確かな否定論Ⅴ

教室に戻ったわたしは、二人に散々ピアノの話を聞かされた。幸い、弾いたのが氷柱ちゃんじゃなくわたしだったということに気づいた人は誰もいなかった。わたしはホッとしていた。そして放課後、講堂に向かうと扉の前に氷柱ちゃんが封筒を抱きしめながら待っていた。そしてわたしに気づくと、沈んでいた顔をパァと笑顔にしてわたしに近寄ってきた。

「先輩、来るの遅いです。待ちくたびれました」

「え・・・そう、ごめんね。もう大丈夫なの?」

「はい。今はもう大丈夫です、朝は心配お掛けしてすみませんでした」

礼儀正しく謝る氷柱ちゃんにわたしは少し安心した。

その後、氷柱ちゃんはわたしに言ってくれた。

「今日の先輩のピアノ、素敵でした。なんだかわたしより上手じゃないのかなーって嫉妬しちゃうぐらい。また聴かせてくださいよ、今度は音楽室で」

恥ずかしくなるぐらい真っすぐな感想にわたしは照れてしまった。

「そんなことないよ、普通だよ。ただ弾けるってだけだから」

そんなわたしの様子を見て、氷柱ちゃんは持っていた封筒をわたしに差し出してきた。そして照れくさそうにして

「あの・・・これ、先輩にあげます」

渡された封筒を手に取ると、中には紙の束が入っていてその中の一枚を取り出すと音符がぎっしりと書かれている楽譜があった。それは今日の講堂で、氷柱ちゃんの代わりに弾いた曲の楽譜の一枚だった。わたしは驚き氷柱ちゃんに確かめた。

「あげるって・・・これ、氷柱ちゃんの考えた曲じゃ・・・」

「はい、そうです。けどわたしには似合わないですから」

「そんな大事なものもらうわけには・・・」

遠慮しようとすると、氷柱ちゃんが理由を顔を真っ赤にしながら教えてくれた。

「先輩が弾いてくれたとき、この曲が・・・すごく好きになったんです。わたしじゃなく先輩が弾いた方が、この曲が生きている気がしたんです。なんだかすごく恥ずかしいこと言ってますね」

そうして氷柱ちゃんはわたしに楽譜をくれた。

氷柱ちゃんは、恥ずかしそうに講堂の扉を開け先に入ろうとした。そしてわたしに背を向けながら悪戯っぽい笑顔で

「その曲にさっき題名を付けたんです。”ベルフラワー”って先に行きますね先輩」

わたしはただ立ちつくし、手にした楽譜をもう一度見て

「感謝・・・かぁ」

と小さな声で呟いた。そうしてわたしの講堂の中に入っていった。

片付けは意外とすぐ終わり、この後どうするという話になりわたしは氷柱ちゃんに一緒に音楽室に行かないと誘われた。琴音ちゃんと城乃くんは自主練と言ってどこかに行ってしまった。自主練って何処でするものなの?と安易な質問を近くいた氷柱ちゃんにすると、あっさり

「地下にある競技場だと思うよ、聖黎祭の開催地。あそこ結界が張っているし広いから武器使用の練習にはもってこいだから。プランセースは魔法練習ぐらいだからその辺の草むらで出来るし」

「なんでシュヴァリエの人達って放課後いつも自主練ばっかりしてるの?プランセースはそんなにしてないよね」

そう思っていたことを口にすると氷柱ちゃんは平たんな口調のまま

「個人の理由だと思う。何かを守るために早く強くなりたいとか・・・。自主練してるのはシュヴァリエの全員って訳じゃないし、例外も少なからずいる。プランセース側は・・・なんていうか自分自身を守れる力があれば良いって感じな所があるから、その辺の違いは大きいかも先輩は・・・どっち?」

いきなりの質問にわたしは戸惑い

「わたしは・・・どっちかな。けど・・・自分を守りたいとは思ったことないかも、ずっと守られていたって感じだったから」

わたしの回答に氷柱ちゃんも慎重な顔になって

「・・・、わたしは自分のすべてを守りたい。わたしの全てを誰にも渡したくない、たとえ世界であっても」

「せか・・・い」

氷柱ちゃんの言葉にわたしは何も言えなくなって黙ってしまうと、音楽室の前についていた。放課後で静かな場所。誰もいないのは明らかだった。私と氷柱ちゃんの二人っきりになり、わたしは音楽室の扉を開けようとすると氷柱ちゃんが一言、重い言葉をわたしに放った。


「わたしはこの学園せかいに来る前、聴力を事故で無くしたの」


静かな廊下に氷柱ちゃんの言葉が響き渡った。

「聴力・・・音が聞こえないってこと、だよね」

わたしはその言葉の意味を理解はしているが、氷柱ちゃんの表情は苦しそうだった。

「そう、何も聴こえない。無言の世界、ピアノを弾くのが大好きだったわたしは絶望した。そして世界を恨んだ」

「事故・・・なんだよね」

そう聞くと、氷柱ちゃんは首を振り

「事故だけど・・・あんな夢の話、誰も信じてはくれなかった」

「夢・・・?」

氷柱ちゃんは陰りを見せた顔でわたしに言った。

「わたしは夢の中で音を奪われた」

氷柱ちゃんの言葉にわたしは意味が分からず、何も言えなかった。

そうしていると氷柱ちゃんは、泣きそうな声でわたしと同じ言葉を口にした。

「だからわたしは、世界を否定してやったの。命を使って」

「・・・自殺?」

「しようと思ってた。だけど・・・そんなとき神様がわたしの前にいたの。そしてこの世界に来てわたしは再び音を取り戻した」

神様が現れた、それですべてわかってしまった。自分と同じなんだと。

そうして氷柱ちゃんは音楽室の中に入り、棚から楽譜を取り出しピアノに座り静かに弾き始めた。わたしはただその様子をずっと近くでただ見つめていた。そして軽く三曲ぐらい弾き終わると氷柱ちゃんすっきりした様子でわたしに話しかけた。

「次は先輩の番です、聴かせてください。曲は何でもいいですからそこの棚に楽譜、結構な量ありますから」

「・・・ん、わかった」

わたしは仕方ないなという感じでいたが、正直気分はよかった。そして、棚に手をかけ楽譜をパラパラと見ると気づいてしまった。

「あれ・・・この曲」

わたしは不思議に思い、棚に置かれている曲を片っ端から見ていった。その様子に氷柱ちゃんは不審に思い

「何してるんですか・・・先輩。そんなに見て」

わたしは氷柱ちゃんの言葉に手を止め、手にした楽譜を再び棚に戻し

「全部・・・知ってる」

そう静かに答えた。

「知ってるって・・・まさか全部弾けるんですかっ」

氷柱ちゃんは驚きの声でわたしを揺さぶった。

「多分・・・家に全部、楽譜あったと思うしあるならきっと全部弾いてる・・・はず、絶対」

わたしは思い出していた、家にある大量の楽譜。暇を持て余していた間、わたしはその楽譜をむしゃくしゃしてすべて弾き切った。何度も何度も、おそらく暗譜するぐらい。頭で覚えていなくても、指の感覚や音ですべて覚えている。この棚にある以上の曲を。わたしは過ぎていた時間に対する事実にすこし寒気がした。

わたしが口を閉ざすと、氷柱ちゃんが気を使ったのか

「先輩も不思議な人ですね、そろそろ帰りますか」

と、励ます意味を込めたのか優しく微笑んでくれた。



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幻想のアリア 淡莉 @fraisecandy

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