第5話

「お願いです。どこへだっていいんです。私達を乗せていってください! 必要な対価は払います!」

 宇宙の壁に向け、宇宙電車を走らせていた時の事だ。

 車載カメラに宇宙電車を待っていると思わしき人が写ったので、進は慌てて宇宙電車を停車させた。そして進は扉を開ける。

 光り輝く車内に反して、宇宙服を着込んだ貧相な人々が浮かぶ真っ暗な宇宙との明暗が対比される。

 宇宙電車を待っていた人々は、こどもを除いて疲れた様子だった。

 着ている宇宙服も性能がいいとは思えず、もう何日も宇宙を漂ってやっとのことでここまでたどり着いた。そんな疲れと救いを得た表情を浮かべている。たぶん、待っていた人からすれば光輝く車内と扉を開けた逆光の進は救いの存在に見えるのだろう。

 そこに進は、世界の直面している現実を目の当たりにするのだ。

 人類に地球は狭すぎた。人は増え、技術も進歩に進歩を重ね、限りある地球は全てにおいて慢性的になったのだ。

 だから人類は、進化の可能性を求め広大な宇宙へ出た。

 しかし結果は地球と同じ。広い宇宙ですぐに人類は増え、次々に文化も技術も進歩に進歩を重ね、宇宙でも人類は慢性化した。

 思ったよりも人類にとって宇宙は狭かったのだ。

 だって、壁による行き止まりがあったのだから。

 壁があるのに、人類は技術共々尚も増え続ける。天井が見えてもだ。結果的に窒息状態になり、人々が苦しみ始める。それでも人類は進歩し続け、結果的に追いやられるのは弱い者達だ。

 進は窮屈な現実を目の当たりにして、心が痛む。

 だからこそ、この人達の力になってあげたい。

「長々と辛い思いをさせてごめんなさい……。でも、もう大丈夫だよ。この宇宙電車に乗れば、暖かいお風呂も食事もあるから。真里。この人達の案内を頼むよ。弱ってる人や小さなこどもを優先させてあげて。頼んだよ」

 真里が、進を押しのける勢いで前へ出てきた。

「さあ、早く上がって。怪我している人がいれば私に言ってね! まずは何よりも先にご飯たべなきゃ。ほら、遊ぶのは後ででしょ!」

 真里が、宇宙電車の中に入ってものめずらしげに車内を走ろうとする幼い子を阻む。何事か言った後、大人しく座席に座らせて乗客用に備蓄されているインスタント食糧のある場所へ向かうのだ。

「カレーとか、ドライフードとか、簡単なものしかないけど。とりあえずお腹いっぱいにしなきゃ。その後にお風呂ね! 今日は疲れたでしょ? 今日はここでゆっくりしていって!」

「お姉さんみたいで頼もしいのね。私も手伝うわ」

 真里が率先して乗客をサポートしようとすると、何人かの大人達が並んで真里と共に調理へ向かう。幼い子達は、夕食を持ってくるから大人しくしてなさいと言われたらしく、座席に座っていた。

 真里には、そういった才能がある。

 歳に関係なく、人を動かしこどもを統率する力だ。

 進は車掌室に向かおうとして振り返えってその光景を見る。

 いずれマンネリになるだろう二人だけの世界に、訪れた変化だった。人がたくさん入ってくるだけで、こうも閑散とした宇宙電車内に生き生きと活気のよい雰囲気が出てくるものなのか。

 進は、過去の行いを愚かだと恥じた。だって、過去数回に渡って人々を宇宙電車に乗せず、閑散とした車内で真里といちゃついていたのだから。真里以外の人を許容すれば、真里が大人になって自分の手から離れてしまうと思った。真里を独り占めにしたかった。

 二人だけの世界を選ぶなど、たかが知れている。

 狭く、真っ暗な宇宙で孤独に進は真里を求め、真里がそれを許容できずに二人ともども破滅するのみだ。所詮は求める相手も限りある人間。すぐにそこに無限の可能性はなく、天井はすぐに見える。

 真里が乗客をフォローするなら、進には進の役目があるだろう。

 にぎやかな声を背に、乗客と宇宙電車の安全を守るためいつ宇宙怪獣が襲来してもいいよう、車掌室にいなければならない。



 それから三日ほど平穏に時は流れた。真里と乗客はすっかり仲良くなり、今では真里も乗客の生活をフォローできるようになっている。限られた空間故にこども達を退屈させないよう、進から買ってもらったゲームなどで遊んであげていた。

 進も宇宙怪獣襲来の気配が無い時は、乗客と共に過ごしたり食事をしたりして楽しんでいる。すると、疲れていたはずの乗客の顔に笑顔が出て、健康を取り戻してゆくのだ。

 窮屈で窒息するような人間社会に押し潰されていた人が、闇の中をさ迷いこの光ある宇宙電車にたどり着いた。

 進と真里が、人の幸せを担っているのだ。人を笑顔にするのだ。

 それだけで、嬉しくて涙が出そうになる。だって、長らく真里を強く求めすぎるあまり真里に拒絶され、破滅的な結末を何度も迎えていたのだから。博史との不仲によって心傷ついたのを発端に、欲と道楽の泥沼にはまり抜け出せなくなっていた。

 けど、抜け出せたのだ。そして、確かな答えにたどり着いている。

 しかし、ひとつだけ許容できないことがあった。

 それは、ある夜にシャワー室の前を通ったことだった。

「こらっ暴れちゃだめっ! まだシャンプーしてないでしょ!」

 シャワー室から、にぎやかにこどもの声が聞こえたのだ。

 そして、こどもの笑い声に混じって真里の制止する声も。

 進はドキっとして顔を赤くした。壁に耳を当て、盗み聞きする。

 幼いこどもの立場がうらやましくなる。

 だって、進はまだ真里の裸を見ていないのだ。なのに幼いこどもは真里と一緒にシャワーを浴びている。その差は何だ。

 なぜ幼いこどもにそれが許される。進にはなぜ許されない。

 そこに、個人を形成するか否かの差が存在した。

 そして進は、決定的な一言を聞いてしまうのだ。

「あはっ! おっぱいおっぱい!」

「もうっ。ほんと赤ちゃんみたいなんだから!」

 大きな衝撃と共に、進はこの上ない敗北感を味うしかない。

 真里には、服の上からでは見えない程度におっぱいができていたのだ。それを幼いこどもが、欲求皆無で幼児的にからっている。

(くそっ! ぼくも見たかった! 見れるチャンスはあったじゃないか! なのに、なんで!)

 真里と逢った当初は、真里に性的意識も抵抗もなかった。

 つまり裸を見てもなんとも思われない可能性はあったのだ。

 ましてや二人は少し歳の離れた兄妹のようだったではないか……。

 進の望みが全て叶う可能性があったのに。

 ほんのちょっと真里に変化があっただけで、可能性は費えた。

 なのに、シャワー室にいるこども達は進の実現したかったことを全て実現している。ずるい。あまりにもずるすぎる。

 進は頭から湯気が出る気になった。欲求がわきあがる。

 でも、がまんだ。ここで欲に負けてしまえば、進は乗客も今ある幸せも全て失うことになるだろう。

 だからこそ、孤独さを背負って車掌室に向かうしかない。

 肩に力が入り、拳をぐっと握り締める。

(たかが十歳の女の子に裸だのおっぱいだと? くだらねーよ! ぼくには仕事がある! みんなを守らないといけないんだ!)

 背後に響く、幼い笑い声が遠ざかっていく。



 そして三日目の夕方を過ぎた時のことだった。

 索敵レーダーに、反応があった。

 それを見るや否や、気のゆるんでいた進に一気に緊張が走る。

 まだ接触には時間がかかるものの、宇宙怪獣の群れだった。

 いよいよ来たか最後の試練。進は覚悟して拳を固める。

 しかし進には分かっていた。このまま群れと衝突すると、確実に進はこの宇宙電車を守れない。進は宇宙戦のプロでもなんでもない、ただの十二歳のこどもでしかないのだから。

 すぐに殺されてしまうに違いない。そしたら、またループだ。

 進は、積み重ねてきた事を無駄にしたくないのだ。

 だったら勝って宇宙の果てまでたどり着く方法を探さねば。

 進は、迷わず車掌室から出て電話を手に取った。

 電話をかけたのは、博史だった。進にとって最大の試練である。

 進はこれから傲慢さを捨て、素直になり、己の過ちも愚かさも全て受け入れなければならないのだ。

 進は、博史をひたすら嫌悪していた。博史をいらない存在として己の力を誇示することにより、己の存在意義を確立しようとしていたのだ。だが、ここで弱さを受け入れなければならない。

 頭を下げてもいい。罰を受けてもいい。そして、博史を強く求めるのだ。それは、進にとって負担のかかることだった。

 誰だって、自ら弱くなり相手に対し低くなるのは相当勇気のいることだろう? そこに反暴力の高度な精神があるのだ。

 そして、博史が電話に出る瞬間が来た。進は息を呑む。

「もしもし、お父さん。ぼくだよ、進だよ!」

 電話に出た博史は、当然のごとく不機嫌である。

「宇宙犯罪少年がわざわざ電話とはご苦労。さては諦めて投降することにしたな? いーかげんに非行も終わりにしないとお父さん怒っちゃうぞ」

「今は投降はできないよ。ぼくは、進まないといけないんだ!」

 電話の向こうで、博史の声が怒る。進は怖気ついた。

「てめっ! この期に及んでまだ反抗する気か! この親不孝モンめが! 俺が道を与えてやるのに、成功も約束されてるのに、勝手なことばかりしやがって、その上進まないといけないだと? ガキのくせに百年早い! 今すぐ戻って俺の元で修行をするんだ!」

 進は心の締め付けられる思いをした。ここでいつもなら、確立した己の存在意義を守り誇示すべく、進も声を荒げるはずだ。

 だが、そうはしなかった。この瞬間、進は誰よりも大人になる。

「いい、ちゃんと投降するよ。お父さんに何度殴られたっていい……。裁判にかけられて宇宙少年院に送られたっていい……。悪いのはぼくだ、身勝手なのも分かってるよ……。罰も受ける。裁かれもする。でも、ひとつだけ許してほしい。そんなぼくにも、ひとつだけやり遂げないといけないことがあるんだ。ぼくは、宇宙の果てに行かないといけない。これだけは分かって、お願い!」

 進は極限にまで弱くなった。電話の向こうにいる博史の熱が、急に冷めていくのが分かる。人間の心理とはこういうものだ。

 相手が極端に弱くなり引き下がると、攻撃ができなくなるのである。そしたら逆に、逆上ばかりして怒り狂ってた自身のことを愚かに思う。だって相手は、自ら弱くなって攻撃されることを受け入れたのだから。そんな相手に対し、更に怒り狂って攻撃すればどうなる? 弱い者を痛めつけ、相手は破滅するだろう。

 だから怒り続ける幼稚で抑制の効かない己に対し、罪悪感がこみ上げてくるのだ。そして博史が、妙に弱弱しくなって言うのだ。

「なあ、何があったんだ進? どうしてあんなに俺を拒絶していたくせに俺を受け入れるんだ、何か問題でも起きたのか?」

「もうすぐ、ぼくの乗ってる宇宙電車が宇宙怪獣の群れと衝突するんだ。そしたらぼくは死ぬ。宇宙電車も守りきれない。ぼくはバカだから、そんなことが待ってるのに宇宙に飛び出したんだよ。だからお願いお父さん。ぼくは、お父さんが必要なんだよ……」

「俺が必要って……。何都合のいいこと言ってやがる! 俺が助けてやってもお前は恩を仇で返してそのままどっかに行っちまうつもりだろうが! だいたいな、弱いくせに立場が悪くなると助け求めるなんて都合が良すぎるんだよ!」

 進は、決定打となる一言を放った。

「どこへ行っても、ぼくはお父さんの子だよ」

 バリーン。電話の向こうにいる博史の心が打ち砕かれる。

 そしてすぐに、博史が低くなるのだ。

「進。俺が悪かった……。お前が謝るなら俺も謝ろう。そして俺はお前の力になってやりたい!」

「いいよ。意地張って悲しませたのはぼくだって同じだから」

 不仲で、何を考えているかわけの分からなかったお互いが、心を開いた。今なら相手のことが分かる。自分のことを分かってくれる。

 長らく凍りついていた心を怒りが、消えていくのだ。

「本当のことを言おう。俺はお前を大人にさせたくなかった……。お前が大人になって俺の後を付いてこなければ、俺は真っ黒な宇宙でただ独り取り残されると恐れていた。それが宇宙の恐ろしさだ。何せ真っ暗で何もないから、大切なものを宇宙に手放してしまうともう二度と帰ってこないかもしれないんだよ。俺はそれが恐ろしくて、お前の犯行の後鬱で体が動かなくなった……。だから苛立っていたんだよ! 俺が偉大で、強くて、パパスのような宇宙冒険家なのになぜ俺を父として称え後ろを付いてきてくれないんだ! ってな。だから、家に帰れば何一つとして理想とは程遠いお前との窮屈な日々に息が詰まる思いだった。俺は弱いから、非日常と夢に満ちた宇宙冒険の世界に依存して心奪われてたんだよ!」

「誰もいない家でずっと生活するのは辛かったよ。ぼくは、お父さんに捨てられるんじゃないかって恐れてたんだ。悪いのは、ぼくだって同じだよ。お父さんから期待されてるのに、お父さんの存在が強すぎるからって、逃げてばかりいたんだもん。ゲームにネットにはまって本当に馬鹿みたいだ。だから軟弱物のぼくは無理に宇宙へ出て痛い目に遭ったよ。その分、避けていたお父さんの偉大さを知ったんだ。今では感謝してる……」

 進にとっての旅は、己の愚かさを知る旅でもあった。

 難問にぶち当たり、解決能力を持たない。

 そして、十歳の女の子に逃げ込むのだ。結果的に難問は解決せず、依存に身を沈めたまま迂回ルートをぐるぐる回る。

 結局、進は独りで難問に挑む力をつけられなかった。

 弱さをそのままに、人を求めることでしか挑めないのだ。

 そして、博史は進に対し言うのだ。

「進。俺とお前は変わらない。お前がゲームやネットや女の子に依存するように、お父さんもな、所詮宇宙冒険に依存するガキだ。けどお前も分かるだろうが、所詮依存は依存でしかないんだよ! 同じものに固執していればすぐに天井は見える。限りもある。俺はその現実に打ちのめされた! お前とうまくいかない家庭生活から逃げて、夢と希望の宇宙冒険に飛び出した。どこまでも無限に世界が広がって、お前も後ろからついてきてくれると思ってたんだ……」

 博史の声が、徐々に低く悲観的なものへと変わってゆく。

「だが、宇宙には行き止まりの壁があったんだ! どこまで逃げても、俺はお前との窮屈な現実から逃れられなかった! だから俺はもうお前から逃げたくない。俺を愛してくれるなら、お前は俺のものでなくなってもいい! お前は俺の手の届かない一人の人間だ! だからお前の非行も許す。宇宙電車を強奪したことも計画を乱したことも罪には問わせない! お前の非行も俺の責任だ!」

 進の心がまたもや動く。博史が進を肯定してくれるなら、進は何だってできそうな気がした。

 宇宙怪獣が何だ。博史がいて、真里がいてくれるなら、進はそんな脅威なんてなんてことはない。

 そんなものなど打ち砕いて、どこへでも行ける。何だってできる。

 進は、独りじゃないのだ。

 そして進は、博史と共に困難へ立ち向かう決意をした。

「お父さん。力を貸して! ぼくと一緒に宇宙怪獣を倒そう!」



 進は最後の関門を前に、ひとつだけしておきたいことがあった。

 乗客の一人に少しだけFMDを貸してもらい、ネットワークにアクセスするのだ。

 アクセスした先は、六年一組ネットコミュニティだった。

 そこで直接友達と会話をするのではなく、音声データを残す。

「みんな、元気してた?ぼくだよ。進だよ。この前はごめん。みんなが心溶け合わせて仲良くしていたのに、ぼくだけが抜けてしまって……。だけど、ひとつだけみんなに聞いてほしいことがある。

みんなは今、心と心を溶け合わせて幸せだよね? でも、そうなってしまってぼくはとても悲しいよ。だって、みんなの心がひとつに融合しているんでしょ? けど、そこにみんなはいないんだ……。だって心と心を溶け合わせているうちに自分と友達の区別がつかなくなってひとつになるんだから。そんなのひどすぎるよ! ぼくが大好きなみんながいないんだよ? 健太郎。野球がすごくうまくてカッコよかったよ! こうじ、算数の宿題を教えてくれてありがとう! 舞さん、いつもオシャレしていてかわいいと思ってたよ! 洋子さんは男の子っぽくて憧れてたよ! みんなぼくの大好きな六年一組の仲間で、いろんな壁を乗り越えてきたのにみんなの心が無くなってしまうなんて悲しいじゃないか! 独りが寂しいのは分かる。離れたくないのも分かる。けど、独りは悪いことじゃない! そこに誰も入ることのできない独りの人間がいるんだ! それってカッコイイよ! そんなみんなを僕が好きになるよ! 愛してあげるよ!」

 進は音声データを送信し終える。

 これで効果のある人は、FMDのネットワーク通信で心と心を溶け合わせることをやめ、個人を取り戻せるはずだ。

 そして、暫くして宇宙電車に博史が現れる。

「や、皆さん。本日は我が息子の宇宙電車にご乗車いただきありがとう! 父の博史です!」

 博史が進の隣に立って、乗客に向けて挨拶する。いつ来た。

 一番反応したのは、真里だった。

「わー。進のお父さんだー。かっこいいなー」

 博史は電話でしか聞かなかった真里の存在を知り、とても嬉しいようだ。肩に手をポンと置き、体勢を少し低くして言う。

「おっ。君が噂に聞く進のカノジョか! こんなかわいい子に俺の進を取られて父ちゃんも妬けるなー」

「進を取られてって、進はあなたのものじゃないよー」

 …………。両者の中で、笑顔を保ったままの沈黙が流れる。

 そのままの状態を、目の前にいる乗客に見せ続けるわけにはいかない。進は慌てて博史に呼びかけ、沈黙を中断させる。

「お父さん。今はお客さんに言うことがあるでしょ?」

「おおそうだった。乗客の皆さん。宇宙船団の船長であるこの私がなぜ宇宙の果てまで走る宇宙電車に搭乗しているのでしょうか。その答えは、窓の外に映っています!」

 窓の外は、博史の乗ってきた宇宙船団が、宇宙怪獣の群れと交戦中だった。宇宙箪笥や宇宙電球が宇宙空間を飛び回り、熱光線や炎を照射して船団を攻撃する。

「撃て! 確実に群れを沈めろ!」

 船団の人々がそう叫びながら、必死に宇宙怪獣の群れと戦うのだ。

 流石は宇宙船のプロ。宇宙怪獣の攻撃をかわし、銃撃を浴びせて確実に撃ち落す。しかし戦況は五分五分。どちらが勝つか負けるかは分からない。たぶん、戦力の追加で勝敗は変わるだろう。

 そして博史が、自慢げに言うのだ。

「皆さんご安心を! 我が最強の宇宙船団が皆様の快適な旅を保障致します。傷ひとつつけさせません!」

 当然の如く、進と博史は宇宙電車の屋根へ突き出された。

「前置きはいいからとっとと戦え!」

「真里。こども達とみんなのことは頼んだよ!」

「任せて。行ってらっしゃい!」

 屋根へ突き出された途端に広がったのは、終着点へ向けて迷うことなく走る宇宙電車だ。点々と広がる星が早いスピードで流れ、真っ黒な宇宙へと飲み込まれる線路が、直線的に長らく続いていた。

 進は胸のしめつけられる思いになる。もうすぐこの旅も終わるのだ。博史に置いていかれたくないがために宇宙電車を強奪したのに始まり、吹雪吹きすさぶ危険惑星で真里と出会い助けた。

 道楽と欲望の海に飲まれ、己の存在を見失いながらも、人々の想いを知って、自我を守ったのだ。人からすればただの一ヶ月ちょっとの旅であっても、進にとっては何倍もの長さを経験している。

 だって真里に依存するあまり何度もループを繰り返したのだから。

 旅が終わり、進が宇宙を覆う壁を越えてその先にある世界へ行ったとしても。中学生になって黒いブレザーに身を包んだとしても。 

 この日々は、きっと忘れない。

「火力を最大限にセット。これでよしっ!」

 進は電気銃の火力を最大にする。一撃で大破は無理でも、これで敵を焼いて苦しませることぐらいはできるだろう。

 攻撃態勢に入った進を、博史が見て感心する。それが嬉しかった。

「電気銃使えるとは……。お前も強くなったな!」

「ちょっと使えるだけだよ。動きの方はぜんぜんだめだから、そこはお父さんがフォローしてね」

「任せとけ。父ちゃんの剣術、見てろよ! ほら来たぞ!」

 帯刀した博史と進めがけて、宇宙スタンドライトが飛んでくる。

 そして、進と博史から離れた所に着地すると、一気に直進してくるのだ。二人は、同時に走り出す。

 直進してくる宇宙スタンドライトの電灯が、光った。

 まずい。屋根の上で放たれたら、宇宙電車に被害が出る。

 走りながら進は、電気銃を放った。それが見事に相手の電灯を打ち砕き、すかさず博史が、跳ぶ。それは超人的跳躍力だ。

 そして宇宙スタンドライトの前に着地すると一気に間合いを詰め。

 両手で握った剣を横一閃で振り、真っ二つに両断した。

「電車への被害を第一に考えたな。いい判断だ! 次も来るぞ!」

 次に襲来したのは、三体の宇宙箪笥だ。敵は前方を横一列に並び、直進すると確実に行く手を阻むつもりらしい。

 大丈夫だ。相手もこちらも正面衝突で挑み、確実に電気銃で焼けば倒すことができる。進は迷わず走り、直進した。

 電気銃の銃口を敵に向けて、放つ。しかし、相手が高く跳んだ。

 宇宙箪笥は進の攻撃を読んだのだ。

 そして、頭上に跳んで真っ直ぐ進の真上へ落ちてくる。

 しかし、体が反応しきれない。身体能力は一段と劣るので、瞬時に対応して銃口を向けれないのだ。

 宇宙箪笥が扉や引き出しがバカバカ開きながら、落ちてくる。

 その威圧的な巨体に押されて、進は動くことができない。

 しかし、相手は進を潰すのではなかった。

 あっという間に、捕まえたのだ。宇宙箪笥の中に進の上半身を入れ、次の瞬間。バンと衝撃と共に扉が進の脇腹を挟んだ。

 痛い。その強さに一瞬息ができなくなる。しかし本当の恐怖は迫っていた。後ろから、仲間の宇宙箪笥が迫ってくる気配がするのだ。

 進は宇宙箪笥のアウトレットな埃と洋服の匂いを感じながら、足をじたばたもがく。何とか抜け出そうとしても抜け出せない。

 まずい。後ろから迫る奴の目的は、引き出しアタックで進を攻撃することだ。最悪殺されるかもしれない。だが動くことができない。

(何がこれでよしだよ! すぐに殺されるじゃないか!)

 己の弱さに嫌気が差したその時。急に、拘束されていた箪笥の上部が吹っ飛んだのだ。それと同時に、進は解放される。

「鍛錬の怠りは死だ! 俺が稽古つけてやろっか?」

 博史が、剣を一振りして宇宙箪笥を斬ったのだ。

「ありがと! さあ、早くしないと次が来るよ!」

「もう来てるじゃねーか!」

 真と博史の後ろから、宇宙怪獣。宇宙ドアが追っかけてくる。

 奴らは知ってるのだ。二人を殺せば、宇宙電車は無力化し乗客を食い殺すことができる。だから二人を殺しにかかるのだ。

 宇宙ドアの走る速度は速い。進が後ろを振り返れば、奴等の先頭が進の後ろに迫っていた。まずいではないか。追いつかれたら殺される。後ろからだと、博史も不意を突かれるかもしれない。

 進は振り向きざまに、電気銃を、放つ。

 そのまま前を向くことなく、後ろを向いて走りながら撃ち続けるのだ。その度に、襲い掛かってくる宇宙ドアが発火して燃える。

 博史は走りながら左右から襲い掛かかる宇宙ドアを斬り続け、後ろの奴らを相手することはできない。

 進の腕に一段と力が入る。集中力が増し、足の裏が宇宙電車を打ち走る勢いが早くなる。レールの上を走り続ける宇宙電車と共に、加速している気がした。進は今、終着点へ向かって走っているのだ。

「ぎしゃあっ!」

 宇宙ドアが、叫び声を上げて飛び掛る。進は、臆しなかった。

 電気銃を放つと、宇宙ドアは火を纏って燃える。

 その次も、その次も、進は襲い掛かってくる宇宙ドアすべてを撃つのだ。博史がいくら強いといえども、頼るわけにはいかない。

 後ろから来る敵の追撃を進がしなければ、前と後ろ両方からの攻撃に対応できないのだから。そして二人の必死の攻撃が功を成して、宇宙ドアの数が減った時のことだった。

 頭上から、とてつもない重量感を以って後ろに何かが落ちてきた。

「やっと真打の登場か……」

 現れた敵。それは巨大な宇宙怪獣。宇宙掃除機である。

「進。こいつがボスだ。こいつさえ倒せばこの戦いは終わる!」

「勝てばもうゴールなんだね!」

「ああそうだ! お前はよくやったよ。イレギュラーな事態を起こして見事に成しえてみせた!」

 そう言って、博史は出る。宇宙掃除機へ立ち向かうつもりだ。

 進は慌てて博史と共に歩もうとするが、阻まれた。

「この大きさだとお前には無理だな。ここは父ちゃんに任せとけ」

「だめだよ! ぼくも戦うよ!」

 博史は、進の肩にポンと手を置いて下がらせる。進は、大人しく博史の言うことに従うしかない。

「進。お前は俺の合図で走れ。そして先頭車両の車掌室に入るんだ!なに心配するな! こんなオンボロ掃除機、父ちゃんの手にかかれば一撃よ!」

 博史は本気で一人で戦うつもりらしい。確かに、これだけ大きすぎると進には敵わない。むしろ足を引っ張る可能性がある。

 そして、博史が合図した。

「三、二、一、走れ!」

 進は走った。博史が何をしているのかは振り返らない。

 その時だった。ガコンと大きな音がして、進はよろけてしまう。

 何が起きたのか分けが分からず、後ろを振り返ってみると。

 博史と宇宙掃除機を乗せた車両が、切り離されていたのだ。

 切り離された車両は、みるみるうちに遠ざかってゆく。

「お父さんっ! 行かないで!」

 父が離れていくのだ。真っ黒な宇宙へ消えていくのだ。

 進は手を掴むことができないと知っていても、走り、手を伸ばす。

「じゃあな、お前はお前の道を行けよ!」

 博史と宇宙掃除機を乗せた車両が、脱線し宇宙の彼方に、消えた。



 結局、不仲だった進と博史が和解し、共に行動できたのはわずかな時間だった。博史は進の背中を押すために、自らを犠牲にして宇宙の彼方に消えたのである。

 進は、失意の中一両だけ少なくなった宇宙電車を走らせる。

 並走して、宇宙電車を護衛してくれていた宇宙船団はいなかった。

 進が、もう宇宙怪獣の群れは抜けたから護衛は必要ない。それよりも消えた父の捜索をお願いします。と、頼んだら、宇宙船団は団長博史の捜索に入ったのだ。あの博史のことだから、宇宙の彼方に消えてそのまま死ぬなんてことはないだろう。

 宇宙掃除機との戦闘で重症を負ってないかを心配するのみだ。

 もう乗客には危険は去ったので、後は終点に向けて走るだけだと言ってある。終点に着き、その先に皆が望んでいる誰も知らない世界が待っているとだけあって、車内は神妙に静まり返っていた。

 そして、進が宇宙電車を走らせ続けるとついに見えてきた。

 線路が無い。そして、宇宙電車を停車させる装置がある。

 進は宇宙電車のスピードをゆっくりと落とし、そして停車させた。

「みんな、終点に着いたよ。宇宙服着て降りよう!」

 進は宇宙服を着て、宇宙電車の外に出る。乗客もぞろぞろと降りてきた。進は、真っ先に真里の元に駆け寄るのだ。

「進。やったね! この先に誰も知らない世界が待ってるの?」

「そうだよ。ここまで来れたのは真里のおかげだから。ぼく一人じゃどうしようもできなかった……。だから感謝してるよ」

 真里は、この上ない笑みを浮かべてくれた。

「じゃあ行こっ! 私、知らない世界を見てみたい!」

 真里は無邪気だ。だって、ずっとずっと宇宙の果てだけを見て知らない世界へ向かうことを望んでいたのだから。

 真里は、長らく続いた窮屈な宇宙電車生活から解放された乗客と、エネルギー有り余るこども達と並び宇宙空間を浮いて進むのだ。

 進は知る。真里は、進と二人だけの閉ざされた世界など最初から望んでいなかったのだ。常に、世界へと意識を向け夢を見続けていた。たくさんの乗客と出会い、共に過ごし彼らのために尽力することを望んでいた。

 なのに。進はそんな真里を引き止めていたのだ。

 真里が広い世界を夢見て、自分以外の誰かの元へ向かうことが恐ろしかった。そんな進を受け止めて、優しくしていた真里は何と大人なのだろう。進は己の幼さを恥じるしかない。

 だが、そんな幼さも今日まで。進は全てを受け入れる決意をした。

 もう真里が知らない世界でどこかへ行ってしまってもいいのだ。

 真里は真里だ。進が真里の運命を掌握などできなければ、どうのこうの言う監督責任も保護責任も無い。

 そして、皆で歩いていると宇宙電車から遠ざかり、電車周辺を覆っていた酸素のある領域からも離れた時のことだった。

「ぎゃっ! 何? 透明で何か見えないものがあるよ!」

 進が歩いていると、何も無いのに突然ぶつかったのだ。

 進はわけがわからず、手のひらを前に突き出してみる。

 すると、硬い感覚がして手が止まった。進はすぐに気づくのだ。

 透明な何かにぶつかったのではない。真っ黒な宇宙空間と同化するように、黒い壁が目の前を覆っているのである。

 大人達が言っていた、宇宙の果てにある行き止まりだ。

「みんな、着いたよ……。旅は終わったんだ。この壁の向こうに、みんなが望んだ知らない世界があるんだ……」

 その瞬間、乗客達は拍手してくれた。嬉しくて泣きそうになる。

「よくやった……。我々を守ってくれてありがとう!」

「頼もしい子ね。最後まで投げないでやりとげたんだもの」

「お兄ちゃんありがとう!」

 乗客の人々が、感謝の言葉を告げる。二人だけの閉ざされた世界を脱出した先に、皆から愛されるこの瞬間が待っていた。

 進は自分の心に勝ち、事を成しえたのだ。

 この旅で進は変わったかといえばそんなに変わっていない。

 たぶん、これからもゲームにアニメにはまり、女の子に依存するだろう。だが、この旅で得た欲へ抗うということさえあれば、進は依存の中から何かを見つけ、何かを成せるに違いない。

 さあ、たどり着いたのだから壁が開くなりしてなんらかのアクションがあるはずだ。そう期待していた進だったが。

 動きがあったのは、壁ではなかった。真里の方だ。

「わあ、私光ってる!」

 突然真里の姿が、光り出した。そして、彼女の姿が幽霊のように半透明になってゆく。どういうことかと、進は慌てて駆け寄る。

「喜ばないでよ! 真里、消えてるんだよ!」

「悲しまないで……。私、お別れの時が来ても悲しくないよ?」

 頭上から、何者かも分からない声が聞こえる。

「私が説明しましょう。その子は殺された死人です。私がかりそめの命を与え、ここに来れるかどうかあなたを試す試練そのものにしました。彼女が宇宙中に存在しない異様な力を使えるのも、私が与えた、男を殺す絶対暴力の力です」

「あなたは誰?」

「壁の向こうにいる存在であり、「銀河美少年青春電車の旅」と名づけられた計画の発端となった者です。あなたが遭遇した時間ループ現象も私の仕業。あなたはループを見事脱出しました。宇宙の行き止まりにある壁はあなたによって開かれるのです」

 今はそんなことより真里の方だ。消えていく真里に納得できない。

「死人ってどういうこと? 真里は生きてたよ! 死んでなんかいない!」

「あの墜落した宇宙船の中で、私殺されちゃった。でもあの人が助けてくれて、ほんの少しだけ時間を貰ったの。進、楽しかったよ。私、幸せだったよ。だから思い残すことなんてない。私はもう進とさよならしなきゃ!」

 進は、感情的になって真里の手を引っ張ろうとする。

 だが、透明になる真里に触れることはできなかった。空振りする。

 真里が、己の手の内を離れてもいいと決意したのに。

 いざ別れを告げられると、こどもに返って受け止められなくなる。

「消えちゃだめだ! ずっと一緒にいよっ! ぼくには電気銃だってある! もう変なオッサンに真里を殺させたりしないから! また綺麗なお洋服だって買ってあげるよ! だから、消えないで!」

 それでも、真里が消えるのは止まらない。進は後悔さえした。

 宇宙の果てに向かうのを諦めて、真里と楽しく時間ループを繰り返していればよかったかもしれない。

 そうすれば真里は消えないのだ。だが、大人になるためには真里を諦めないといけないのだ。さよならしないといけないのだ。

 道を選ぶということは、選ばなかった可能性が切り捨てられ、失うものは失って消えていくという心の痛む決断だった。

 そんな悲しみに打ちひしがれる進を、真里は笑った。

「あなたはこれから何十年って生きて、中学生にもなる。たくさんの人と出会って、キレーな女の子を好きになったりもするのに、もう十二歳でずっと一緒にいる人を決めるの? それは早すぎるでしょー。私はただの十歳のこどもだよ? あなたが求めるほどたくさんのもの持ってないよ? それでも、あなたはずっと私と一緒にいたいの? それっておかしいっ!」

 進は、馬鹿にされてる気がしてめずらしく怒る。

「馬鹿にすんな! それでもずっと一緒にいたいんだよ! 真里に消えてほしくないんだよ!」

 そんなことを言われて、尚も進の気持ちを否定する気はないらしく、真里は進に対して言うのだ。

「もう、しょうがないねー。私が消えても、ずっと一緒にいられるおまじないかけてあげる!」

 消えゆく真里は。進の唇を、奪った。

「私を助けてくれてありがとう! お兄ちゃん、大好き!」

 その言葉を最後に、真里は消えた。

(ぼくは、なんてバカなんだろう……。たかが小学校の卒業じゃないか! そんななんでもない別れを何惜しんでいたんだ!)

 進の心から、迷いがなくなる。壁の向こうへ進むことを、決めた。

 それと同時に、声が降り注ぐのだ。

「おめでとうございます。新世界への扉は、今開かれました」

 その声と共に、宇宙の行き止まりであった壁の一部が光を放って消えていくのだ。進と乗客は、その光を目の前にした。



「船長! 無事でしたか! お怪我は!」

 博史を発見した船団の人員が、博史に肩を貸した状態で見事宇宙船に帰還する。博史は宇宙掃除機に勝ったのだ。

「だっはは、あいつが傷つくのに比べたら俺の腕のが一本折られた程度なんぞ軽いもんよ! それより進はどうなった? 宇宙の果てにたどり着けたのか?」

「今、通信を試みて返信を待っているところです!」

 その時だった。船団の一人が、無線通信機を持って博史の元に向かってくるのだ。

「船長! 連絡が取れました! 息子さんからです!」

「何? 貸してくれ! 俺が出る!」

 博史が慌てて無線通信機を受け取ると、博史は呼びかけるのだ。

「もしもし、進か? 父ちゃんだ! 壁の向こうに着いたんだろ?そこから何が見える? 何があるんだ?」

 無線機から、ノイズ混じりに進のかすれた声が返答した。

 洗面所の向こうに、何があったのだろう。

「ぼくの前に、未来が広がってるんだ。ぼくは、何だってできる。何にでもなれるんだ……」

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ロリループギャラクシー @ni-pyo

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