2-1-2

 僕は美雲と一体どういう関係になるのだろう。あんな短い時間で友達と呼ぶのはおこがましいような気がする。しかし、知り合いと呼ぶのもまた違うような気がする。

 悩んでいると真琴がお茶をお盆に乗せて運んできた。お茶をこぼさないようにという気遣いからか、足音は消えていた。

「何悩んでいるんだ。そんなの友達だろ」

 お茶を手渡され、そう言われた。

 友達と言われてもピンと来ない。僕みたいなのが本当に友達と言ってもいいのかという罪悪感が胸を過る。

「彼は友人ですよ」

 柊二さんも室長にそう進言した。

「え、いや、まだ会ったばっかりだし……」

「彼女にそんなの関係ないよ。それにまた会おうって言ってたじゃないか」

「え、でも……」

 室長がお茶を受け取ると、苦い顔をした。

「私はエスプレッソの方が良かったのですがね」

「我慢しろ」

「お願いします」

 真琴は「あーもう!」と再び苛立ちを隠そうともしない足音でお茶を汲みに向かった。

 室長が真琴から受け取ったお茶を机に置く。

「また会う約束をしたなら、それはもう友達ですね」

「そうですよね」

 柊二さんが同意した。

「そうなんですか?」

 同意してくれたのに否定するように質問してしまった。後悔が胸を渦巻く。

「ええ、嫌いな人ともう一度会う気なんてさらさら起きませんから」

 もうすでに僕と美雲は友人だったのか。友達の定義が分からない。どこから友達で、どこから違うのか。その線引が、今まで友達がいなかったせいで分からなかった。

「ところで」

 室長が尋ねる。

「被害者の名前などを教えてもらってもよろしいですか?」

「えと、榊美雲って言ってました」

 室長の顔が曇った。

「なるほど、それは不味いですね」

 何が不味いのだろうか。誘拐された時点でもう不味いというのに、さらにマイナスの要因があるのか。

 柊二さんが何か気付いたのかハッとっした顔つきになった。

「彼女がデモ隊の象徴だからですか?」

「ええ、そうです。失礼ですが、リーダーの貴方よりも有名ですよ」

 柊二さんが苦笑いする。

「はは、名ばかりリーダーですからね。僕は」

「どういうことなんですか?」

 僕だけが分からないことに業を煮やし、尋ねてしまった。話に入ってしまい、二人が嫌な顔をしないか恐れた。

 室長が戻ってきた真琴にエスプレッソを受け取り、嫌な顔せず答えてくれた。

「彼女が実質的な旗印ということですよ。彼女に何かあれば、デモは沈静化すると考えられますから」

 柊二さんが飲み終わったお茶を机に置く。

「恐らく、僕らの運動が気に入らない連中が起こしたんですよ。ですよね?」

「……ええ、おそらくそのような経緯でしょうね」

 それで結局、何が不味いのだろうか。

「――彼女に何かあるということはただで返すつもりはないということです。身代金目的なら人質を傷つけるということはないでしょうが、今回は何かを起こすつもりで攫ったのでしょう。早く助けださねばなりません」

 確実に、美雲の身に何かあるということだ。

 僕がもう少し早く戻れていたらこんなことにならなかったかもしれない。

 靴が泥だらけになるのを気にしなければ救い出せたかもしれない。

 あの声が聞こえた時に駆けだせば間に合ったのではないか。

 あの時こうすればよかったという思いが浮かぶ。後悔先に立たずというが、先に立って僕の行く先に立ち塞がっている。

 室長が立ち上がる。

「まあ、それはそれとして八月一日君には先に読んで欲しい人がいますからどうぞこちらへ」

 僕を誘導しようと歩き出す。

 真琴がすぐに白衣を掴んで動きを止める。

「おい、今そんなことさせる余裕あると思うのか」

「八月一日君、できますか?」

「え、あ、はい、できます」

「おい」

 心配してくれた真琴には悪いが、引き受けた以上やることはやらなければ。そうでなければ、誰からも必要とされなくなってしまう。

「ありがとう。でも、大丈夫だから」

 底にこべりついたような吐き気があったが、押さえつけて笑顔を作った。

 真琴は訝しむような目で僕を見る。

「分かった。じゃあ、ついていく。構わないだろ?」

 室長は頷いた。

「山城君は少しの間、ここで待っていてください」

 そう室長が柊二さんに言い残すと、僕らを引き連れて個室に移動した。小さな小部屋だった。いわゆる取調室というものだろう。そこでは机を挟んで二人の男性が椅子に座っていた。一人の男性は手錠がはめられており、目付きが悪い短髪の男だった。もう一人はスーツ姿の若い男性だった。こちらも目付きが悪かった。いや鋭いと表現する方が適切だろう。シャープな顔つきで、もう一人の男性よりも凄みがあった。

 手錠がはめられてる方が僕に読んで欲しい人だろうと考えていると、横で舌打ちが聞こえた。そこでようやく真琴の顔つきが険しく――歪みきっていたことに気付いた。それはまるで親の敵でも見つけたかのような、苦虫を噛み潰したかのような顔つきだった。気づけば椅子に座ったスーツ姿の男性も同じ顔つきになっていた。

 真琴が腰の特殊警棒に手を掛ける。ジャギンと音を立てて展開した長手な特殊警棒をスーツ姿の男の喉元に突きつける。

「おい、どうしてお前がここにいるんだ。お前のいるべき所はここじゃあないだろう」

 男性も負けじと向けられた特殊警棒を掴む。

「俺はそこにいる室長に呼ばれたんだよ」

「なら、さっさと帰れ。私の目の前からさっさと消えろ。三秒以内に消えろ。消え失せろ」

 男性は特殊警棒を喉元から跳ね除けるようにして手を離す。

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