第3話 マルチ制作研究部

第3話 マルチ制作研究部(1/4)

 と、言う訳で、俺達はマルチ制作部の部室の前まで来た。

「ここか……」

「そう! ここが部室だよ! さあさあ、中に入って!」

「お、おい、ちょっと……」

 心の準備もしていないまま、カオルに部屋へと押し込まれてしまう。


 部屋の中を一言で表すなら、ごちゃごちゃとした事務室だ。中央にソファー、その手前には卓袱台とテレビ、窓際に大きな机とノートパソコンが一台、壁際の机とパソコンが二台、さらに本棚がある。

 部屋の中には誰も居ないようだ。

 とりあえずカオルと俺は、中央のソファーに荷物を置くことにする。

「じゃあ、ちょっとここで待っててね」

「は?」

 突然カオルは、そそくさと部室の出入り口へと向かっていく。

「お、おい、ちょっと待て! いったい何処に?」

「大丈夫! すぐに戻って来るから!」

 カオルは手を振り、部屋から出ていってしまった。

 一人部屋に取り残されてしまい、どうしたものかと辺りを見渡す。とりあえず、本棚を覗いてみると漫画やら良く分からない薄い本が敷き詰められている。女の子を模したフィギュアなんかも飾っており、見ていて中々面白いかもしれない。

「……ん?」

 改めて静かになると、パソコンの起動音のような音がかすかに響いているのに気付いた。

 それと……

「くふ……くふふ」

 と、薄気味悪い笑い声も聞こえてくる。

「……何だ?」

 気になってしまい、音の根元を辿っていくと、部屋の片隅に暗幕が垂れ下がっていることに気が付いた。

 暗幕の前まで近づくと、

「ふひひひ……もう少し……もう少し……」

 呟き声まで聞こえてくる。

「一応、確認しておくか……」

 俺は緊張しつつ暗幕を開いた。

 暗幕の中は、薄暗く狭い空間となっており、そこにはパソコンと、白い半袖でヘッドフォンを付けた座高の低い人物がカチカチとパソコンの前で座っていた。

 大野では無さそうだが、ここの部員だろうか?

 声の質感や座高の低さからして、たぶん女の子だと思う。

 それにしても小さい。小学生じゃないのかと思ってしまう程小さい。

「くふふ……くひひひ……」 

 さっきからやたらと楽しそうなので、俺も気になってちびっ子の向かうパソコンを覗き込む。

「どれどれ……いっ!」

 液晶画面の中では、何か名状しがたいタコの足みたいな触手が無数に伸びており、裸体の女の子に絡みついている絵が映し出されていた。

「……」

 思わず絶句してしまった。

 改めて液晶画面をよく見てみると、絵の下に文字が映し出されている。

 ちなみにその文章の一文を声に出して読んでみると、

「ぶひー……悔しい。でも、感じちゃうー……ビクン、ビクン……」

 どこかで聞いたことのあるフレーズが書かれていた。何はともあれ、これがなんなのか俺でも分かった。

 これは、噂に聞くエロゲーってやつだ。

 確か異性と恋愛関係になって性行為をするのがメインのゲームだとカオルから聞いたが、この絵を見る限りでは恋愛要素がまったく含まれていない気がするのだが……

 それにしても初めて見たなと感心しつつ、俺もちびっ子と同じように画面を見つめ続けていると、やがてパソコンの画面が暗転しfinという文字が浮かび上がり、

「っしゃあああああ! フルコンきたああああ!」

 突然、ちびっ子が跳び上がった。

「ふごッ!」

 跳び上がった拍子に、俺の顎にちびっ子の握り拳が直撃する。

「……へ?」

 ちびっ子はようやく俺に気が付いたのか、恐る恐るこちらを振り向く。

 俺は顎を押さえながら、コイツの顔を見る。

 髪は寝癖でボサボサ、前髪は目元まで伸ばし、清潔感を微塵も感じさない容姿、中性的な顔立ちに眼鏡を掛け、男か女か判別に困ったが、声の調子からして女の子だろうと思う。

 そして一番の特徴は服装がダサい。白地に「萌」と印刷された服に短パン。小学生でも「それはねぇよ」と指されそうな服装だ。

「い、いぎゃあああああああ!」

 そんな考えを一瞬で巡らしていると、ちびっ子が顔を真っ赤にしながら叫び、慌てふためく。その拍子に、座っていた椅子へ思い切りもたれ掛かったらしく、

「わ、わわ、わあああああ!」

 バランスを崩し、椅子ごと背中から転倒、

「ほごッ!」

 背後にあった机に後頭部を激突させ、聞いているこっちが痛くなってくる打撃音と叫びが響く。

「……ッ! ……ッ!」

 ちびっ子は痛さのあまり、ジタバタと悶絶し、助けようと俺は手を伸ばそうとした時だった。

「あ」

 ちびっ子の頭上で今まさに落ちそうなキーボードがあることに気付いた。気づいた頃にはキーボードが落下してしまい、

「……ふんぐ!」

 見事、顔面に直撃する。

 ちびっ子はキーボードを顔に埋めながらピクピクと痙攣していた。俺は思わず合掌をしてしまうが、こんな自爆コンボを見たかった訳ではない。

 遅くなったが、俺は手を差し伸べてやる。

「お、おい……大丈夫か?」

「ず、ずみまぜん……」

 鼻を抑えながら、ちびっ子はゆっくりと立ち上がる。

 立たせてみると、やはり身長は低い。

 百四十センチあるのだろうか?

 とりあえず、話を聞くことにする。

「すまないな、勝手に覗いてて……あのさ、君はここのサークルの人だよな?」

「え!? あ、ああ、あの、あ、そ、そその、は、はい!」

 慌てながら何度も頷く。

「あー……そんなに緊張しなくていいから」

「うえ! あへ、あ、いや、はいはい!」

 コイツ大丈夫か? 顔は真っ赤かで汗を滝の如く垂れ流しているが……

「そうだ、カオルって奴知ってるだろ?」

「か、カオ!」

「竹人カオルっていう眼鏡掛けた変な奴だ。俺はアイツの友人だ」

「へ? カオ、カオル、え? あ、カオ!」

 さっきから様子がおかしい。茹でダコのように顔が真っ赤で手足がガクガクと震えている。目も泳いでいて焦点が合っておらず、汗が全身から吹き出しているぞ……

 まさか!

 もしかしたら、またあの悪夢が始まっているのではないかと、俺はとっさに窓に目を向ける。

「……」

 空は夕暮れ時の暖かなオレンジ色で、黒いカラスも飛んでいる。例の血で染まったような赤はになっていない。

 世界は特に何も変わっていなかった。

 どうやら、単純にコイツが挙動不審なだけのようだ。

「カカカカオル……輩の……と、友だ・・・・・・すね……」

 いつの間にかちびっ子は、息を荒くし俯き完全に縮こまり、半泣きでブツブツと何か言い始めた。

「お、おい、大丈夫かよ?」

 何か俺が悪いことをしている気がしてきた。なんとか落ち着かせようと近づく……が、次の瞬間、

「ほ、ほわたあああああああああああ!」

 何を思ったのか、ちびっ子は俺の顔面に右フックをかましてきた。完全に死角からの攻撃だったので避けることが出来ず、良いのを貰ってしまった。見た目通り体重が乗っていない分、痛くはなかった。

 だが、どうやら俺を本気で怒らせてしまったようだなあ!

「てめぇ! このチビ! 何してくれやがる!」

 首根っこを掴み、クレーンの如く体を持ち上げる。

「ひぃぃぃ! すみません! すみません! すみません!」

 このまま外に放り投げようとしていると、部屋のドアが開く。そちらに目を向けると、知っている人物が入ってきた。

「なにやってるの?」

 カオルだった。頭にクエスチョンマークを浮かび上がらせながら笑顔で登場し、何か荷物を小脇に抱え、手にはスポーツ飲料水を三つ抱えている。

「カ、カカ、カオル先輩! コイツ強姦っすよ! は、早く、ひ、人を呼んで下さいっす!」

「はぁ?」

 吊されるちびっ子は、これでもかって言わんばかりに泣きわめき、ジタバタと暴れ始める。

「カ、カツヤ君……小さい子の方が好みだったんだね! 何か興奮してきたから、もっとやって!」

「何言ってんだお前! 違うわ!」

 この状況を落ち着かせるのに、少し時間が掛かった。

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