第2話 夢を見た夢を見て(2/5)

「なあ、カオル」

 俺は脳内自分語りを終え、A定食のエビフライを頬張りながらカオルに話し掛ける。

「ん?」

 カオルは、七味の掛かったうどんをすすりながらこちらに目を向ける。

「さっきの講義の最中、世界が終わったりしなかったか?」

 突拍子も無い質問だが、俺は至って真剣だ。

 それに対して、うどんを箸で持ち上げ、口の前で止めたカオルは、

「……へ?」

 と、予想通りの間の抜けた反応がされる。予想通り過ぎて面白味も無いが、俺だってカオルの立場だったら同じ反応をすると思う。

 数秒固まっていたカオルが徐々に不適な笑みを浮かべ、眼鏡をクイッと持ち上げる。

「フフフ……どうやら、貴方も気づいてしまったようね。この世界が破壊と再生を繰り返し続けていることに……」

 予想外の返答が来た。

「し、知ってるのか?」

 まさか、何か知っているのか?カオルは続ける。

「そう……この死のサイクルを生み出した根元。それは私なのだ!」

「はぁ?」

「つまり我こそが、万物を司り時空と空間をも司る神! いわばゴッド! 神イコールゴッド! つまりゴッドイコール神! すなわち私は神!」

 俺は「黙れ」とカオルの額に鋭いチョップを叩き込む。その勢いで水の入ったコップがゴトッと揺れ、悶え苦しみ「痛いいいい!」とカオルは叫んだ。

「あ、すまん……」

 と、衝動的な一撃を一応謝っておく。

「もう! 話に乗ってあげたのに、この仕打ちはなんなのさ!」

 そりゃそうだ。いきなりこんなことを言われたら、悪ふざけだと思うだろう。

「叩いたのはすまん……でも、ちょっとだけ真面目に聞いてほしいんだ」

 そして俺は、一時間程前に起きた不可思議な現象の数々をカオルに話した。

 突然女の子が席を立って、世界が終わりますと告げたこと、

 教授から木が生えてきたこと、

 カオルの先輩……大野と言う男が襲い掛かってきたこと、

 空から大きな手が降りてきたこと、

 気づけば教室にいたこと、

 一通り体験した出来事を包み隠さず話した。

 話していた俺自身の正気を疑いたくなるが、俺は至って正常なんだと自分に言い聞かせ、ありのままを話し終えた。

 すると、聞き終えたカオルは慈母のような笑みを浮かべ、

「カツヤ君、貴方は疲れているのよ」

 優しい口調で頭を撫でてくる。

 コイツ……殴りたい。

「それにしてもそれって、夢の中の話? それとも本当に頭がおかしくなっちゃった? もしかして、闇の波動に目覚めたの!?」

 そんなもん俺が聞きたいわ! と言いたいところだが、正直なんて言ったら良いのか分からない。

「……」

 困った。

 話してはみたものの、結局変な夢を見ていたとしか言えない。実際に起きたことなんだと言っても、その証拠は全く無いのだ。

 俺は呻きながら、席に深く腰掛け直し、

「やっぱり……夢だったのか?」

 と、呟く。

 冷静に考えてみれば、あれは夢としか思えない惨状の数々だ。非現実的過ぎて、どう考えても悪い夢だったとしか説明がつかない。

 寧ろ夢であって欲しい。

 カオルもこうして生きている訳だし……

 夢だったと聞いて、カオルは笑いながら、

「でもそう言う話、トモミ先輩好きそうだから話してみる?」

「……トモミ先輩?」

「えーっと、前に話さなかったっけ? 私が通ってる部活の部長で、個人的に小説とかシナリオを書く人なんだ」

 と、どうでもいい話を始めた。

「良かったら今度会わせてあげようか! うちの部長って、ちょっと男の人が苦手だけど、結構美人だし、今の話をしたら興味を持ってくれるかもよ!」

「行かねえよ」

 カオルの申し出を即行で断る。美人には多少興味あるが行きたくない。俺はコイツがどういう部活に入っているのか知っているからだ。


 マルチ制作研究部。


 確かこんな名前だったと思う。何か真面目そうな名前の部活だが、カオルの話から推測するに、そこはカオルみたいにちょっと頭のネジが緩い連中の巣窟となっているらしい。

 別にカオルのことが嫌いな訳ではないが、カオルのような奴等が部室に沢山居ると考えただけで俺の沸点は容易に突破してしまい、収集がつかなくなる。自分が爆発しない為にも、そこには行きたくないのである。

「そっか……結構楽しいのになあ……」

 カオルは肩を落とす。いったいどんな楽しいことをしているのやら。

 違う話をしたおかげで、少し落ち着いた気がする。やはり、あれは夢に違いないだろうと納得する。最近バイトも多かったから疲れていたんだ。

 頭の中で納得していると、カオルが突然首を傾げながら呟いた。

「だけど、変だよね……」

 何が変なんだよ? 俺の頭か?

「何でカツヤ君が、大野先輩のことを知ってるんだろう? 話した覚えはないよ?」

「……ああ」

 そう言えばそうだ。あの夢の中で、大野ヒロユキというカオルの先輩に初めて会った訳だしな。会ったこともない人物が夢の中に出てくるなんて、しかも実在する人物になると薄気味悪い話ではある。

 俺は椅子にもたれながら、

「何処かのタイミングで、お前が俺にその大野先輩の話でもしたんじゃないのか? そのイメージが俺の夢に出てきたとか?」

 理屈を捏ねてみる。

 しかし、カオルは少し考える素振りを見せる。

「でも、話してもらった外見の特徴とか、性格とか、まんまその通りだし。それになんて、普通カツヤ君に話さないよ……」

「……」

 どうやら夢の中のカオルが言っていた「こういう非常時になったら、連絡して集まってくれってサークルの先輩に言われてるんだった」は、現実でも取り決められていたことらしい。

「い、いや、所詮夢の中の話だ。たまたまだろ、たまたま……」

 俺が話を振っておきながら怖くなってしまい、否定してしまう。

 それに対してカオルは、不安そうな表情を浮かべ、

「夢の出来事と、現実の出来事が偶然同じだったなんて良くある話だけど、ちょっと夢の中の話がリアル過ぎるよ……正直、ちょっと不気味なくらい……」

 と、返してくる。

 確かに夢にしてはリアル過ぎる。未だに何が起きたのか鮮明に覚えているし、あの血生臭さも、カオルを抱き抱えた感覚すら残っている。

 夢の中の出来事なんて、すぐに忘れるものなのに……

「どうなってんだ……」

 何か嫌な予感がした。

 たぶん気のせいなんだとは思うが……

「なーんてね!」

 考え込む俺に対して、カオルは唐突に猫騙しを仕掛けてくる。

「うわっ!」

 俺は不意を突かれ、思わず声を上げて仰け反ってしまう。

「ふっふっふ、私の不安を掻き立てるトークスキルにハマるとは、カツヤ君もまだまだ……あ、痛い痛い痛い! ほっぺ! ほっぺは止めて!」

「俺がビビったのは、お前の猫騙しだ!」

 カオルの頬を抓り上げ、気が晴れた所で放してやる。

 カオルは頬をサスりながら、

「だ、だってカツヤ君、ずっと怖い顔だったから……少し悩み過ぎじゃないかな? だってそれは夢なんでしょ?」

 と、俺を慰めてくる。

 確かに今はこうして平和な日常を過ごしており、誰かが死ぬこともなく、世界に異変も起きてはおらず、俺達はのんびりと過ごしている。

 あれは悪い夢だ。

 何も起きていないし、そう言い切ってしまえば良いだけだ。

 そう考えると、不安だった気持ちも薄れていき、なんだかんだ話をしてスッキリした。カオルには心の中で感謝しておこう。

「……あ」

 ふと、カオルは何か思い出したように話し出す。


「そう言えばさ、今日の……」

「そう言えばさ……え?」

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