第9話 怪我の功名と三途の川
第9話 怪我の功名と三途の川
ここはどこなんだろう?
そして、私は、何をしているんだろう?
何も見えない真っ暗闇であり、五体を触ってみると、目には見えないが、ちゃんとそろっているが、その五体さえ見えないのである。
何も見えない暗闇の中を私は、ずっとさまよっているようである。
今までに、こんな世界を見たことは、1度もない。
どんなに進んでも、全く距離感も道の凹凸もないのである。
歩いているのだけれども、地面の感触は全くなく、ふわふわと空中に浮きながら、足をばたばたさせているような感じである。
空中を私は、飛んでいるのだろうか?
何も見えないので、逆に、ひょっとすると私の目が見えなくなっただけなのかもしれないという恐怖感もあるが、いやいや、決してそんなことはないはずである。
でも、よくよく見ると、私の目から私自身さえも見えないのである。
本当に真っ暗闇である。
そのうちに、遠くの方に、微かに明かりのようなものが見えてきた。
私は必死でその方向へばたばたと飛ぶように歩を進めるが、なかなか近付いてはくれず、でも、何か音のようなものが聞こえてくるようである。
あー、この音は、どこかで聞いたことがある音である。
そうだ!、川の流れる音だ!
必死になってふわふわしながら走って行くと、だんだんと明かりも増し、川の流れる音もはっきりしてきた。
そして、とうとうその川岸に辿り着いたのである。
その川は、なかなかに大きな川である。
対岸が全く見えないほどの大きな川である。
川岸には、ボートのような小さな舟が係留され、どうも1人の船頭さんが乗っているようであり、私を指差して何か叫んでいるようであるが、その声は私には、何故か全く聞こえないのである。
どうも、早く私に舟に乗るように言っているようである。
でも、この舟に乗ると、どこへ向かうのだろうか?
思案していると、何と、船頭さんが舟から下りてこちらへ近付いてくるではないか!
私の傍へ来ると、彼(どうも男の人のように見えるけれども、その顔がはっきりせず、どうものっぺらぼうのようである)は、私の手を引っ張り、舟の方へ連れて行こうとするのである。
「その舟は、どこへ行くのですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
口を動かして何か言っているようであるが、私には全く聞こえないのである。
なかなかに力が強そうであり、どんどん私を、引っ張って行くのである。
その時、後方より何か久しぶりに聞いたことのある声が響いてきた。
「パー!パー!どこに・・・・・・・?」
その声が、だんだんとはっきりしてきた。
「パパー!パパー!どこへ行くの?早くこちらへ帰ってきてー!」
そうだ!これはあのベターの声ではないか!
でも、何で向こうから叫んでいるのだろうか?
さらに、声が一段と大きくなって聞こえてきた。
「早くこっちへ帰って来てー!お願いだからー!」
これは何かの重大な用事が私にできたようだ。
早く戻らねばと考え、彼が握った手を強く振りほどこうとすると、不思議なことに、一瞬にして彼の姿は消え去り、小さな舟だけが一艘、川岸に見えるだけである。
私は、必死になって、ベターの声のする方向へ向かって反転し、足をばたばたさせると、その声がどんどん大きくなってきた。
何か明かりのようなものが見えるが、この明かりは、私が前に見た電灯のような薄暗い明かりではなく、太陽のようなまぶしい明かりである。
ベターの顔も見えるではないか!
笑っているようでもあるが、いやいや、目には涙を浮かべている。
気がついてみると私は、我々家族5人が住んでいる医学院の隣にある大連第一人民病院のベッドに横たわっていた。
傍には、誰であったのかは覚えていないが、T大の関係者がおり、私が意識を失ってからの様子を詳しく話してくれたが、その話によれば、倒れた私は、先ずT大の医院に運ばれ、血圧が測定されたが、上が200を超え、下も130ぐらいに達し、非常に危険な状態であると判断(T大の中には医院があり、いくつかの科もあったが、そこは通常、軽い風邪、怪我および慢性的な病気などの軽い症状専門の病院であり、私も、それまでにしばしば行ったことがあったが、場合によっては、診察抜きで症状を聞いただけで薬を処方することも度々あり、特に驚いたことは、男性の医者を見ることはほとんどなく、さらにまた、医者である彼女たちの最大の関心事は、診察ではなく、私に子供が何人いて、男か女かとか、現在、どれ位の給料を貰っているのかとか、日本での給料はどれ位だったのかとか、自分には子供がいるけれども、日本への留学の可能性はあるのか等等、極めて現実的な質問を目を輝かせながらされたことをよく覚えている)された後に、第一人民病院へ運ばれたとのことであった。
それから、しばらくすると、T大の数人の領導者達(指導者達)が私の見舞いに来てくれたが、その中には、私が倒れる寸前まで私と話をしていた外交担当のR副学長がおり、優しく笑みを浮かべながら私の手を握って、英語で「先生の言うことが正しく、先生の言う通りにしますので、安心して療養して下さい!」と言ってくれたが、最初は、頭がぼうっとしていて彼の言っている意味が理解できなかったが、しばらくして私が倒れる最後の場面が甦り、有り難うございますと言いたいのだけれども、言葉にならず、ただただ彼の手を強く握り返すことしかできなかったが、私の目からは、その時、溢れるほどの涙がどっと頬を伝わって流れ出るの感じた。
その後、見舞い客も途絶え、少し私も寝たようであったが、気が付いてみると、私のベッドから少し離れた所で、数人の男の医者達が、円陣を組むかのような形になって何かを話し合っている様子だったので、聞き耳を立てて聞いてみると(この頃には、多少、中国語が理解できるようになっていたのである)、どうも私の事を話しているようであった。
「レントゲン写真には、異常は見られないけれども、CTではないから、100パーセント、問題なしとは言えないね!」
「意識は、戻ったようだけど、言葉が出せないようだね!」
「手足の麻痺も、どうもあるようだしー。」
「思い切って、頭を切ってみようか?」
「それしかないだろう!」
どうも、私の容体や処置の仕方について話しているようであり、さらにまた、大変な手術にもなりかねないような内容であるが、私の体は、どうしても私の意思通りには動いてくれないのである。
話し合いは、まだまだ続いている。
「ーーーーーーーーー?」
「ー!?!」
「ーーーーーーー?」
「ーー!??!」
「ーーーーーーーーーーーーーーー?」
「ー!?!」
「ー???」
「ー!!?!!」
その時、信じられないことが私に起こったのである
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