第2話 夢を見た夢を見て(5/5)
「……ッ!」
仰向けだった体が、突如座った姿勢に正される。重力の方向が急激に変わり、俺はガクっとバランスを崩してしまう。
「ん? どうしたの?」
俺の目の前には、七味を口元に付け、うどんの汁を啜り終わったカオルが居た。
「……」
辺りを見回すと、いつも通りの込み合った食堂の風景が広がっている。
ここは、さっきまで俺が定食を食っていた食堂で間違いない……よな?
「そんなキョロキョロして、どうしたの? 顔色も悪いよ?」
何の不満もないように、キョトンとした顔をしているカオルが話し掛けてくる。
「な、なあ!」
「え! な、何?」
「さっきまでのゾンビはどうなった?」
「……へ? どゆこと?」
なんだよ、この反応……
「ゾンビって何のこと?」
「……」
俺は呆然とする。
いつの間にか持っていた箸を見つめながら、ふと自分が食べていた定食の食器を見る。
「……あれ?」
さっきまでのゾンビパラダイスが始まる前の皿には、食い掛けのエビフライと千切りレタスが残っていたのだが、今はなくなっている。飯や汁物も食べ終わりましたと言わんばかりの跡形の無さだ。
「なあ……俺の飯は?」
「え? さっきまで食べてたじゃん」
「さっきまで食べてた?」
俺が聞き返すと、カオルは頷く。
「今日の七、八時限目の授業は休講だって話してたでしょ? その時にカツヤ君、興味なさそうな顔しながらモリモリ食べてたじゃん。も、もしかして、ボケが始まっちゃった!」
ボケてなんかいない……はずだ。食べ終わった記憶なんかないはずなのに……
「ほらほら、そろそろ授業に行こうね、カツヤお爺ちゃん」
そう言ってカオルは席を立つ。
……
食堂を後にし、俺らは講義を受けに行く。
俺は講義中、頭を抱えながら硬直していた。
さっきまでの出来事、俺は夢だと信じたい。
あれが夢だとしても、もう見たくなんかない。
再びあの夢が始まるのではと緊張し続けた。
「カツヤ君どうしたの? 気分悪いの?」
「……」
カオルが耳打ちしてくるが、反応してやる程の余裕もない。
まともに聞こえるのは、自分の心臓の音のみ。
何も起こらないでほしい。
何も起こるな。
そう念じながら長い一時間半を過ごした。
「……」
講義が終わり、俺とカオルは外へ出た。
夕方だというのに、やけに外が明るい気がする。
「……カツヤくん? さっきからぼーっとしてどうしたの?」
「……ああ」
結局、何も起こらないまま時間は過ぎた。
一時間置きに、あのとんでもない悪夢を見るはめになるのかと思っていたが、そういう訳でもなかった。
「さーて、講義も終わったことだし、これから部室に行って作業しないとなー!」
「……部室?」
「マルチ制作研究部! 私、まだいろいろやること多いから行かなくちゃいけないんだ。カツヤ君は、これからどうするの?」
この後の予定は、特に何もない。
これからどうするかも考えていない。
「……大野ヒロユキ」
ふと、さっきの悪夢の中の記憶が過ぎる。
そう言えば、アイツは俺の名前を知っていた。いや、覚えていたと言うべきか?
正直嫌だが、アイツから話を聞くしかない。
「なあ、カオル」
俺はカオルに尋ねる。
「ん? 何?」
「食堂で、話しただろ?えっと……大野……だったか?」
カオルは、少し戸惑いながらも頷く。
「お前の部活の先輩ってことは、マルチ制作研究部の部員……ってことなんだよな?」
「え? う、うん、そうだけど?」
って言うことは、マルチ制作研究部に行けば、大野ヒロユキに会えるってことか……
「カ、カツヤ君……何か顔が怖いよ? 本当に大丈夫?」
「え……ああ、いや! 大丈夫だ! ははは……」
俺は笑って誤魔化し、息を整える。
そして、心を落ち着かせてから、カオルに向き直り、
「カオル、お願いがある」
と、カオルの目を見る。
「な、何かな?」
「俺もマルチ制作研究部の部室に連れてってくれないか?」
その言葉にカオルは目を丸くし、
「えええええ! ほ、本当に来るの?」
と、驚き、聞き直してくる。
俺がその問いに頷くと、カオルは飛び跳ねながら喜びを表現する。
「やったー! カツヤ君もようやく入部する気になったんだね!」
何かカオルは、勘違いをしているみたいだが、この際無視しておこう。
こうして俺は気を引き締め、マルチ制作研究部の部室へと向かうことにした。
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