グリムレニアの風
@funaTyoung
魔法の始まり
魔法。この世界では今や当たり前の技術であり、無くてはならない存在になっていた。その歴史は存外古くはない。
遡ること約三百年前、この世界『グリムレニア』には魔人と呼ばれる異形の怪物が生息していた。その巨大で屈強な体躯と恐ろしい顔面をした魔人は、街を破壊し、人間を喰らった。その魔人の姿に、グリムレニアに住む人々は畏怖した。
この状況をなんとか打開すべく、腕利きの戦士達が立ち上がった。集まった戦士たちは魔人を討伐するため、各地で討伐隊を発足する。民衆も大いに期待した。出撃時には国をあげて送り出した。
しかし、民衆の期待はたやすく砕かれた。人間の力で振るう剣では、魔人の皮膚に傷ひとつ付けるなどできなかったのだ。戦士達も、またその戦士に希望を見出し共に戦おうと討伐隊に入隊した民兵達も、まるで蟻を潰すかの如くいとも簡単に殺された。討伐隊は次々に消滅していった。
人々は絶望した。期待が大きかっただけに、各地に広がる絶望の空気は凄まじいものであった。
やがて人々は神にすがった。もはや祈るしかなかったのだ。この地に魔人が来ない事を。
グリムレニア最果ての地『フォロン』でもまた、人々は祈りを捧げた。次はこの地に魔人がやって来るかもしれない、その恐怖から飲まず食わずで祈り続け、死者が出るほどだった。それでも祈りをやめる者はいなかった。
そんな極限の状況の中、多くの民衆が集まる最果ての教会跡に、一筋の光が雲を突き抜け地上に降り注いだ。
あたたかいその光に人々は目頭を熱くした。はたから見れば別に大したことではない。しかし民衆にとっては、そんな光にもすがりたい程の状況だった。涙を流す人、さらに深く祈る人、呆然と光を眺める人などその反応は様々だ。
しかし次の瞬間、人々は驚愕した。降り注ぐ光の中に、人のような姿を見たからだ。
人型のそれはゆっくりと光の線を下ってくる。地上付近まで降りてくると、その姿もはっきりとしてきた。長い髪に立派な髭を蓄えた老人のように見える。身体に纏う布のような生地がひらりと揺れている。見ればその身体自体が白く発光しているようだった。
光る老人はゆっくりと話し始めた。
「私は神。お前たち人間に、脅威と戦う武器を授ける。」
そう告げると、辺りが更なる光に包まれた。その閃光は世界を包む程の光だった。あまりの眩しさに人々は目を伏せた。
徐々に光が弱まると、神はまた話し始めた。
「今、お前たちに武器を授けた」
しかし特に何か起きた様子はない。人々はとても理解出来ないといった様子で神を見ていた。
すると、一人の男が大きな悲鳴を上げた。皆がその男を注目した。
そこには火柱を上げ燃え盛る男の姿があった。火だるまになりながら辺りを転がりまわっている。
人々はそのあまりに惨憺たる光景に思わず絶句した。
「案ずるでない」
神が話し始めると、人々は一斉に注目した。
「あの者は力を覚醒させただけのこと。見てみなさい」
そう言うと燃えていた男を指差した。
そこには何事もなかったかのように座る男の姿があった。
すると男はおもむろに右腕を上げるとぐっと力を込めた。男の一挙手一投足を見逃さんとする民衆の視線がまるで光線のように男に向けられた。
男は瞑目し、さらに力を込めると、男の腕のまわりにうっすらと火がうずまき始めた。人々はその光景に目を見張った。
火は少しずつ大きくなって腕の先へと進んで行く。その様子はまるで大蛇が腕に絡みついているかのようだ。
やがて手のひらに到達する頃には、大きな火柱になり腕を包みこんでいた。
民衆はその奇跡を固唾を飲んで見守った。
その炎はついに手のひらを越え宙に浮かび、じわりじわりと球体を形作ろうとしていた。腕にまとわりついていた炎は徐々にその球体に収束していく。
やがて男の身体の何倍にも膨らんだその炎の球体は、まるで小さな太陽のように辺りを熱した。
男は目を開いた。次の瞬間、男は叫びながらその球体を力の限り投げた。勢いよく飛んでいった炎の球体は地面を焼きながらまっすぐ進んだ。やがて木を燃やし、山をえぐると、はるか遠くに消えていった。
民衆は驚嘆し、これ以上ない程の声援を上げた。
「この力は、魔法と呼ぶ。人間の未来を変える武器となるであろう。」
そう告げると神は天空へと姿を消したのである。
魔法はここから始まった。
人間に与えられたこの魔法の力は絶大な力を発揮した。
人々は魔法の力を研究し、理解を深め、その力を磨いていった。
やがて人々は、傷ひとつ付けることの出来なかった魔人とも互角以上の闘いを繰り広げるようになった。ついには魔法の力によって別次元の世界『異界』へと魔人を封印することに成功した。
こうして、長きに渡る絶望の歴史は幕を閉じ、グリムレニアに真の平穏が訪れたのである。
グリムレニアの風 @funaTyoung
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