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 僕らは十数分ほど車に揺られた。そのおかげで少しは落ち着くことができた。けれど、気分は最底辺のままだった。風景でも見て落ち着こうとも考えたが、全く頭の中に入らなかった。

 美雲が今どうしているのかばかり頭によぎる。どういう目的で拉致されたのだろうか。下手したら襲われている可能性だってある。また会いたいと言ってくれた子が今この時そんな目に遭っているなんて思いたくない。ただ、可能性の一つとしてどうしても頭から離れなかった。

 車内が突然暗くなった。

 どうしたのだろうと外を見ると、どこかの地下駐車場に入ったようだった。広い駐車場には、様々な種類の車が所狭しと停車していた。ほどなくそれらと並んで僕らも停車した。車のエンジンが切られると、僕らは車から降りた。そのまま室長の後ろを連れ立って歩く。エレベーターの前まで歩き、開くのを待つ。

 エレベーター横にポスターが張っていた。この駐車場の上に建っているビルの外観の写真のポスターだった。都会によくある高層ビルだった。いわゆるオフィスビルというものなのだろう。けれど、警察機関がこのようなオフィスビルに入っているものなのだろうか。

 柊二さんが下の階へと流れてくるランプを目で追いつつ尋ねる。

「このビルは、オフィスビルのようですけど駅に入っているような交番と同じようなものなのですか?」

 いつの間にか白衣を着込んだ室長は到着したエレベーターに乗り込み、『開く』のボタンを押した。

 どうして理科の先生が使っていそうな白衣を着ているのだろうか。

「違いますよ。私たちは追い出されたんですよ」

 登り出したエレベーターの中で、柊二さんは首を傾げた。

「追い出された?」

「ええ、私たちの課はちょっぴりやり過ぎてしまいまして各方面から目をつけられてしまったんですよ」

 反対方向へもう一度柊二さんが首を傾げた。

 真琴が呆れたように説明する。

 ランプは真ん中まで動いていた。

「室長や先輩らが超能力を馬鹿にされたからって、馬鹿にした課が何かしら駆りだされたら割って入って先に解決してたら追い出されたらしい」

 大人の喧嘩というのは本当に大人気なかった。なんだ大人はストップをかける人がいなくなるから、一度タガが外れると大人気なくなるのか。大人は全て素晴らしいという考えはとうの昔に捨て去ってはいたが、これはいかがなものなのか。

 まあ、聞いてて気分は良かったけど。

 室長がにこやかな顔で柊二さんに告げる。

「そのような経緯で追い出されたのですよ。もっとも追い出されたおかげで、よりよい職場に移動できましたけどね」

 ランプは、最上階一歩手前で止まっていた。

「ほら、着きましたよ」

 室長は『開く』のボタンを押し、僕らが外へ出るのを促した。

 エレベーターから出ると、幅が広い廊下が開けた。白と黒の大理石がチェック柄のように敷き詰められていた。真っ直ぐな廊下は間接照明をあしらっており、突き当りには大きな窓があった。そこから見える風景は四十九階からのものだからさぞかし見晴らしがいいものだろう。廊下の両側にはそれぞれのオフィスへと入るための扉があった。扉は木目調で高級感がそこらじゅうに漂わせていた。

 僕みたいな一般人には、受け入れがたい場違い感がある。体が拒んでいるといってもいい。

「どっちが君たちのオフィスなんだい?」

 雰囲気に飲まれずに柊二さんが真琴に尋ねる。

「どっちもだ」

 またも柊二さんは首を傾げた。

 真琴が念を押す。

「だから、どっちもだ」

 さすがに柊二さんも戸惑っていた。僕も同じく戸惑った。

 この高層ビルの最上階一歩手前のフロア全て貸し切りなんて、月の賃貸料は大変なことになるのではないか。僕らの血税はこんなところで浪費されていたのか。

 室長が「今はこっちです」と右側の扉へと案内する。扉の先には大きな一つの広間に扉がいくつも並んでいた。一つ一つの机には、それぞれ様々な物が並んでいた。化粧道具ばかりが置いてある机もあれば、書類が山となっている机もあった。その机の多さと反して、人は人っ子一人いなかった。

「どうして誰もいないんですか?」

 今度は僕が尋ねた。

 室長が適当な椅子に僕らを座らせる。

「いつもはもっと多くいるんですが、今は今朝から妙に事件が多発していてほとんど駆り出されているのです」

「ほとんど?」

 周りを見渡してみても僕ら以外人っ子ひとりいない。

 真琴がオフィスチェアに座り、足を組んでふんぞり返る。

「隣の部屋に二、三人残っているんだろう」

 そのまま続ける。

「室長、これからどうするんだ?」

「そうですねえ、真琴くんは二人にお茶でも出してください」

 椅子の背もたれから離れ、不快を顔に出して前傾姿勢になる。

「どうして私がそんなことしなければならない」

 室長も椅子に腰掛け、足を組んでふんぞり返る。

「この間のポーカーの勝ち分を私はまだ頂いてないのですけどねぇ?」

 真琴は黙って立ち上げる。ドンドンと苛立ちを足音に変えながらお茶汲みに向かった。

「さて、お二人は被害者とはどのような関係なのでしょうか?」

 柊二さんが先に答える。

「美雲くんとは同じデモ隊で知り合いました」

 すんなりと出てきたデモ隊という単語に驚いた。一体なんのデモなのだろうか。美雲がデモをするような感じには見えなかった。人は見かけによらないものだ。――美雲に触れた時に見えたあの行列は、デモ行進したいた時の光景だったのだろうか。

 室長が足を解く。

「それは、エスパー地位向上のデモ隊ですか?」

 柊二さんが「おお」と声を上げた。

「よく分かりましたね。その通りです。どうしてそうだと分かったんですか?」

「いえ、単に今一番盛り上がっているデモ隊がそれですから」

 室長は事も無げに答える。

「え、もうそんな有名なったんですか?」

「ええ、私たちの界隈じゃ有名ですよ。リーダーの山城柊二さん、貴方のことも」

 柊二さんの顔が一瞬曇った後、再び晴れ上がる。

「イヤだなー。知ってたのなら教えてくれてもいいじゃないですか」

「思い出したのはついさっきですよ」

 笑顔で応じた室長が椅子を半回転し、僕の方に体を向ける。

「それで貴方は被害者とどのような関係なのですか?」

 言葉に詰まる。

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