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その扉を開けたのは、彫りの深いなかなかのハンサムな男だった。身長も岩崎さんに負けず劣らず高い。学生時代はラグビーに明け暮れていそうな体つきだった。ついでに言えば年齢も三十代を迎えていそうだが、雰囲気はとても若々しい。深緑のジャンパーを着込んだ彼は、ずかずかと取調べ室に入る。「やあ!」と大きな声で挨拶される。身じろぎ一つしなかった犯人でさえもビクッとした。
真琴と岩崎さんもきょとんとし、いがみ合いも止まった。
「ん? 君は初めて見る顔だね。よろしく!」
『健康三十代』という雑誌があれば表紙を飾っていそうなぐらいの暑苦しさだった。
「ところで君は誰なんだい?」
室長が立ち上がり、僕の肩に手を置く。
「第二課、期待のニューホープですよ。赤瀬さん」
しれっと嘘をつくな。
赤瀬さんの顔がパアッと明るくなる。僕の肩に手を回し、ハハハッと笑い出す。
「ようこそ第二課へ! 心から歓迎するよ!」
すっかり騙されてるぞ。真琴も呆れてないで何か言ってくれ。僕は萎縮して口が開かない。
「こんな事件が起きてなければ、第二課の皆を誘って歓迎を開くんだがね
「まあ、それはそれとして――」
室長が手を叩き、仕切り直した。嘘を修正する気はさらさらないらしい。
「赤瀬さん、何か分かりましたか?」
「ああ、言われていたナンバーの車は発見したよ。ただし、乗り捨てられていたけどね」
前半で「おお」と思ったが、後半で落胆した。前半で持ち上げた分、落ちた時のショックも大きかった。
「けどね」
なんだろう、まだ何かあるのだろうか。もう一度期待してもいいのだろうか。
「押収した車内で拳銃を押収したよ。これは犯人は拳銃を入手できるような組織にいるということじゃないかな」
自慢げに語る赤瀬さんと反比例して僕らはなんとも気不味い空気に包まれた。室長だけが相変わらずにこやかだった。
「赤瀬さん、それはもう知っている情報です」
赤瀬さんは大袈裟に頭を抱えて落ち込んだ。顔を上げると、腕を組み考えだす。
いちいち大袈裟な人だった。
「もう誰か伝えたのかい?」
考えた末に辿り着いたであろう答えを僕らに問う。納得いってないのか首を傾けていた。
「いいえ、誰も伝えていないですよ」
答えを出し渋る室長。
赤瀬さんに答えを言わなくていいのか真琴と視線を合わせる。溜息を返された。求めた答えとは違った返答だった。岩崎さんとも視線を合わせようとしたが犯人の方を注視していて、できなかった。
赤瀬さんが僕と向き直る。
「もしかして君がやったのかい?」
真っ直ぐな瞳が暑苦しい。悪い人ではない。それだけは分かる。だが、誰しもどうしても苦手な部類の人がいるだろう。僕にとってはこういう暑苦しい人だ。
「あ、はい、まあそうです」
暑苦しさから逃れるように視線を逸らす。逸らしても暑苦しさは減らなかった。追い掛けてきた。むしろ、増えた。
「凄いじゃないか!」
何度も両肩を称賛するように叩く。人によっては爽やかだと受け取りそうなハハハという大きな笑い声とともに。なかなか収まらない称賛に真琴に助けを求めるように視線を送る。今度は意図を理解してくれたらしく、赤瀬さんの行動を止めてくれた。赤瀬さんは見た目同様に力が強いらしく、止めてくれた後でも肩がじんじんと痛んだ。
「さすが里中さんが期待のニューホープと言うだけあるな」
今度こそ室長の嘘だと直訴しようとしたが室長が口を挟み、それを阻む。
「ええ、そうでしょう。――さて、戻ってきて早々なんですがこの方を見張っていてくれませんか?」
赤瀬さんが親指を立てる。
「任せてくれ。もう取り調べは済んだのかい?」
「ええ、彼がやってくれました」
また赤瀬さんが叩く。今度は背中だった。
「これからも期待してるよ」
取調べ室から出ると、手持ち無沙汰で待っていた柊二さんがやっとかという顔持ちで迎えた。暇つぶしに弄っていたと思われる携帯電話をポケットにしまうと、室長に駆け寄る。
「今デモ隊の皆と連絡を取ったんですけど、何人か連絡取れない人がいるみたいです」
暇つぶしだと思った僕が恨めしい。この人は何か自分でできることを探してやっている。それに超能力者に偏見も持っていない。将来、こういう人が一角の人物になるのだろう。僕もこの人みたいになりたいと素直に思う。
室長がメモ帳から紙を一枚破り、柊二さんに手渡す。
「これにその連絡が取れない人の名前や住所をできる限り書き込めますか?」
柊二さんがその紙を受け取るが、唸った。
「家に帰れば参加者の名簿があるんで取ってきますか?」
「近いのですか?」
「だいたい一時間もしないで帰ってこれますけどどうしますか?」
「それじゃお願いします。護衛もつけましょう」
こんな状況じゃ護衛をつけなければおちおち帰宅もできないのか。真琴が護衛として一番適任のような気がするが、一体誰が護衛につくのだろうか。
「いえ、大丈夫ですよ。こう見えて格闘技習ってたんで」
そう伝えると、柊二さんは返事も聞かないで駆け足で飛び出していった。
本当に大丈夫なのだろうか。柊二さんもデモ隊のリーダーなのだから誘拐対象に選ばれているはずだ。美雲と同時に誘拐されなかったのだって、二人同時は難しいとかそんな理由だろう。
「本当に大丈夫なのか?」
真琴が室長が手を付けなかったお茶を口に含む。時間が経っていても思いのほか熱かったらしく口を抑えて身悶えた。
「火傷とかしてない?」
真琴に心配して声をかける。
真琴が肩が小さく震える。
「ああ、大丈夫だ。ただビックリしただけだ」
「グイッといくからですよ」
室長がため息混じりに眼鏡をあげる。
「せっかくですし期待のニューホープに千秋さんを紹介しましょうか。ついでにこれからのことを話し合いましょう」
ついででいいのか。ついでで。それに僕ができることは尽きた。これ以上僕が話し合いに参加してもいいものなのだろうか。
「あの、僕これ以上参加してもいいんですか?」
いいわけないだろう。普通なら。
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