第1話 ようこそ、五秒前の世界へ(5/6)

 建物の中も外と同じく悲惨な惨状で、見るに耐えない有り様だった。至る所にグロテスクな肉を苗床にした木のオブジェが転がっている。これらは全て、さっきまで生きていた人間だった……なのに……

 塊は無視して屋上を目指す。

 エレベーターは動いており、急いで昇っていった。


 屋上までエレベーターは通じておらず一番上のフロアで降りた後、急いで屋上に続く階段を探して駆け上がる。息を切らしながら、屋上へ出る扉の前に立つと、扉は半開きになっていた。

「……」

 俺は扉の目で立ち止まる。

 扉の先へ向かうことにためらってしまう。

 もし、扉を開けて彼女の姿なかったら……

 もし、彼女も他の皆のように木が生え、死んでいたら……

 ここまで来るのに二分程時間は掛かった。彼女が生存している可能性は正直、低いと思わずにはいられない。

 彼女が死んでいたら、俺はどうすれば……

「ああ、くそ! 何怖がってんだよ!」

 自分に言い聞かせ扉を思いっきり開けた。


「なっ!?」

 思わず声を出して立ち尽くしてしまう。

 そこには背中から木の枝を生やし真上を見据える、ポニーテールのあの子が居た。

 背中から痛々しく血が滴っているが、まるで枝は羽のように伸び、天使を彷彿とさせるような姿をしていた。

 だが、俺が驚いた理由はそこではない。

 赤くなった空から、何か大きな物がゆっくりと降りてくる。徐々に黒い雲を裂き、その正体がハッキリと見える。

 大きな手だ。

 大きな手がゆっくりと俺達の居る校舎へと延びていく。まるでその大きな手は、屋上に居る彼女に向かってゆっくりと伸びていく。

 伸びる腕と空の隙間から白い光が瞬き、俺等を照らす。そして屋上に設置された鐘が学内に鳴り響き始める。

「……」

 俺は言葉を失い、立ち尽くしてしまう。

 もうダメだ。

 急に世界が終わると言われ、

 急に人々の体から木が生え、

 急にカオルが殺され、

 急に大きな手が降りてきて、

 非現実的な理不尽の前に、俺は自分があまりにも無力であることを思い知らされ、思考が停止する。

 世界の終わり。

 その言葉で頭の中が埋め尽くされていく。

 何なんだよ……これは……

 本当にこの世界は……終わっちまうのかよ……

「うっ!?」

 突然、全身に痛みが走る。

 まさか、これって……

「あ……ああ……あ……」

 うまく声が出せない。

「……カツヤさん?」

 痛みを堪える中ふと女性の声が聞こえる。

 意識を持っていかれそうになりながら、俺は顔を上げる。

「何で……こんな所に?」

 声の主は、ポニーテールのあの子だった。

 彼女は口元から少し血を滴らせながら、生気を失った目で、こちらを振り向いていた。

 どうして、この子が俺の名前を?

「う……ああ……あああああああああ!」

 俺は痛みを堪えられず絶叫する。

 体の中で何かが膨らんでいく、徐々に感覚が途切れていき何も感じなくなっていく。

 痛覚も……

 意識も……

 嘘だろ……

 俺も……死ぬのか?

 皆みたいに……体から木が生えてきて……

 あんな死に方……するのかよ。

 ……嫌だ。

 死に……たくない。

 死にたく……

 ……




「……ッ!」

 頬杖を突きながら、俺は目が覚めた。

 周りを見渡す。

 いつもの大学の教室である。

 昼休みを知らせる鐘の音が鳴り響き学生達がガタガタと勉強道具を片づけ始めている。

「……え?」

 いやいや、そうじゃない。

 ここは……大学の教室? 本当にさっきまでの教室なのか?

「貴方! 寝ていたわね! お仕置きよ! 眉毛ロストチョップ!」

 と、横から俺の頭にチョップを入れてくる幼馴染みが居る。

「……カオル?」

 それは、カオルだった。

「お、おい! お前、生きてるのか?」

 思わずカオルの頬を触り、物体として存在しているのか確認する。

「わ、わわわああ! ちょ、ちょ! い、いきなり何すんの!」

 カオルは赤面しつつ、俺の手を退かそうとする。

 い、生きている?

 俺やカオルや教授や前の席に座っていた生徒も、皆生きている?

 教授が講義の終わりを宣言すると、教室の皆が席を離れて行く。

「……そうだ! あの子は?」

 世界が終わるだとか、訳の分からないことを宣言したあの子が気になる。急いで周りを見渡すと、すぐにその子が見つかる。結構な量の荷物を抱えて、部屋からそそくさと立ち去っていくのが見えた。

「カ、カツヤ君……ダメ……急にそんな優しく触られたら、私、本気で感じちゃ……」

「食堂の席取り頼む!」

「え!? ちょ、おま!?」

 荷物とカオルを置いて、俺は教室を出る。

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