫と逸る気持ちを抑える。

しかし中から声が聞こえてこなかったので、もう一度ノックをする。受付の人が研究室に案内した以上は、少なくともここにエンスがいるはずだと言い聞かせる。二回目のノックでも反応がなかったので、リシュはドアノブを捻ると鍵がかかってなかったので簡単に開いた。

 ドアを開けて最初に目に映ったのは無数の紙が空中に舞っている光景だった。その紙は無秩序に空に浮かんでいる様に見えたが、よくよく見ると紙はある一点を中心としてその周りをぐるぐると回っているだけだった。そしてその中心にリシュが探していたエンスが立っていた。紫色の髪に汚れが一切ない白衣、そして丸メガネ特徴の女子生徒がそこに立っていた。

「今魔法使ってますからー、すぐに閉めてもらえますかー?」

 エンスはドアを誰かが開けた事に気付いていながらも、決して振り返らずにリシュに背中を見せながらしゃべり出す。気の抜けた間延びした声で話しかけられ、リシュはさっきまでの緊張が無くなるのを感じた。エンスの言う通りにすぐに中に入ってドアを閉める。部屋はかなり大きくて、壁際には大量の本が収められている本棚が端から端までみっちり埋まっていた。リシュが部屋の様子を眺めていると、エンスの周りを回っていた無数の紙が徐々にエンスの近くに寄ってきたのが分かる。そしてその紙たちは徐々にエンスの前にある机の上に一枚ずつ重ねられて、そして最終的には一つの紙束となって動きを止めた。

「ふー……、これだけの数を一度に動かせればかなり有効的ですよねー?」

 振り返ってリシュに意見を尋ねる。急な質問でリシュはどう返そうか悩んだが、確かにあれだけの数の紙を自分で自由に動かせたのなら凄い魔法だと思い、率直な意見を返す。

「今のが紙じゃなくて武器って考えたら確かに実用出来そうな魔法だな」

「ですよねー」

 リシュから良い評価を得られたことに気持ちを良くしたのかエンスは満面の笑みを浮かべる。しかしすぐに真顔になって椅子に座って紙に何やら書き始めた。そして同時に今の魔法の問題点をリシュに説明し始める。

「でも今のはまだまだ未完成なんですよー。まず動かせる物体の質量に問題がありましてー、一キロが限界なんですよー。それから動かせる範囲も魔方陣の範囲までですからー、さっき見せた範囲よりも外側には動かせないんですよー。それからー……」

「待て待て待て。その話はまたの機会に聞くから俺の話を聞いてくれ」

 説明が長くなりそうだと感じたリシュは慌ててエンスの話を止める。口だけでは止まりそうになかったので机の前まで行って止める。

「はい? スカウトしに来たって話じゃないんですか?」

「……」

 リシュはエンスがすでに用件を理解していた事に驚いた。そもそも挨拶もまだしていないのに、なぜ自分の用事がわかったのかリシュはエンスに問い詰める。

「だってそれ以外にリシュ君がここに来るわけないじゃないですかー。それくらい誰でも予想付きますよー」

 そもそも研究室に来る人なんてほとんどいませんからとエンスは付け足す。こっちの内心を見透かされた様でリシュは慌てたが、こっちの用事を分かっているなら話は早いとそのまま模擬実戦の話に移る。

「じゃあ今週は俺のチームで頼めるか?」

「拒否権ないですしー、まだスカウトされてないですから大丈夫ですよー。ただ……」

「よっしゃ、サンキュー。じゃあまた水曜日にな!」

 リシュはこれ以上長話に付き合わされるのは勘弁だという勢いでエンスの研究室を後にした。それを見ておくことしか出来なかったエンスは、そのまま言おうとした言葉を部屋に投げかけた。

「ただ水曜日と木曜日は研究発表で首都に行くからミーティングに参加できないですよー……って行っちゃいましたねー。まあいいかー」



「ファミリ! 俺のチームに入れ!」

 所変わって校舎一階の学食。リシュは次のメンバーとして目星を付けていた女子生徒のファミリをスカウトしに学食の厨房へとやってきていた。

「リー君、まずはおはようの挨拶からだと思わない?」

 厨房にいきなり入って大声を上げたリシュに、ファミリは手に持っていた包丁を突き付けて注意する。

「それと厨房に入る前には必ず手洗い、わかった?」

「は、はいゴメンナサイ。お、おはようございます、ファミリさん」

 鬼気迫るファミリに怖気づいて謝ることしか出来なかった。そしてリシュはその後で朝の挨拶を済ませる。その気迫にいつもは呼び捨てなのにさん付けして呼ばざるを得なかった。

「はいおはよう、リー君」

 挨拶を済ませたところでファミリはリシュに突き付けていた包丁を下ろして、そしてそのまま元々いたまな板の所に戻っていった。

 ファミリは五人兄弟の長女として、家計を助けるためにいくつかバイトを掛け持ちしている。学校の学食もその内の一つで、今は寮生活をしている学生のための朝食の準備と昼食の仕込みをしている所だった。

 厨房には他にも働いている人がいたが、忙しい時間帯という事もあって二人に対しては視線を向けるだけで特に気にした感じではなかった。

「スカウトなら大丈夫だから、とりあえず帰ってもらえる? 今日は人手がいつもよりも少ないからおしゃべりしている余裕がないの」

 話しながらも見事な包丁さばきで食材を切り分けていく。よくよく見ればファミリのすぐ横と後ろでも食材が空中で皮むきされたり、一口サイズに切り分けられている所だった。近くに魔方陣があったことから、魔法の風の刃で食材を切っていると理解できた。

「そ、そうか。じゃあ今週は頼むな」

 ファミリがいつもそうやって準備をしているのか、人手不足を補うために無理してやっているのかは判断が付かなかったが、ファミリのさっきの気迫を思い出してこれ以上邪魔するわけにはいかないとすぐにそこから立ち去った。



「カイ、頼む! 俺のチームに入ってくれ!」

「悪いけどすでにミセシーに誘われてるから、他を当たってくれ」

 エンス、ファミリと順調にメンバーが集まっていたが、三人目として目星を付けていたカイに断られた事でその流れが止まった。

「じゃあシャーラが今どこにいるかわかるか?」

「どこにいるかはわからないけど、あいつもミセシーにスカウトされているから探すだけ無駄だぞ」

「マジか……、となるとジェルンかバル辺りか……」

 カイの次の候補のシャーラもダメとわかり、次に成績が良かったクラスメイトの名前を思い出して、彼らがいそうな場所を考える。すでに時間は授業開始五分前。変に探し回るよりかは、今日の最初の授業を受けるこの教室で待っていた方が良さそうだと結論付けて落ち着くことにした。

「朝の内に集めておきたかったけど、まあとりあえずは大丈夫か」

 魔術の研究の年がら年中しているエンスに、魔法使い組の特待生のファミリと、魔法使い組の成績優秀者二人をメンバーに入れた事に成功したリシュはひとまずは大丈夫だろうと安心する。その姿を見てカイはリシュに質問した。

「今回は誰をメンバーに誘ったんだ?」

「エンスとファミリだよ。後はお前がいればほぼ勝てる布陣だったけど、まあこの時点でもかなり安心できるメンツだろ?」

 リシュはカイの質問に答える。その答えを聞いたカイが少しだけ怪訝そうな表情をしたが、リシュはそれに気付かずに得意げになっていた。

(二人がオルドみたいな我がままを言うとは思えないから、まあ大丈夫だろう)

 一戦目と同じようにとにかく強いメンバーを集める事に尽力していたリシュであった。

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