第4話 私の運命を変えた或る中国人学生との出会い(1)

 前述した内容から理解されると思うが、私は母の胎内にいたとはいえ、母を通じて中国の食べ物や飲み物を通じて中国の大地から栄養分を吸収するとともに、母の胎内から中国のいくつかの都市や農村の風景、さらに加えて当時の中国人の生活までもおぼろげながら見ていたのである。

 そうであるがゆえに、私の性格が、幼い時より何事にもほとんど動じない中国人的性格をもっていたことや、何がしかの中国との繋がりが、その後の私の人生で、しばしば生じていたことに些かの不思議もなかったことが理解されよう。


 私の名はM男であるが、父によれば、中国大陸の忘れ形見であり、さらにまた多くの人々と直ぐに親しくなれるような逞しい男に育って欲しいとの願いからM男と名付けたとのことであったが、父の願いとは裏腹に、人に対する好き嫌いの激しい男になってしまったことの主たる原因が、そもそも私の両親にあったことは、亡くなった両親も解っていたと思う。

 私と両親の僅かに異なるところは、私を騙すことが、なかなかに難しい所にあるのではないかと考えるが、それでも振り返ってみれば、私も両親ほどではないけれどもよく騙されたものである。でも、両親の口癖であった騙すよりは騙される人間の方がいいとか、お金を簡単に借りるような人間よりも貸す方の人間がいいとか、さらにまた、嘘つきより嘘をつかれる方の人間がいいという言葉を思い出すごとに、それもそうだとよく思ったものである。


 私は大学時代、3年次より2年間、貿易実務のゼミに所属していたが(この時期に、私の人生を決定付けた、数学に滅法強く、大学の教員になるという強い意志もったS君ー現在、H外大を定年退職し、悠々自適の生活を送っているーと巡り合い、彼は、中学か高校の先生になる夢を持っていた私の気持ちを、彼と同じ方向に向けさせてくれたのであるが、彼がいなければ、現在の私はなかったと常々、感謝している)、それに飽き足らず、当時、日本でも有数の国際金融論の専門家であったKゼミにも聴講生として参加を許され、以来、大学卒業後の8ヶ月をN協会で貿易実務の手続を仕事として覚えたにもかかわらず、神戸にある大学院では修士(2年間)でも、研究生(1年間、これは、6人の修士の同期の中で、私1人が鹿児島にあるK大学に就職が決定したために、鹿児島に赴任する一方で、5人の彼らは、就職口がなかったために、やむを得ず博士課程に進学したが、この時、当然のことながら、私の机やテーブル等の私の持ち物は、すべて彼らに渡していた。所が、鹿児島でマンションも見つけ、挨拶回りが終わった頃に、教授会で決定した私の人事が、理事会では、第1位から第2位に落とされ、私は就職できないという、私の人生で2回目の不運に遭遇することになったためにー1回目の不運は、高校受験の失敗であるー、再び神戸に戻らねばならず、不承無承にも博士課程の試験は既に終わっていたので、研究生という身分に甘んじなければならなかったが、この不運こそが私に運命の「ミス神戸」と引き合わせることになろうとは、誰が想像できたであろうか?

 勿論、神戸に帰ってからは、渡していた荷物はすべて返してもらう一方で、貰っていた餞別は、恥ずかしながらすべて返させて頂いた事は言うまでもない)でも、そして博士課程(6年間、これは、5人の同期が、調子よく博士の3年間を修了して就職して行った一方で、私には行く当てがなく、とうとう最後の6年まで在籍し、当時の不名誉なオーバードクター第1号を記録し、後輩達が私のことをK大の主としてひそひそ話する声を隅の部屋でよく聞いたものであったが、実に悲しく侘しいものであった)でも国際金融論を研究したが、為替問題の泥沼や高等数学の難解さの壁にぶち当たり、いつの間にか何かの因果でもあったのであろう(もちろん、当時は気付かなかったけれども、前に述べたように強い因果があったのである)、中国の政治問題や経済問題に強い興味を覚え、多少の自信がついた頃に(興味のあることは、何でもとことんやってみることが重要であり、それがいつの日にか花を咲かせることがあるものである)、太宰府にあるD大学や折尾のK大学で、中国経済論や日中貿易論を担当するようになり、とくに折尾のK大学で数年経った或る日の授業終了後に、予想もしない事態が発生したのである。

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