第1話 ようこそ、五秒前の世界へ(6/6)

 彼女は何故か早歩きで追いつくのに苦労したが、ようやく近づくことが出来た。

「おい! 君!」

 声を掛けるが無反応で止まらない。

 もしかして、気づいていないのか?

「なあ! おい! 荷物の多い君!」

 特徴がポニーテール以外パッと思い浮かばなかったのでこんな感じで声を掛け直した。幸いにも、その呼び掛けに彼女は立ち止まってくれた。彼女は周りの様子を伺い、ゆっくり俺の方へと振り向く。

 さっきまでの冷たい雰囲気は出しておらず、きょとんした表情を浮かべている。改めて彼女を見ると、どう見ても普通の女子大生にしか見えない。

 清潔感が漂い、顔は整っている。

 割と可愛いかもしれない……

 いや……そんな感想を言っている場合ではない。今は聞きたいことがあるんだ。

「な……何か用ですか?」

 彼女は、少し俺から距離を置きながら返事を返してくれる。俺は息を整えて尋ねる。

「さっきの講義中、世界が終わるとか言ってなかったか?」

 そう言い終わった後に「何を言ってんだ俺は!」と心の中で後悔したがそれ以外どういう風に聞けば良いのか思い浮かばなかった。

 失敗したと思ったのだが、彼女から意外な反応が返ってくる。

「思い……出したんですか?」

 彼女は、驚いた表情で俺を見つめてくる。

「え?」

 思い出した? 思い出したって言うのは、さっきの出来事のことか?

「わ、私のことです! そ、その! 外の世界のことを! 思い出したんですか?」

 彼女は、俺にすがるように近づいてくる。

 訳が分からない。

 彼女は何を言いたいんだ?外の世界っていったい……

「……君のことは知らない。でも、数分前に君が変なことを言ってから、いろんな人が死んだ。俺は君が何か知っているように思えたから、こうして話し掛けたんだ」

 俺は落ち着いて自分でも考えを整理しながら、少し興奮している彼女に言い聞かせる。

 その言葉に彼女の顔が、一気に青ざめていくのが分かった。そのまま彼女は一歩下がり目線を反らす。

「話してくれないか?」

 俺はなるべく、刺激を与えないように優しく問い掛ける。

「し……知りません」

 彼女は頭を振り、拒絶するように俺から距離を取る。

 分かりやすい程の反応に、俺自身も戸惑うが、ここで引き下がる訳にもいかなかった。

「知りませんって……俺は見たんだ。目の前で教授や他の人達から枝が伸びてきて死んでいくのを、それに今君が言った外の世界ってなんだ?」

「し、知りません!」

 とにかく彼女は目線を逸らす。

「君が屋上にいて、空から大きな手が降りてくるのをこの目で……」

「わ、分かりません!」

 どこまでも、白を切るつもりらしい。

 見え見えの反応に腹が立った俺は、彼女の肩を掴み、

「なんか知ってんだろ! どうしてそうやって嘘を吐……」

 と、怒鳴り終わる前に、俺は我に返る。肩を捕まれた彼女は、肩を振るわせながら硬直していた。目からは、涙が滲んでいるように見える。

「あ……いや、その……」

 思ってもみなかった反応に、俺はどうしたらいいか分からなくなってしまう。

「あ、あの……ごめん……」

 とりあえず、俺は彼女から距離を取った。

 彼女は必死に涙を拭っており、この時にハンカチでも差し出せば良かったのかもしれない。

「もしかしたら、俺が寝ぼけていただけかもしれな……本当にすまん!」

 深々と頭を下げる。顔を上げると彼女は戸惑いの表情で手を振る。

「い、いえ、その……」

 彼女は何かを言いかけたように見えたが、すぐに黙り込んでしまう。もう話せる状況じゃないと感じ、俺は話を切り上げることにする。

「俺の名前は、松本カツヤだ」

「……え?」

 いきなりの自己紹介に彼女は戸惑っている。だが、俺は気にせず続ける。

「いきなり話し掛けて、迷惑かけたのは申し訳ない」

 ここでまた軽くだが頭を下げる。

「ただ、どうしても君のことや、さっき起こった出来事が気になって声を掛けたんだ」

「それは……その」

「迷惑かけた訳だし、何か困ったことがあったら俺に話し掛けてくれないか?」

「え? え?」

「何か俺にも出来ることが、あるかもしれないからさ」

「は……はい……」

「俺もいろいろ考えをまとめたら、また話し掛けると思う」

「え、えっと……」

「それじゃ!」

 と、適当にまとめて俺はこの場から全力で逃げた。

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