第8話 謎の怪人「M氏」の正体とT大からの恐ろしい提携条件

第8話  謎の怪人「M氏」の正体と、T大幹部からの恐ろしい我が大学との提携条件



 M氏を探し始めてから1週間位、経った頃だろうか、印刷会社のI社長から電話を頂き、封筒の消印が「ーー街」であることを知ったが、これは私が住んでいる地域と同じ所であり、何と彼も私の生活のエリアに居住しているとは、一体、何の因縁だったのだろうか?

 ひょっとすると、街ですれ違ったこともあるかもしれないM氏なのである。


 しかし、そこからが消息がなかなか究明できず、誰に聞いても知らないとの返事ばかりで、もうどうしようもなく時間ばかりが過ぎていくだけで、まさに暗礁に乗り上げてしまったような状態になったが、領事館や各県の日本人県人会等々への照会の結果、どうもその名は、ペンネームではないかとの結論に落ち着いた。


 家族5人の中で、私を除く4人は大連の生活に溶け込み、それぞれの楽しみ方も覚え、徐々に一般の中国人と同じような生活をするようになっていた頃、何故か、私だけが寝付かれず、異常に興奮した日々をすごしていた事をよく覚えている。


 私の両親が、本態性高血圧症で血圧が高く、降圧剤を飲み続けていたにもかかわらず、結局、倒れてしまい、手足が不自由になったことは知っており、私自身も同じようになるだろうとは思っていたが、その当時、まだ若い私自身の本態性高血圧に関する知識は浅く、ただただ、興奮した日々が長く続いたことを覚えている。


 或る日、ベターの止めることも聞かずにラジカセを2台(カラオケ専用とマイク専用)持って、近くの海岸へ行き、2台のラジカセを左右にそれぞれ置いて(ステレオの積りである)、海に向かってカラオケに合わせて大声で歌ったり(しばらくして気が付いてみると、私の後ろに20人から30人の中国人の人だかりかできていた)、また或る日は、ちんちん電車の線路の直ぐ横で、空手の型の演舞をしたり(電車に乗った中国人が、吃驚して窓から身を乗り出して私を眺めていた)したこともあったが、何故かその時は、ベターは、私のするがままに任せていたようであるが、恐らく多少は、私の異常さに気が付き、止めても仕様がないと諦めていたのだと思う。


 それから数日後、どうも気分がすぐれないために学内にあるT大の医院で血圧を測ってもらったところ、上が180位、下が100位の数値が出て、医院から処方された降圧剤を服用するようになったが、まだまだ本調子には程遠い気分であった。


 はっきりとは記憶していないが、或る日の午後、郵便局で後方から強く私の背中を叩く人がおり、何か大声を出していることに気がついたが、その人物がベターであることが解るまで、結構、長い時間がかかったことは覚えている。

「パパー!パパー!何をしているの?」と叫んでいるではないか!

 私が、我に返るまで、何が一体全体起きたのか、さっぱり解らず、また、ベターがそこにいることも何とも不思議であったが、ベターの話を聞いて、ようやく事の顛末が理解できたのであった。つまり、その日の朝から私の行動がおかしく、ずっと注意深く観察していたが、昼食後、しばらくすると私がベターに何も言わず、大き目の封筒を1つ持って出かけたので、こっそりと後をつけてみると郵便局に入って、その封筒を受付に出したと言うのである。

それから、それとなく封筒の宛名を覗いて見ると、I印刷(あの日本人向け雑誌の印刷屋である)と書かれていたというのである。


「幽体離脱」と言う言葉は、聞いたことはあったが、なかなかに気味の悪い現象であり、勿論、そのような経験もなかったが、この私が、あのロバート・ルイス・スティーヴンソンの「ジキル博士とハイド氏」のような振る舞いを演じることになろうとは、夢想だにしたこともなかった。つまり、普通の姿が私であり、私を意識しなくなった私が「M氏」だったと言うことである。


血圧の高さゆえに生じた現象とはいえ、大変な事件を起こし、中国では当然のこと、日本でも大々的に報じられるような事件ではなく、誰にも迷惑を掛けることなく、内輪で収めることができたことは、本当に運が良かったと天には今でも感謝しているが、誓ってその後、同じような現象は2度と再び起きてはいないことをはっきりと申し上げておきたい。

 さらに、この頃からであるが、いつもではないといえ、また自分の意思とは関係なく、霊(特に背後霊)が見えるようになり(信じるか、信じないかは御自由である)、集中すると、かなり高い確率で霊の種類(良霊か悪霊かの区別)までも見分けられるようになったことを付け加えておきたい。

 特に、時々であるが、死霊(死神のことである)を背負った人に遭遇することがあるが、勿論、このことを当の御本人に伝えることは決してなく、遠く離れた所から合掌することしか私にはなす術はなかったけれども、風の便りによれば、すべての人が1年以内に死亡されたとのことであった(南無阿弥陀仏)。

 このように記すと、往々にして自分を見てもらいたいと言う人々が現れるけれども、私は他人の指図は絶対に受け付けない性分であることも承知して頂きたい。


 今から30年前の中国では、まだまだ、一般の中国人にとって外国人は珍しい存在であり、どこへ行ってもよく中国人に囲まれ、恐らく、これが日本での有名人の気持ちではないかとさえ感じたほどであった。

 さらにまた、日本では考えられないことが実現可能であったことも事実である。 例えば、私は、前に触れたように、日本人向けの雑誌に続々と投稿(実名とペンネームの両方で)し、一端の作家気取りを味わったり、また、毎日、家には多くの中国人のお客(そのほとんどは、T大の幹部であったが、中には他大学や企業の幹部の人も私の知人の紹介状を持って来ていたが、その訪問の目的には、さまざまな内容があり、詳細は今でも公表できないけれども、そのすべてが実に実利的であったことは言うまでもない)が訪れ、まさに日本で言えば、大物の政治家の屋敷そのものであり、そうであったがゆえに、当時のT大で私の名前を知らない人は1人もいないほどの有名人であったことを、よく知人から聞かされたものであった(30年後の現在は、当時の幹部のほとんどが要職を去り、私を知っている人が、だんだん減ってきていることは事実であり、以前に比べて融通がなかなか効かなくなったことは私にとって非常に残念なことではあるが、本学で、ただただ1回限りのK学部学部長(2年間)になったこと以外、何の要職にも長期間、就くこともなく、何の権力もない私が、長年にわたって権力を最重要視する中国人の現在の幹部にとって何の役にも全く立たず、利用価値のない人間であることは事実であるとともに、そのような行動が、ごく普通の中国人の行動パターンであることも熟知しているがゆえに、この現実をあるがままに受け入れざるを得ないことは致し方のないことである)。

 また、この時期には、さまざまな提携話を日本と中国のそれぞれの組織にもちかけ、例えば、次女の通うT大付属幼稚園と日本で通っていた幼稚園との姉妹提携(これは成功し、帰国後、T大の学長が、その幼稚園と提携協定を結ぶために訪問したのであった)や、大連では超有名校であるD大付属小学校が日本での提携校を探しているとの情報をA新聞社に持ち込み、日本では北九州の市内版に、でかでかと私の写真入りで掲載(これは、残念ながら手を上げる学校がなく、失敗した)されたりしたが、その中で、最も重要な提携話は、T大と本学との提携であった。

その当時、両大学は、ともに外国に1つの提携校もなく、両方への私の提携話は、とんとん拍子で進み、T大の幹部が本学を見学のために訪問すると言う所まで進み、訪問時の費用は、すべて本学で負担し、日程として、我が大学の見学後、関西や関東方面の大学も見て帰りたいとの要望があり、そのことを当時の本学の本部長(現在、K大学の理事長)へ電話で伝えたところ、奇妙な疑問の返事が返って来たのである。

「先生!まさか、費用は全部、本学に負担させながら、関西や関東の大学を見学して、そこに良い大学があれば、そこと提携を結び、本学との提携はないと言うことにはならないでしょうね?」

「そんなことは、あるはずもないと思います。そうであるならば、本学にすべての費用をもたせることは、全く理に叶っておらず、断じてそのような人の道に外れるようなことはないと確信しています。」

「まー、常識的には、そのようなことはないとは私も思いますが、念のため、確認をお願いします。」

「了解しました。」

そんな、人の褌で相撲をとるようなことはあろうはずもないと思いながらも、その一方で、もしもそうだったら、どうしようと考えながら、結局、私は、絶対にそのような事がある訳がないとの結論を自分の心の中で出していた。

数日後、T大幹部との提携に関する話し合いがT大でもたれ、一貫して非常に友好的な雰囲気の中で話が進められ、前に本部長から指摘された問題について、私から確認すると言う場面になった。

「日本での費用のすべてを本学が負担すると言うことになっていますが、それは、T大と本学が、これから提携するという大前提があるからですね?」

「いえいえ、それは違います。あくまでもK大は、九州での我が大学との提携候補大学の1つであり、関西では、R大学やO大学、そして関東では、H大学やT大学などを見学しようと考えています。」

「そうすると、提携候補大学の1校に過ぎない本学にすべての費用を負担させて、関西や関東の複数の大学を見学し、予定したすべての大学を見学した結果、提携校の結論を出すと言うわけですか?」

「その通りです!」

「それは、おかしな話ではありませんか?」

「どこがおかしいのでしょうか?」

「なぜ、他の大学は、費用の一部を負担しないのですか?」

「貴大学が、すべての費用を負担すると言っているからです。」

「本学が、すべての費用を負担すると言う意味は、私が一番最初に言ったように、T大が本学との提携を大前提とし、他の大学は、折角、日本へ行く訳であるから、参考までに見学するということであると理解したからであって、だからこそ、本学がすべての費用を負担するのは当然であると考えたからです。」

「まだ見たこともない貴大学を、どうしてT大の提携校の最有力候補校として考えねばならないのですか?いくつかの大学を見て回ってこそ、T大に一番ふさわしい大学を選ぶことが出来るのではないですか?」

「では、なぜ1つの候補校に過ぎない本学が、すべての費用を負担しなければならないのですか?」

「貴大学の方から、負担すると言っているからです。」

「それは、T大が本学を、提携校の最有力候補と考えていると我々が判断したからです。そうでなければ、本学が、すべての費用を負担することは考えられません。それから、ちょっと確認させて頂きますが、日本では、そのような行動を、人の褌で相撲をとると言いますが、中国では、どのように言うのでしょうか?それとも、中国には、そのような諺は、ないのでしょうか?いずれにしても、全く納得がいきません。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 その時、突然、どうも私の頭の中が熱くなっていき、ぐるぐると目が回るような感じがし、とても立っていられないような気分になり、とうとう、その場に倒れてしまったのであった。

ああー、とうとう、これで私は、死んでしまうのであろうか?ベターや子供たちにも会えずに、日本にいる兄弟や友達に別れも告げられずに、と考えているうちに、何かしら深い谷底に引き込まれて行くような気分になり、気を失ってしまったのであった。

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