第3話 マルチ制作研究部(3/4)

 各々が作業を黙々とこなしつつ四十分。

 さすがに飽きていた。

 しかし、ここまで来ると、意地でも大野と会って話すという使命感も生まれていた。新たな暇潰しを求め、カオルの作業を除いてみることにした。

 カオルは、パソコンに向かって、ペンのような物で何かをなぞっている。絵を描いているように見えるが、手元には何も描かれておらず、カオルの見ている画面内に描き掛けの絵が映し出されている。

「カオル、何やってんだお前?」

「ん? ああ! 今ね、ペンタブでパソコンの中で絵を描いているんだよ。さっき漫画研究部から借りてきたんだ」

「ほお……」

 時々コイツのノートに落書きが描かれていたので、絵を描くのが好きな奴なんだとは前々から思っていた。だがここまで本格的だったとは予想してなかった。

 パソコン内の絵を改めて見ると、少女漫画に出てくる、格好良い青年が描かれていた。

 それを見て少し感心しながら、

「お前・・・・・・絵上手いな」

 正直に感想を言う。俺に絵の才能は無いので、こんなことを言える立場ではないのだが、ペンの走りが馴れていて迷いがなく、本当に描き馴れているんだなと思った。

「やあああああん! 見ちゃダメぇえええ!」

 嬉しそうにパソコンの画面を手で隠すカオル。俺の呆れ顔を無視して、カオルは頼んでもいないのに説明してくる。

「この絵は、ゲームで使う絵でさ。急遽新しい立ち絵が欲しいって言われて本当に参っちゃうよ。描くのだって結構神経使うのにさ」

 ゲーム? 使うってどういう意味だ?

「ゲームで使う絵って、なんのゲームだ?」

「このマルチ制作研究部で作ってるゲームだよ。今度の文化祭で発表する奴」

 ……まじか。

「作ってるゲームって……もしかして自作でゲームを作ってるのか!」

「ま、まあ、素人が作るしょっぱい奴だけどね……」

 自作のゲームか。そういう物っていろいろ設備やら金が掛かる物だと思っていたが、大学生が作れる物なんだな。

「それでも凄いな! 純粋にすげぇよ!」

「……カツヤ君もやってみる?」

「やるって……お前等の作ってるゲームをか?」

「うん、部長に許可は取ってないけどテストプレイをやってほしいな」

 カオルは立ち上がり、小倉マキが身を潜めている暗幕を思いっきり開く。

「と、言う訳でマキマキ、ゲームを見せてあげてよ!」

「は、はひ!」

 そう言うと、急に話を振られた小倉は驚いたのか机の上にあった物を何個か落とし、俺を警戒しながらオズオズと、パソコンの前に座り直してカタカタと操作し始める。

「さっきも言ったけど、マキマキは工学系に強くてね。ゲーム制作でもプログラム組んでもらったりしてくれて大助かり何だよ」

「プログラムっていうとC言語とかか」

「まあ、そんな所だと思うよ。今作ってるゲームは専用のツールらしいから、私にさっぱりだけど」

「へー……」

 俺は、社交辞令的にCとかBなんて言葉を知っているが、プログラムは苦手だ。

「じゅ……準備、でで、出来たっす……」

 と、車輪付きの椅子に座りながらジャラジャラと横滑りしてパソコンの前から離れていく小倉。

 立ち見をしろと言うのか……

 とりあえず、暗幕の中に入り、ウィンドウの開いたパソコンを覗き込む。

「おお……」

 ウィンドウの中でロゴが表示され、タイトルの文字羅列がデカデカと現れる。

「凄いな! なんかそれっぽいぞ!」

「なんか……タイトル画面でそんな反応されると、プレッシャーが……」

 カオルと小倉の視線を背中で受けながら、とりあえずマウスを手に取る。

「これどうやって遊ぶんだ?」

「はじめからって書いてある所をクリックすれば始まるよ」

 言われるがままにカチカチと押してみる。すると、画面が暗転しテキストが表示される。

「おお!」

 また感動で声を上げてしまった。しばらくしてカオルが描いたであろう男の絵や写真を使った背景などが映し出される。

 しばらくクリックし続けて思ったことがある。

「なあ……さっきから文章ばっかり出てきて、ゲームが始まらないんだが」

「え? もうゲームは始まってるよ?」

 どういうことなんだ?

「これはいわゆるギャルゲー……いや、乙女ゲーだね。もっと広く言うとノベルゲームって奴かな」

 ノベルゲーム? 初めて聞く単語だ。

「小説とゲームの合体版みたいな感じ。文章を読み進めて、物語の分岐点があるから、それを選びながら進めて行くんだよ」

「はぁ……」

「ほら、前にエロゲーについて熱く語ったことあったでしょ? エロゲーもこのノベルゲームっていう形式がほとんどだよ」

「じゃあ、今俺がやってるのはエロゲーなのか?」

「いや、エロではないよ。それをもっとマイルドにした感じ。主人公の女の子が、何人ものイケメンと恋愛していくのが、このゲームの醍醐味なんだ」

「へー」

 普段はゲーセンにある格ゲーやガンシューティングや音ゲー等をやっているのだが、こういったジャンルのゲームで遊ぶのは初めてだった。

 新鮮な気持ちでゲームに取り組み五分程経った後に、

「なあ……」

「ん? どうしたの?」

「もういいわ。ゲームを終わらせるにはどうすればいい?」

「あ、じゃあ、そのままにしておけば良いよ」

 言われた通り、マウスで画面をクリックする作業を終え、席を立つ。カオルが入れ替わりカチカチと操作し始める。

「ど、どうだった? 私達の作品は?」

 カオルがこっちを見ず感想を求めてくる。

「俺がこういうゲームに馴れていないからかもしれないんだが……」

 正直に言おう。

「すまん。あまり面白いとは思わなかった」

「ですよねー……」

 カオルは溜息混じりに続ける。

「言い訳をすると、これは一応女性向けに作られてるゲームだし、カツヤ君に合わないのは確かだよ。ただ、女性から見てこれが面白い部類に入るのかって言われたら……微妙だと思う。ノベルゲームの肝心な部分であるシナリオが微妙だからね……」

 さらにカオルが愚痴る。

「なんかこれはこうでなきゃいけない、みたいな感じ? 何かに囚われていて生き生きとしてないんだよね、このシナリオ」

「あ、ああ……」

「ただ、自分の書きたい所だけ妙にテンポが良くてさ。そこのギャップの差がまた付いていけないのなんの……」

「そ、そうか……」

「まあ、このシナリオ、うちの部長が作った物なんだけどね。こんなこと本人の前で言ったら殺されちゃうよ……」

 どんどんテンションが下がっていくカオル。いつもはこんなことを思わないのだが、コイツはコイツで苦労しているのだなと察してしまった。

「なんか……悪いな。俺みたいな素人の意見なんか気にしなくていいぞ?」

「いやいや、貴重な意見をありがとう。やっぱり改善を試みた方が良いのかもね……」

 そう言いながら、カオルは見るからに落ち込み、俺達が座っていたソファーへとフラフラ戻っていく。小倉も猫背気味になりながら、なんとなく凹んだ雰囲気でパソコンの前へと戻っていく。

 そして、二人は無言のまま自分の作業を始めた。

「えー……あー……」

 さっきよりも空気が重い。何か二人にフォローを入れなきゃいけない気がする。必死に頭の中にある言葉の引き出し、無理矢理文章を組み立てていく。

「い、いや~、それにしても登場人物の絵は良かったな。男は今の流行みたいな感じのファッションでちゃんと格好良く描いてあるし、女の子も少ししか出てきてなかったけど、俺からしても可愛く見えたよ」

 当たり障りの無い言葉でおだててみる。するとカオルは、花が咲いたように笑顔になる。

「ほ、本当!」

「あ、ああ……本当に漫画とか連載しても良いぐらい絵は上手かったよ。お前才能あるんじゃないか?」

「えへへ、いやだな~、私には才能なんて無いよ~、私より上手い人は山のようにいるし~、私なんか世界中の絵師さんの中では中の上位じゃないかな~? えへへ」

 俺は後ろを向き直り、暗幕を閉じようとしていた小倉にも声を掛ける。

「あと、小倉……だったっけ?」

「は、はひ?」

「お前も凄いな。さっきのゲームを組み立てたのって、お前なんだろ?」

「え? あ、は、はひ!」

「俺よりも学年が下なのに、よく作れるな。昔からゲームとか作ってたのか?」

「は、はは、はいっす! 中学校の時から、ち、小さいのを何個か……」

 初めて、コイツと会話が成立した気がするが、気にせず話を盛り上げて行こう。

「なるほど、そりゃあ作り馴れてる訳だ。やっぱり将来はこういうゲーム関係の仕事に就こうと思ってるのか?」

「あ、え、あ、いや、あの……は、はい……出来れば」

「やっぱりそうか、面白いゲーム作ってくれよ! 楽しみにしてるぞ!」

「え、えっと……うえへへへへへ」

 ちょろい。ちょろ過ぎるだろお前等……

 二人は顔を上げずとも、ニヤ付き顔であることが良く分かる。

 まあ、さっきの沈んだ空気よりか衛生面的にはマシであり、二人とも何だかんだ自分の作業に対してプライド的な物があるんだと感じられた。

 是非とも頑張ってもらいたいものだ。

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