参 客(かく)
「知念!」
返事がない。
また妙円のところへ行きよったな。困ったものじゃ。
儂は、雲雀が立つ畑を
「ごめん」
よっこらせ。大儀じゃ、大儀じゃ。儂は尻をぼりぼり掻きながら、門へ出向いた。
「誰じゃ」
出てみれば、女が二人。一人は妙円くらいの年回りの
儂の問いには委細答えず、気位の高そうな媼が儂に問うた。
「
こやつ。
「さような
「何をおっしゃいます」
見下ろすような、ねめつけるような。嫌な目じゃ。
「儂がおらぬと言ったらおらぬわ。帰られい」
儂は女房どもにくるりと背を向けた。その背に、鋭い声が突き刺さった。
「
「ふん」
儂は鼻で笑う。
「親子してろくでなしか。とっとと帰って負け戦の支度でもするがよい。こんな片田舎の乞食坊主相手に、呑気に油を売っている場合ではあるまいに」
儂の雑言に、従者が殺気立った。なるほど、忍びか。物騒なことじゃ。
「おぬしらが光春に何を言われてここへ来たか知らぬが、おぬしらに呉れてやれるものなど何もない。とっとと帰れ」
「何を言われます」
冷たい笑いを浮かべた女が、被っていた菅笠を傾けて目を隠した。
「みども、命を二つ受けておりまする。一つは御身に陣に戻っていただくこと。もう一つ。こちらにお預けしている
なんじゃと?
「菊丸? そのような者は儂は知らぬ。ここには小坊主一人おるだけじゃ」
「十五年前。やんごとなき事情ゆえ、こちらにお預けさせていただきました」
なるほどな。ということは、今来ておるのはおゆうの方か。能十の親父の正室。親父が蛇なら、こやつは
「面倒じゃ。最初に返事からしておこう。儂は陣には戻らぬよ。すでに出家した身。もう何物も持ち合わせぬ。剣も、
坊主に頼ろうという時点で、既に終わっておるわ。
「ゆう殿。儂はおぬしから何も受けてはおらぬ。小心の
下郎めが。
「儂はその時城を出て、国を捨てた。すでにおぬしらに一族郎党討ち果たされて、儂は何も持たなんだ。じゃから、こうしてのんびり坊主が出来る。ははははは。それにだけは謝しておくわい」
女が、ぎりぎりと歯噛みした。
「ぼんくらの光春に言うておけ。いかに田舎の腑抜け侍だと言うても、おぬしは領主じゃ。擦り切れるくらい尻尾を振ったところで、二主に仕えることは出来ぬ。肝を据えるがよい、とな」
「く……」
「
◇ ◇ ◇
場違いな女二人は何も言わず、踵を返して歩き去った。儂は庵でつくづく考える。
知念が妙円のところに入り浸るのは、あの二人が実の親子であるからじゃろう。それは、知念は相知らぬことじゃが。
光紀の乱心の最中は、
ゆうが子を殺めなかったのは、いずれこうなることを考えておったからじゃろうな。我が子光春を立てて後見の名目で国を牛耳るのは容易い。が、それと戦国の世を生き延びることとは別じゃ。
ぼんくらの光春は、国を統べることすらままならぬ。
知念に食指を伸ばしてきたということは、光春の嫡男を人質に出したのであろう。恐らく間中の狸の方に、じゃろうな。
じゃが、ゆうの
間中に世継ぎを守ってもらうつもりならば、本当の阿呆じゃ。あの狸は、能十一族がどうなろうと痛くも痒くもない。役立たずの能十を綺堂に当てて、切り代にするであろうて。人質の扱いがどうなるかなぞ知れておるわ。
攻めるは綺堂じゃろうな。あやつは能十を裏切り者と見ておる。人質と親書だけで、兵糧も兵も出さぬのは敵対と何も変わらぬ。慌てて櫓を立てていると言うことは、綺堂から絶縁状が来たんじゃろう。綺堂の攻めは迅く、苛烈じゃ。
能十本陣の戸田山は、守るには不向きな山城じゃ。要害がなく、四方を囲まれやすく、火攻めに弱い。櫓を立てておるのは、攻め手を一早く察知して間中の援軍を呼ぶためであろう。間中とて、往来要所の猪狩を落とされれば厄介なことになる。能十はどうでもよいが、戸田山は死守するであろうな。
ゆうは息子を連れて、間中の本隊と入れ替わりで落ちるつもりであろう。討ち死にするよりはましじゃと。じゃが、それでは城を守る兵に示しが付かぬ。それで……知念を飾り大将にするつもりじゃな。負けて捕らえられたとて、あれは庶子菊丸の乱心ゆえ何卒みどもには穏便に、と命乞いをするつもりで。
どこまでも。ああ、どこまでも愚かで腐ったおなごじゃ。
儂は、またぼりぼりと尻を掻きながら庵に戻る。知念には、うかつに出歩くなと言い渡さねばなるまい。ゆうが何を企むか分からぬ。それでなくとも
「愚か者どものせいで、春の風情が台無しじゃな。不粋なことよの」
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