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はっきりとした青年の答えを聞いて、むしろ肩の力が抜けた。ため息をついて、まずは彼に向かって頭を下げた。
「ごめんなさい。失礼な態度をとって。あなたのせいじゃないのに」
彼に嘘やごまかしを口にした様子はないし、相手にしてみれば寝耳に水の話だったろう。それでも青年は柔和に微笑んだ。
「いや、気にしてないよ。ただちょっと確認したいんだけど、君は本当に龍じゃないの?」
「違います。だいたい、あなたみたいに変身とかできないし」
「それは幼いからでは? 成獣前に変化できないことはそうおかしなことじゃないよ」
そういう認識になるのか……。というか。
「あの、龍に換算すると私っていくつくらいに見えるんですか?」
彼の言い方だと完全に小さい子ども扱いに聞こえるのだが。
青年は夏妃を上から下まで眺めて、おおざっぱにだけど、と前置き付きで答えた。
「だいたい、生まれて五、六十年ってところかな」
………………はい?
「ええと、龍の成人、いや成獣?って生まれて何年くらいですか?」
「まあ個体差はあるけど、百年前後だよ」
ということは、人間の二十歳が百歳に当たると考えると、龍年齢は人間年齢の五倍。つまり夏妃は十歳前後に見える、と言っているわけか。(キリのいい数字で助かった。計算は算数時代から死ぬほど苦手だ。)
『さすがは龍、とんでもない長寿だな』と感心するべきか、『え、十歳?ほんとにお子様扱い?』と戸惑うべきか悩む。
本当の年齢を説明すべきだろうか。でも十五歳って龍だと幼児なのでは。それはさすがに、ものすごく嫌だ。迷ったが、あとで不都合が生じても困るので、やはり説明を試みることにした。
私は十五歳です、でも人間と龍の年の取り方は違うようなので、私は龍で言う七十五歳くらいだと思ってください、と伝える。さすがに驚いていたけれど、なるほどそうなんだ、と一応は頷いてくれた。
「それで君は、どうしてこんなところに?」
最も答えづらい質問だった。うまい言い訳も思いつかず、正直に答えるしかないかと腹をくくる。
「それが、気が付いたらここにいたんです。居眠りする前は電車……乗り物の中にいたはずなのに、どうしてこんな場所にいるんだかさっぱりわからなくて……」
怪しいことこの上ないのは自分でも承知している。勝手に語尾が小さくなった。さすがに怪しまれても仕方ないだろう、と覚悟したのだが、青年の反応は予想と違っていた。
「じゃあ、迷子なんだね? 行くあてがないなら、とりあえず俺の村においで。知らない場所に一人で、心細かっただろう」
今までで一番、彼の言葉に驚いた。初対面の、自分を「ニンゲン」なる未知の生き物と名乗る不審発言ばかりの相手に、なんという能天気…いや、親切な申し出なのか。
一瞬、「やっぱり実は悪党で、裏で何か企んでいるのでは?」と疑ったほどだ。とはいえ、彼の様子はごく自然だし、純粋に親切心から出た言葉なのだろう。と思う。
子ども扱いなのは気になるが、龍の基準からすれば庇護すべき幼い子どもにしか見えないのだろうから重ねて否定はしない。それに言うまでもなく、ありがたい申し出だった。
「それは、助かりますけど……。でも、ご迷惑になりませんか?」
飛びつきたいのはやまやまだが、日本人気質なのか小心者なのか、つい一度遠慮するところを見せてしまう。ここでうん迷惑だけど、とか言われたら窮するところだが、龍の青年はお人好しスマイルで否定してくれた。
「まさか。困っている君を放っておくほうが非常識だろ?」
異世界でも人道は生きているんだなあ……とほっとした。人間はいないらしいけど。今度こそ、ありがたくお言葉に甘えることにする。
「ありがとうございます。お世話になります」
うん、とうなずいて、青年が夏妃に近づいてくる。なんだろう?と思っていたら、急に体が浮いた。超常現象ではない。青年に抱き上げられたのだ。しかもまさかのお姫様抱っこで。
「え、え?」
事態に追いつけずに言葉が出てこない夏妃に、青年は呑気な笑みを向けた。
「慣れない森を歩くのは大変でしょ。このあたりは少し荒れているから、素足だと枝にひっかけて傷を作るよ」
「い、いやでも私重たいですし!」
そのうえ死ぬほど恥ずかしい。
「君は羽根みたいに軽いよ。大丈夫、村までそんなに離れていないから」
一度は言われてみたかった王道の少女漫画的な台詞を言われてしまったが、喜べない。だってこの青年は龍なわけで、相当な重量さえ軽々と持てるんだろうし(想像だけど)、そもそも恥ずかしいのに変わりはない。
親切なのは確かだが、どうにもこの青年はズレている。お人好しを絵にかいたような微笑みも、背後になんだかお花畑が見えそうだ。せっかく見目はいいのに天然なのか……? 龍がみんなこんな感じだったらどうしよう。
思い悩んでいたら、「あ、そうだ」と青年が思い出したように夏妃を見た。ち、近い、顔が近い。
「そういえばまだ聞いてなかったね。君、名前は?」
失念していたのは夏妃も同じで、はっとした。恩人に名乗ってもいなかったなんて失礼この上ない。
「も、申し遅れました、椎名夏妃です。夏妃が名前になります」
「シーナ・ナツキ? へえ、素直ないい響きだね」
それはどうも。ところで貴方は?と聞くと、
「俺はウィリディスアルゲントゥムサルトゥスルーナ」
じゅ、呪文?
固まった夏妃に苦笑して見せて、青年は付け加えた。
「が本名だけど、不便だしあまり使わない。みんなウィルって呼ぶよ」
「じゃあ私もウィルさんと…」
フルネームで呼べと言われても絶対に無理だ。聞いた端から頭を素通りしていってしまった。安堵が顔に出ていたのだろう、彼が微笑ましそうにくすりと笑う。
「さんもいらない、ウィルでいいよ。やっと成獣したばかりだし、敬語や敬称はむず痒いんだ」
いやいや、百歳は立派に敬われる対象ですよ。と言ったところで仕方ないのだろうな、やっぱり。
「じゃあ、だんだん直していくので…」
ということで納得してもらう。ついでに、本当に重さなど感じていないかのようにさくさくと森を進んでいく彼に念を押すことも忘れなかった。
「お願いですから、誰かに会う前に下ろしてくださいね。見られるとすごく恥ずかしいので!」
ウィルは不思議そうにしながらも頷いてくれたが、たぶんお年頃のオンナノコの葛藤なんて理解していないだろう。
気疲れしながら、前途多難、と口の中で呟いた。
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