2-1-3

 いきなりの喧嘩腰の二人に僕は戸惑う。こういう事態に対する人生経験皆無の僕には、どうしたらいいか全く検討がつかなかった。できたことはただただ、ただただ棒立ちになっていることぐらいだった。

 立ち上がった男性が僕の横を通り過ぎようとした。

 室長が男性の顔を見ず、口にする。

「まだ帰らないでください。やることが残ってますから」

 男性の舌打ちが聞こえた。

 室長はそれを意にも介さず男性が座っていた椅子に座る。

「八月一日君、今から読んでもらう人は先程捕まえられた方です。おそらく、先の誘拐となんらかの接点があるはずです」

 接点? どうしてそんなことが分かるのだろうか。

「この方は拳銃を所持していました。そして、被害者の方は超能力評論家です」

 この人はまた人の心を読んだのか。自分でパパっとやった方が早いんじゃないのか。

「だから、私は超能力者じゃありませんよ」

 もういい。気にするだけ損だ。

「おい、誘拐ってどういうことだ」

 男性が突っかかってきた。

「岩崎君に説明してあげてください、真琴君」

 一目見ただけで分かる仲の悪い二人だというのに、どうして真琴に説明させるんだ。またあの嫌な雰囲気になるのなら僕が身代わりになってでも説明してあげたい。

「あ、八月一日君は先に読んでもらいますから説明はあとにしてくださいね」

 軽い調子で釘を差された。一向に説明しようとしない真琴を横目に手錠された男性の後ろに立つ。この男性は観念しているのか身じろぎしなかった。

「それじゃ失礼します」

 男性の肩に触れる。

 まず最初に浮かんだのは、真琴と岩崎さんの漫才がウンザリだという感情だった。それには同意したが、見るべき情報はこれではなかった。さらに一つ奥まで潜る。

 見えてきたのは誰かと誰かが会話する内容だった。男性の視点で見えたのは、美雲を乗せていった車と一人の女性を前にしたところだった。女性は大きなサングラスで目元を隠していた。ショートボブで緑の黒髪に桃色の口紅が特徴的だった。まだ肌寒く、女性もモッズコートにジーンズというラフな出で立ちだった。女性は倉庫の中まで「こっちよ」と短い言葉で男性を案内する。その倉庫は僕が破片に触れて見たあの倉庫だった。倉庫の中には、持ち手がケースと一体になっているハードケースが二十個ほどあった。

 男性が開けてもいいかと尋ねると、女性は「どうぞ」と手の平を空に向けて促した。

 腰を屈め、その中の一つを開く。

 その中には、黒光りする拳銃が二つ上下左右反対にして入っていた。一つ手に取り、重さを確認し、構え、引き金に指を添える。その指を引き金を引かずに、離れる。拳銃をケースへと戻し、閉じる。残りのケースの中身も全て確認する。

 確認し終わると女生と向きあい直した。

「確認しました。お支払いはこの場でですよね?」

「ええ、お願い」

 男性が一声かけると、倉庫の奥からボストンバッグを持った男性が現れた。女性にボストンバッグが手渡されると、すぐに中身を確認する。中から現れたのは大量の札束だった。パラパラと中身を確認する。

「はい、確認したわ。交渉成立ね」

 男性は女性を倉庫の外まで見送る。

 別れ際、男性は尋ねた。

「どうして、こんなに安く譲ってくれるんですか?」

 女性は不敵な笑みを浮かべた。やけに扇情的な唇だった。

「知りたい?」

「ええ、知れるのなら」

「なんてことないわ。あなた達が超能力者を目の敵にしてるから。理由はそれ以外ないわ」

 女性は踵を返すと歩き出した。後ろ向きに手を振る。

「それじゃ、私お迎え待たせてあるから」

 そこで記憶が途切れた。

 意識が現実へと舞い戻らされる。

 ガクンと寝ぼけた時のように首が前後に揺れた。それを見た室長が尋ねる。

「それで何か役立ちそうなことは見えましたか?」

「あ、はい。えと、拳銃を買ってました」

 その場にいた全員の顔つきが変わった。元から険しいもとい歪んだ顔つきだった真琴と岩崎さんも真剣な表情へと変貌した。それは、プロとして意識の高さが感じられる変わりようだった。

 室長が懐からメモ帳を取り出す。

「売った相手はどのような相手でしたか? 何丁ほど売ったか分かりますか?」

 映像を思い返す。

「えと、髪型は真琴と似てました。……えと、真琴より少し短くて、ボブでした。髪の色は黒くて、綺麗な感じの人でした。見えた季節は冬っぽくてモッズコートを着てました。あ、あと大きなサングラスもしてました。そのせいで顔はわかりませんでした」

 情報を聞くと岩崎さんもまた手帳を開く。

「おい、それって最近噂になってる売人じゃないのか?」

「でしょうね。まったく、あちこちでばら撒くおかげで私たちの仕事が増えて、面倒なことこの上ないですよ」

「それで何丁ぐらい売ったんだ?」

 岩崎さんの問いに記憶をもう一度思い返す。

「こんぐらいのケースが二十個ぐらいあって、一つのケースに二つ入ってたんで四十丁ぐらいだと思います」

 ジェスチャーを交えつつ答える。大きさ合ってたかな、と不安があった。

 皆の顔がますます深刻になる。

 大きさ間違えたかなとますます不安になる。

「おい、それ大丈夫じゃないだろ」

 真琴が特殊警棒を格納した。

「ええ、ヤクザ者のような裏の世界に生きる方なら無闇に秩序を壊すということはしないのでしょうが、ただ事件起こしたい一般人はそんなの関係ないですから面倒ですね」

 岩崎さんが「おい」と机を叩き轟音を響かせる。

「ヤクザ者になら渡っていいみたいなこと言うなよ」

「いえいえ、そんなこと言ってませんよ」

 笑顔で応じる室長だが真琴が岩崎さんに突っかかる。

「誰もそんなこと言っていないだろ。黙って聞いてろ」

 岩崎さんが真琴の目の前に立つ。二人が並んで立つとその身長差が顕著になった。僕より背の高い岩崎さんと傍目に見ても小さめの真琴、二人が向かい合うと頭が数個分も違った。けれどそんな身長差などないように火花を散らす。

 なんとなく竜虎相搏つという感じだが、僕に皺寄せが来るような事態は勘弁して欲しい。室長は被害が来ても飄々と逃げ切りそうで、諸々の被害は僕が受ける羽目になりそうだ。誰か仲裁してくれないだろうか。もうこの部屋には先程から迷惑そうな顔つきで一度も喋らない犯人しかいない。

 その願いが届いたのか取調べ室の扉が開いた。

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