Day2 土曜日、ドタキャン。

ピピピピ・・・ピピピピ・・・。


「…んー……」


目を閉じたまま手探りで目覚まし時計のアラームを止める。

時刻はちょうど9時をさしている。

智史はひとつ伸びをすると布団を蹴って起き上がった。

寝ぐせのついた髪を撫でながら洗面所に向かう。

鏡にうつる冴えない表情。智史は深い溜め息をついた。

昨夜も遅くまで残業していたからか体も頭も重い。

こんな日は昼までダラダラと寝ていたい。

しかし今日は実可子と約束があるのだ。

先月末にオープンしたショッピングモールに行ってみたいらしい。

まだ眠い目をこすりながら歯ブラシに手を伸ばしたその時、スマホの通知音が鳴った。

実可子からメッセージだ。


『おはよう。起きてる?朝起きたら熱っぽくて…。今日なしでいいかな?また来週にでも。ごめん!』


歯ブラシに歯磨き粉をたっぷりとつけ、片手で歯を磨きつつもう片方の手で素早く返信メッセージを打つ。


『今起きたとこ。大丈夫かー?熱高いなら病院行っといたほうがいいんじゃん?早く良くなるといいけど』


送信した途端に既読マークがついた。

智史はスマホをズボンのポケットに突っ込みガシガシと歯を磨き続けた。

鏡にうつる表情が心なしか明るい。

そんな自分に驚いて思わず歯ブラシを持つ手が止まってしまった。


そう、実可子のメッセージを読んだ時に沸いてきたのはたしかに安堵感だったのだ。


その事実をかき消すように智史は勢いよく蛇口を捻った。

ジャアジャアと流れる水の音を聞きながらふとあることに気づく。

いつも実可子はメッセージを送ると必ず返信をしてきた。

一言なりスタンプなり、とにかく実可子のターンで終わるのが長年の二人の“いつも通り”だった。

ポケットからスマホを取り出し確認してみたが、既読がついたところでやりとりは終わったままだった。

ゴボゴボと排水口に吸い込まれていく水とともに、実可子との関係もどこかへ流れて消えてしまう気がして智史は慌てて蛇口を閉めた。


◆◆◆

オープンからまもなく1ヶ月が経とうとしているが、この地域待望のショッピングモールとあって店内は多くの人で賑わっている。

ひと通りショッピングを済ませた実可子は、ランチタイムの喧騒が過ぎた頃を見計らい、お目当てのパンケーキ店で席についたところだ。

甘い匂いに包まれながらメニューを眺めていると、なんだかすごく久しぶりに自分が少しときめいているように感じた。

たっぷりのクリームと大好きなマンゴーで飾られたパンケーキセットをオーダーして一息つくと、実可子は自分のおでこに手を当てた。


熱は、ない。

いや、起きてすぐは本当に頭痛もしたし、うっすら熱っぽさも感じたのだ。

だから智史にキャンセルの連絡をしたのだ。


心の中でなぜか必死に弁解している自分が滑稽で実可子は肩をすくめた。

昨日の夜、紗織と尚希と別れたあと、どうにも智史に会う気がしなかった。

だから今朝起きて頭痛がした時、正直ラッキーだと感じてしまった。

本当に具合が悪ければ罪悪感なく断わることができるからだ。

そして断っておきながらなぜか一人でここへ来てしまった。

なんとなく、いつもと違うことをしたい気分だったのだ。


智史も今日私と一緒にパンケーキを食べたかっただろうか?

約束がダメになって残念に思っただろうか?


いつの頃からか智史からはあまり連絡をくれなくなり、実可子は寂しさを感じるようになっていた。

仕事で忙しいとか元々マメなタイプではないとか理解しようとしても、電話ひとつで紗織のためにすっ飛んでくる尚希の姿を目の当たりにしてしまうと、羨ましさで心が埋め尽くされてしまうのだ。


「お待たせいたしました」


大きなプレートがゴトッとテーブルに置かれて我に返る。

こんもりと盛られたクリームとキラキラに艶めくマンゴーのハッピーな雰囲気が今の自分にそぐわない気がして途端に気恥ずかしくなった。

はしゃぎながらパンケーキを写真におさめる隣席の女子たちを横目に、実可子はフォークとナイフを手に取ると一気にクリームの山を切り崩した。

無心でパンケーキを口に放り込みながらグルグルと考える。


私、あの時、尚ちゃんを選んでいたらどうなってたんだろう。

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ハイヒールを脱いだら @umineco

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