第2話 夢を見た夢を見て(3/5)

「……え?」

 なんだ、今の?

 今、カオルの声がダブって聞こえた気がした。

 カオルを見てみると、口を半開きにして俺の後ろを凝視している。

「きゃあああああああ!」

 そして、後方から叫び声がした。それと同時に皿が割れる音が聞こえてくる。

「……え?」

 思わずそんな声を漏らしてしまった俺は、叫び声の聞こえた方へ振り向いてしまう。目線の先には、酷い光景が広がっていた。

 女子大生が一人、その子が血を流して倒れている。そして、その上に男が一人被さっている。

 ここからでは何をやっているのか分からないが、音は聞こえてくる。

 何かにむしゃぶりつく音。ピチャピチャと液体が滴る音。

 そして、馬糞臭かった食堂に異常な程の鉄臭さが充満し始める。

 徐々に、俺の脳がこの現状を理解し始めた。女子大生に覆い被さっている男が、女子大生に対して歯を突き立てているのが見える。男は女子大生の首元に食らいつき肉を食い千切る。そして、食い千切った肉を飢えた野獣の如く飲み込んでいく。

「……」

 スプラッター映画のワンシーンのような光景に周りが騒ぐ中、俺もカオルも呆然とすることしか出来なかった。

「うわああああ!」

 先程とは別の方から、叫び声が聞こえる。とっさに振り向くと就活生だろうかスーツを着た男性が、さっきの女性と同じように襲われていた。それだけじゃない、俺達の周りで同様に人が人を襲い始めている。

「また……なんだよ……これ……」

 まただ。また、同じようなことが起き始めた。

 世界が狂い始めた……

 夢じゃなかったのかよ……

「何……これ……」

 カオルは口を押さえ怯えている。

「……カオル! 外に出るぞ!」

 俺は、カオルの手を引き外に出る。


 辺りは血の海。白目をむいた死体がゴロゴロと転がっている。その死体に群がり、死肉を貪る人々。

 まるでゾンビ映画だ。

「カツヤ君! これってさっき話してた夢のことだよね? これっていったい何なの!」

 カオルは混乱しながらも、この事態を俺に尋ねてくる。どうしてこんなことになっているのかなんて俺にも分からん。確認する為、空を見上げる。そこには血を連想させる赤い空が、また広がっていた。

 やはり同じだ。

「とにかく逃げるぞ!」


 俺達は建物の裏手に隠れ、辺りの様子を伺う。正常な人間は逃げ惑い、捕まっては喰い殺されていく。

「本当にゾンビ映画かよ……」

 俺は、吐き捨てるように呟く。

「カ、カツヤ君……」

 カオルは、俺の手を握り締めながら怯える。

「このまま、私達も死んじゃうのかな……」

「……」

 このまま居たら、また夢の通りに皆死んじまうかもしれない。

 だが、そんなことにはさせたくない。

 どうするべきか考えたが、とりあえず警察に電話をしてみる。夢では繋がらなかったが、今度こそはと発信するが……

「やっぱり出ねえのか……」

 夢と同じく公的機関は宛に出来なかった。

「あ!」

 俺の様子を見ていたカオルは、いきなり声を上げる。

「こ、こういう非常時になったら、連絡して集まってくれってサークルの先輩に言われてるんだった! ほら、さっき言ってたあれだよ!」

 俺はその言葉を聞き、緊張が走った。

「止めろ!」

 俺はカオルに何もさせない為、肩を押さえる。

「え!? え!? ど、どうしたの?」

「絶対に行くな! 良いか? 連絡も絶対しちゃいけない! 絶対だ!」

 俺は、必死にカオルを説得する。たぶん、そこに集まったら殺される。間違いなく殺される。

 その様子を見たカオルは、

「カ、カツヤ君……い、痛いって……」

「す、すまん……」

 痛がるカオルを見て、とっさに手を離す。

 ダメだ、冷静にならなくては……

 このままじゃ、またあの夢のように……

 俺は頭を押さえながら考え込んでいると、俺達に近づいてくる気配を感じた。

「あ……ああああああ……」

 猫背気味の男が、言葉にし難い呻き声を上げながら近づいてくる。その男の目は焦点が合っておらず、口元には血が滴っていた。

「ひっ! き、来た!」

 完全に怯えた表情のカオル。

 俺はカオルの前に出る。

 そして男はカオルに向かわず、俺に覆い被さろうとしてくる。

「う、うわぁ!」

 カオルと共にそれを避ける。このゾンビ男は動きは遅く、避けるのは難しくない。だが、俺の心臓がドクドクと耳まで鳴り響き、集中して思考を廻らせることが出来ない。今はただ生き延びたいという思いが自分の体を突き動かしているだけだ。

 しかし、さらに予想外の事が起きた。

「え?」

 突然、目の前のゾンビ男の首元からおびただしい血が噴出し、空気が抜けていくような音を出しながら倒れる。

「……」

 倒れるゾンビ男の後ろには、知っている男が無言で立っていた。

「大野……ヒロユキ」

 まさに、夢に出てきた人間が姿を現した。

 そいつは、例の如く血の付いたナイフを握り締め。

「やあ……」

 と軽く挨拶をしてくる。

「大野先輩!」

 喜ぶカオルに対して、俺はカオルを庇いながら後退りし距離を取った。奴はナイフを片手に問いかけてくる。

「君達を安全な所へ送りに来た……」

 俺は大野を睨みつけ、カオルの腕を握る。

「……えっと確か君は、松本君……だっけ?」

 俺の名前を覚えている。

 って言うことは、やっぱりこれは……

「カ、カツヤ君? 大野先輩と知り合いなの?」

「……カオル、絶対俺に着いて来いよ」

 俺はカオルの問いを無視して、後退りする。

「……その反応……もしかして君」

 大野が何かを言い掛けた時、大野の横から勢い良く何か近づく。新手のゾンビが大野に噛みつこうとしたのだ。

 しかしその瞬間、大野は持っていたナイフをゾンビの顎に綺麗に刺し込む。手慣れた大野のナイフさばきを目の当たりにしたところで、

「カオル! 走るぞ! 早く!」

「ま、待って!」

 大野の隙を見逃さず、カオルの腕を思いっきり引き、その場から逃げた。

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