第23話ハッピー
「『完』・・・と」
「小麦の風景」最終話のネームを再び描き終え、ちゃぶ台に鉛筆を置いたオレなわけである。
「・・・ちょっと待って。こんな陰惨な一日だっけ?」
小麦はまたしても不服そうだ。
「な。だろ?だから脚色しよう、っつったんだよ。これじゃ、読者がドン引くだろうがっ」
「んー・・・ハッピーエンドに落ち着くという筋立てが、およそ見えないキャラふたりですねぇ・・・」
宮古も困惑顔だ。
「だから、さっきのネームあたりが落としどころなんだよっ」
「そもそも、ハッピーエンドでなきゃだめなの?マンガって」
「エッセイマンガの作法として、そうなれば据わりがいいんですけどねぇ・・・」
「じゃ、どうしたらいいんだよっ」
「ハッピーじゃないマンガにしちゃえ」
「いけませんっ」
だけど、と、独り身の宮古はつくづくと不思議そうな顔をする。
「どうしてですかね?実際のふたりは、ハッピーに見えるんですけどねえ・・・」
考え詰めても答えは出ない。最終話のストーリー展開は袋小路となった。なんとかスッキリとおさめなければ。
そのとき、なにを思ったか、小麦が姿勢を起こした。
「よし、わかったよ!あたしが描いてあげる。人気マンガ家の現役復帰だっ」
「じょ、冗談言うなっ。だいたいおまえが勝手に降りたから、こんなハメになってんだぞっ」
「それを言うなら、あたしのおかげで仕事がもらえました、でしょっ。鉛筆かしてよ」
「なにすんだ。かえせっ」
「よこしなさいっ」
「鉛筆かえせよおっ」
「だったら連載かえせっ」
一本の鉛筆を奪い合う。指と指が絡まり合う。小麦のその薬指には、リングが光ってる。これだけは、部屋のなにを売って手に入れたものでもない。オレが自分で、正真正銘の原稿料収入で買ったものだ。あの悪夢のクリスマス後に。魔が差したのだ。
「だったら、そのリングも返せっ」
「返すもんかっ。あたしのものだっ」
ふたりでもつれつつ、部屋中を転げまわる。それをながめて、独り身の宮古はつくづくとうらやましそうな顔をする。
「・・・どう見ても、ハッピーなんですけどねえ・・・」
しかしふたりにはそれが自覚できない。本気のケンカ腰だ。
「おまえのものはオレのもんだろぉっ」
「あんたのものもあたしのもんなのっ」
ハッピーエンドなんて想像できない。ふたりはいったい、どこへ向かおうとしてるんだろう・・・?
そうだ。「完」よりもしっくりくる終わらせ方があるぞ。あれを使おう。それは、ふたりにふさわしいエンドコールだ。
「つ・づ・く」
おしまい
小麦の風景 もりを @forestfish
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