第1話 ようこそ、五秒前の世界へ(4/6)

「あ、居た居た! おーい! 大野先輩!」

 俺達は校舎裏に向かい、そこで一人佇む長身の男に近づいていく。その男は細身で眼鏡に赤いチェック柄の服、赤い空の下だが威圧感が無く優しそうな印象を受ける。

 彼もカオルの呼び掛けに気づいたらしく、

「……やあ」

 と、男は軽く手を上げた。

 カオルは近づいて行くが、俺は何か違和感を拭いきれず、距離を取り様子を伺う。大野先輩なる長身男の体には、所々返り血を浴びたのか服や眼鏡に赤い液体が付いている。

 俺はふと自分の足下を見てみると、靴の底辺りが赤くなっていたことに気づく。ここに来る間に何人もの死体を避けて来たのだが、滴る血までは避けて行こうとまで気が回らなかった。

 本当に何なんだよ、この状況は……

「大野先輩! その……私の友達も連れて来ちゃいました……だ、大丈夫ですよね?」

「……」

 カオルは、大野先輩の様子を伺う。彼は冷めた目で俺達を見下ろしながら、

「……うん、大丈夫」

 などと、落ち着いた口調で優しく微笑む。

 まじまじと彼等を見ていると、大野先輩と目が合い、

「君が……カオルちゃんの友達?」

 急に落ち着いた口調で尋ねられる。

「え? あ、は、はい!」

 俺は戸惑いながらも答え、軽く会釈する。

 それに対して彼は、

「……大野ヒロユキです」

 と、会釈を返される。

「あ、ああ、どうも。松本カツヤです……」

 正直、こんな所で自己紹介などをしている場合ではなかったが、咄嗟に俺も返してしまった。

 何なんだ、この男は……

 こんな中で、よく落ち着いて居られるなと思っていた所、カオルが割り込んで来る。

「何のんきに自己紹介してるんですか先輩! これからどうするんですか! わ、私達、助かるんですよね?」

「……君達を安全な所に送ろうと思う」

 その言葉を聞き違和感がさらに深まっていく。安全な所って何処だ、というのはもちろんのことだが、もっと別の何かが引っかかる。何か嫌な感じが……

小倉こぐらやトモミも……もう安全な所に送ったよ」

 そう言うと、彼は動き出す。

 それは一瞬だった。

 彼は、カオルの肩を抑え、胸に何かを突き立てる。

 カオルの胸に突き立てられた物。

 それはナイフだった。

「え……」

 カオルは驚いた表情で倒れる。

 あまりにも急な出来事に、俺はこの場で硬直してしまった。

「カ……カオル?」

 俺は倒れたカオルに問いかける。

 カオルはピクリとも動こうとしない。

「お、おい……嘘だろ?」

 目の前で起こったことの整理がつかない。

 カオルが……カオルが刺された?

 そして、カオルを刺した大野先輩を見る。

「……くっ」

 彼は急に腹部を押さえ始め、そのまま片膝を突く。

「……今回は、早いな」

 訳の分からないことを口にすると、突然彼の腹から例の木の枝が生え始める。

「君を殺せなくて……すまないね」

 俺に対して何故か申し訳なさそうな顔を向け、そして大野ヒロユキも動かなくなった。



 しばらく俺は放心状態であったが、事態を理解し始める。

「カ、カオル!」

 倒れたカオルに近寄り、抱き抱える。

「嘘だろ! なあ……おい……カオル!」

 カオルを揺すり声を掛けるが、返事をしてくれない。胸から大量の血が滴り流れ出している。

「何で……何でこんなことに……」

 俺は、いつの間にか涙を流していた。

 助けを呼べないものかとカオルを抱えながら辺りを見回すが、木のような物が生えた人間の死体が多数転がっているだけである。

 もう、この世の終わりのような光景だ。

 ……これからどうするんだ?

 警察にも救急隊にも連絡つかない……どうすれば……

 ……ダメだ。

 やっぱり、もう一度試すしかない。

 カオルを助けられないかと、救急隊だけでも呼べないかと改めて携帯を取り出す。電話をかけつつ涙を拭き、震える手を必死に抑え、息を整える為視線を上に向ける。

「……ん?」

 視線の先に気になる物が見えた。

「あれは……」

 校舎の屋上に人影が見える。さらに目を凝らすと、それは知っている人物だった。

「アイツは……」

 あの時のポニーテールの子だ。

 何であんな所に? まさかアイツ……飛び降りる気じゃないだろうな?

「……くそ!」

 迷っている暇がなかった。

 この距離から、間に合うとは到底思えない。だが、あの子の元に行こう。そもそもあの子が変なことを言い始めてから、何もかもおかしくなったんだ。

 あの子なら何か知っているかもしれない。

 死のうとしているなら、なおのこと止めなくては……

「カオル……すまん」

 最後にカオルを強く抱きしめ、近くのベンチにそっと寝かせる。俺はカオルを残し、あのポニーテールの女の子が居る屋上へと向かうことにした。

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